真っ赤な少女は夢を見る
「美味しそう」
死に際に聞こえたのは少女の、少女らしからぬ艶かしい声。しかしどこか幼い好奇心が垣間見える思春期特有の声色だった。
何を間違えたのだろう。
△▼△▼…
「私って変なんですか?」
書斎に勝手に入ってきたのはアリス、勝手知ったる他人の家と私のソファーにどかりと座り、仕入れたばかりの紅茶を淹れ、隠してあったクッキーを静かに食べる。行儀がいいのか悪いのか。
「?」
「だって、隣のトミーも同い年のジェシカも私のこと変って言うんですもん」
「それはきっと君の可愛さに嫉妬しているんだよ」
「それは有り得ませんわ。ジェシカは自分より可愛い子なんていないと豪語してますし、トミーはそんなジェシカに夢中なんですもの、私が入る隙なんてこれっぽっちもありませんの」
そんな少女がいるのだろうか。
アリスの瞳は春の晴れた真っ青な空から盗んできたような色、髪は夜を照らし続ける冬の月からひとカケラ取ってきたような色、肌や頬はほんのり桃色に色付き少女特有の柔らかさを保っている。
そんなアリス以上の娘なんて私は知らない。
「まあ何はともあれ、君は可愛いから安心したまえ」
「もぅ!そんな事を聞きたいわけじゃありません。私は真剣に悩んでいるのです」
「真剣に、ねぇ」
「まぁその声色!私のことちっとも信用していませんのね。あー悲しいっ」
部屋の真っ白なティーカップを二つ引っ張ってきてストレートティーを2人分。片方にはこれでもかとシュガーを、もちろんそれは私の分。
「先生はそのうちお砂糖になってしまうのね、だってこんなに甘いものばかり食べてるんですもの」
「なかなか面白いねそれ」
「知りませんの?」
キョトンとしたあと、得意げな顔になる。私が知らない事というのはこの子にとってはご馳走のようだ。すごく悪い顔になる。
「お姉様が言っていたんです。人は食べ物によって形作られていると、つまり食べたものになれるのです」
「無理やりだなあ」
「だから先生は甘いのでしょうね。」
ティーカップを私に渡してまた深い赤色のソファーに腰掛ける。ちゃっかり手には彼女の好きなジャムクッキー、なんでも赤ジャムがお気に入りとかなんとか。
「きみのその話だけだと人を食べれば人になれそうだね」
「…ヒト」
「架空の妄想の空想の話し、完璧な人間になりたければ人間を食べるのが一番なんじゃないかな?」
「完璧なヒト…?」
「そんな人間なんて居ないけどね、でも人間は人間を食べる代わりに知識で食事を考え、知恵で料理を作り出し、理性で人を食べないでいる。そう考えれば面白くない…アリス?」
お気に入りのクッキーを可愛い洋服の上に落として、ポカーンと口を開けている。
その時ふと、幼い記憶が溢れ出す。
アリスと知り合った頃、彼女は愛らしい瞳を歪ませ、涙で腫れぼったくなった目をこすりながら私の元へ走ってきた。新しいお母様にまた怒れたって、私が可愛くないからって、私が生意気だからって。
『お母様は好きよ、大好きよ。でも私が駄目だから』
また泣き出して、私のお手製ミルクティーを飲むまで決して泣き止まなかった時の彼女が何故か脳裏に浮かぶ。
ぞわり、何かが背中を触っていった。
「そっか、そうすればいいんだ。」
勢いよく立ち上がる、落ちたクッキーを踏みつけたが、もうそんな事なんて忘れてるみたいだ。
「先生、私って好奇心旺盛なんです」
「…知ってるよ」
「だからいっつも『なんで』って思ったらすぐ行動しちゃって。お姉様はそれが貴女らしいわ。って言ってくれるけど、お母様はそうじゃないみたい。お人形みたいにただ可愛いだけの女の子がよかったの」
「そんなことは無いさ」
「あるからこうなっているのよ」
氷のような手が頬に触れる。
「私が悪い子だから、お母様は怒るの怒って叩いて私の体は傷だらけ。それをみて大好きなお姉様は毎日泣いてるわ。アリスが可哀想って。でも私はお姉様が泣いてる方がお母様に蹴られるよりずっとずっと痛いわ」
アリスに表情はなかった、だだ空色の目が、空の目が私を見据える。
「そんな、お姉様が好きな先生を食べたら私はいい子になれる」
「無理やり、だなあ」
最後に聞こえたのはアリスの声、最後に見えたのは――
「君は昔から笑顔が綺麗だった」
ここから先は、誰も知らない。
ひさしぶりに短篇を書いてみました。
じつは私、創作としてカニバリズムを書くこと自体は好きで昔からよく書いていました。
現実的に考えるのは無理ですが、創作、ファンタジーとして考えるのは好きでした。
だって、自分に取り込めるから。
それってとっても、素晴らしいことです。
さてさて、またこうやって
ぼちぼち短編を書いていきたいですね(*´∀`)