終わらない夏休み
ん? んんー?
暑い……って、ここ公園だよな? 何で俺こんな所にいるんだ? しかも体は怠いし、頭はぼーっとする。熱中症かな?
「やっと起きた」
「えっ?」
その声で自分がベンチに横たわっている事に気付いた。しかも膝枕されてるし……ま、いっか。頭を振りながら体を起こす。
「千歳……俺、何で寝てたんだっけ?」
「ふふふ。いいじゃない、別に」
立ち上がり伸びをする千歳、俺の恋人だ。といっても付き合い出したのはつい先日だけど。
今……午前九時、まだ朝じゃねーか。何でこんな時間にここで寝ていたのかが全く思い出せない。
しかも八月三十一日とか……夏休み最終日じゃねーか。高校三年だぞ、今。俺は進学する気ないし、多分人生最後の夏休みになるだろう。
「よっと」
そう思うと少し具合が悪いくらいでじっとしてたら勿体無いな、俺は立ち上がり軽くストレッチをする。経緯は思い出せないものの、こうして千歳といられるんだ。楽しまないと。
「さて、行きますか」
いきなり手を取られ、体制を崩す。右足で踏ん張り何とか転ばずに済んだ。
「ちょっ! 急かすなって。第一、行くって何処へ?」
千歳はきょとんと首を傾げながら、
「あのー、デートしてくれるんじゃなかったの?」
と不思議そうにしている。
「デート、ね。そっか」
やばい。いつからここで寝てたか知らないが、大分頭やられてるな。顔を叩いて気合を入れ直す。
「壮くん、大丈夫? もう少し休む?」
「いや、今日夏休みラスイチだろ? 時間勿体無いって」
今度は俺から千歳の手を取った。
とりあえずお腹が空いたのでコンビニでお茶とおにぎりを買った。にしても愛想悪い店だわ、誰も対応しねーし。仕方なく代金置いて勝手に持って来てやった。
「しかしこの時間からやってるハンバーガー屋とかマジで憧れるよな。この辺だとさっきのコンビニくらいしかねーし」
「ははは、そうだね」
隣にいる千歳。明日から新学期か……ということは、こうして一緒に高校通えるのって後半年くらいしかねーんだな。
「はああぁぁ……」
「壮くん?」
言うべきか迷ったけど、そうせずにはいられず
「俺、何でもっと早く千歳に告白しなかったのかなって」
そう口に出した。
「えっ……」
「だってさ、これが二年前とかだったら……もっと色んな事、出来たろ? 二人で」
全く、何言ってんだ俺は。自分で恥ずかしいわ。千歳は少し寂しそうに笑いながら、
「そうだね……私も、思い切って壮くんに告白すれば良かった」
そう言った。
そして、二人して暫く無言になる。いやいや、これから楽しもうって時に何やってるんだ俺は。元々幼なじみだし、千歳との思い出は沢山ある。
「まっ、いいよな? これからは一緒にいられるんだし」
「うん……」
「で、何処行きたい?」
駅前に到着した辺りで千歳に尋ねた。これにより俺がデートの約束を覚えていなかった事がもろバレになるのだか、それは仕方ない。
「えーっと、今度は海がみたいな」
「海か……」
回数券、ギリギリいけるか? ま、その前に。しなければならない。自動改札機の抜き打ち検査を。
「失礼しまーっす……って」
通れるし。駅員全く注意しないし。大丈夫かよ? 田舎だからって適当過ぎるだろ……。
「あっ」
慌てて振り向く。千歳は真面目っ子だからこういう事すると昔から怒るんだよな。
しかし、何故かそれはなく。さらに、
「凄い。私もやろっと」
そう言い俺に続いた。千歳もゲートに掛かることはなく、二人して笑い合い、そのままホームへと走って逃げた。
「千歳さんも悪だねー」
「大丈夫。二人分のお金置いて来たからっ!」
……得してねーじゃん。
俺達の住む辺りは田舎だけど山の中で、海まで行くとなると電車でも結構な時間がかかる。着く頃には結構いい時間になっていた。
「うーん、水着持って来るべきだったね」
海の家はもうやってないけど、泳ぐくらい出来たな。
「いやいや、もうこの時期は入れないよ?」
千歳に窘められる。え? そうなの?
「なぜ……」
「だってこの時期海月が多いって聞くし、それに……」
「千歳?」
何故か、そこで言い淀む。
「ううん。それより、そこに座って海眺めよ?」
手を引かれ辿り着いた堤防で、二人並んで腰掛ける。まだまだ残暑が厳しいけど、それでも潮風が心地良い。
俺はふと思い立ってこんな質問をした。
「千歳は、進路どうするの?」
「えっ……」
あれ? 俺何か変な事聞いた? 千歳は明らかに「何で?」という顔をしている。もしかしたら、前にも聞いてた?
「その、ごめんな? 何か俺……今日記憶が曖昧でさ。悪気はないんだけど」
「ううん。私こそ、ごめんなさい。壮くん……しんどくない?」
俺は慌てて否定する。
「いいや! そうじゃないんだ。……もし嫌じゃなかったら、もう一回教えて?」
「……」
千歳は俺から顔を逸らして、
「もう……いいじゃない、そんなの」
呟く様に言葉を紡いだ。
「千歳……?」
「それよりっ!」
千歳は飛び上がる様な勢いで立ち上がり、
「次、行こうっ!」
俺を起こそうと引っ張って来る。
「え? おいおい、海はもういいのかよ!?」
「うん。前は遊園地とかだったから、たまにはこういう感じの所に来たかったんだけど……やっぱりもう遅かったね」
「は?」
遊園地……? 確かに、昔二人きりで来た事もあったけど。それは付き合い出す全然前の事で今言う様な事じゃ……。
駅前に戻った俺達。もう辺りは夕暮れ時で、家路に付くサラリーマンや俺達みたいな学生等でそこそこの人集りになっている。
「その……楽しかったか?」
こんな事言うのも何だけど、もっと他にあったんじゃないか? それこそ、遊園地とか。
「うん。今回も、上出来」
「そっか……」
海で一瞬見せた雰囲気とは一変し、上機嫌で前を行く千歳。楽しんでるんなら……それでもいいけど。
ん?
今回?
それに遊園地って……。
そう言えば、俺……千歳と遊園地、行かなかったか?
「……壮くん?」
「えっ」
気が付くと、千歳は上目遣いに俺を覗き込んでいる。
「どうか、したの?」
「いや……」
頭の中のモヤモヤを振り払う為、二三度頬を叩く。冷静に考えれば、そんなはずは無いんだ。
俺の記憶が正しければ、
千歳と付き合う様になったのって、
八月三十日からだし。
「良し」
「本当に平気?」
心配気な千歳に笑顔を見せ、その手を握る。
「まだ、時間あるだろ? 次は何処行きたい」
「えっとね……」
「……」
これは、ウェディングドレスだね。隣に目を遣るとそこには、
「……素敵」
そう呟く千歳の姿がある。
ーいつか、千歳にも着せてあげるなー
かー! 言うよねー!
……おほん。んなこたーいいんだが。
それより千歳、心なしかあんまり嬉しそうじゃないな……むしろ思い詰めた様な感じだ。
「壮くん」
「ん? どうした?」
「私ね、結婚……するの」
「えっ……」
結婚って、誰と?
いや……俺とじゃないのはわかるよ。というか、俺と付き合ってて俺以外と結婚って。
というか、何故……!?
「ぷっ」
言葉を失っている俺を見て、急に千歳は笑い出した。
「……んだよ? まさか、ドッキリ?」
何がそんなに可笑しかったしらないけど、涙を拭いながら
「ご、ごめんなさい。何回見ても……この反応は面白いから、つい」
ははは、そっかそっか。悪い子だなー千歳は……。ハンバーガー屋すら無い駅前に何故かあるウェディングドレスの展示前で毎回毎回……俺を羽目やがって。
「……思い出した?」
「ああ。完全にな」
ったく、何だよこの仕様。これじゃあ恐ろしく行動が制限されるじゃねーか。
「ふふふ。でも壮くん、いつもここまで思い出さないんだもん……」
「悪い」
くっそー、ここからの展開がわかるだけに……最早次への淡い希望しか無い。
でも無理だよな、俺馬鹿だし。
「……じゃあ、最後の場所に行きますか?」
「仕方ねーな」
八月三十日。
俺は千歳に告白した。
千歳は喜んで受け入れて、後一日しか無い夏休みを二人で過ごそうと約束した。
そしてその時に行ったのが遊園地、何でも恋人として俺と来るのが千歳の夢だったらしい。
散々遊びまわり……夕暮れの帰り道、このウェディングドレスの展示を見て、千歳は俺に告げた。
ー私ね、結婚……するのー
何でも親の会社の取引先の人が相手らしく、しかも向こうさんの都合で千歳の卒業まで待ってもらえないらしい。
つまり、千歳の自由は今日までだと。
本当は俺の告白も断るつもりだったらしいけど、でも……一日でも俺と恋人になりたかったと。
千歳は泣いた。
脱け殻の様になった俺達が、
最後に訪れた場所。
ー本当に、それでいいのか?ー
ーうん。たとえもう生きられなくても……私は壮くんといたいからー
「結局、戻って来ちまったな」
「うん」
そこは……始め俺が千歳に膝枕されて眠って居た場所。
あの夜と同じく、二人並んでベンチに座る。
「このまま何もせず別れたら、どうなるんだろうな」
「そうだね……」
まさか今更、九月一日が訪れるなんてな。
俺たちにとっての、永遠の別れが始まる日。そんなのいらない。たとえ虚空だとしても、幻に縋りたい。
「そろそろだっけ?」
「うん」
……あった、あの日金物屋で買ったアレ。
それぞれに鞄から、果物ナイフを取り出す。例によって千歳に膝枕をしてもらいながら。
再び。
自らの胸を、貫いた。
この結末を選ばなければ、俺達は始めて成仏できるのかもしれない。
あるいは、これらが全て夢として終わる?
ただ、一つだけわかる事がある。
俺達は永久にここにいるという事だ。
いつまでも、いつまでも。
終わらない夏休み。