うわさの怪奇譚
暑かったから書いた。
―――――こんな噂がある
―――――この世に存在しないはずの人知を超えた現象―――怪奇
―――――そういうものに遭遇したなら夜に歩道橋に行くといい
―――――そこには不思議な少女がいて怪奇を解決してくれる
―――――でも気をつけてほしい
―――――怪奇が解決してもあなたが救われるとは限らないのだから
そんな噂を頼って私は夜の歩道橋に来ていた。
ここの通りは車がほとんど通らない。近くにもっと使い勝手のいい道ができたせいだ。
人の通りのない道は街灯に照らされ明るかったがそれゆえ一層不気味に感じられた。
そんな場所に眉唾物の噂を頼ってまで私が来たのには理由があった。
昨日、クラスメートが死んだ。
昨日の夜に人気のない路地で首をもがれて死んでいたらしい。
それだけでも恐ろしい話だがもっと恐ろしいのはこれと同じ事件がここ一週間で三件連続で起こっていることだ。
被害者はいずれも私のクラスメートでみんな同じように人気のない路地で首をもがれて死んでいた。
私にとってその被害者たちはほとんど接点もないただのクラスメート。ただそれだけの存在だった。
正直に言えば私は彼女達のことを嫌っていた。なぜなら彼女達は素行が悪くいわゆる問題児というやつだったからだ。
そしてなによりも私の友達の加奈をいじめていたから嫌いだった。
加奈はおとなしい性格だった。内気で自己主張が控えめ。だからいじめの標的にされたのだろう。
いじめはほかの人に気づかれないような陰湿なものだった。だから私を含めて周りの人間は誰一人としていじめに気づくことができなかった。
加奈は精神的に追い詰められていき、いじめから逃れることも誰かに相談することさえもできずに自殺をした。
そして・・・加奈が自殺した日から事件は起こり始めた。
私は一連の事件に加奈の死が関係しているのかどうかを知りに来たのだ。
きょろきょろと歩道橋を見渡すが人影はない。
やはりただの噂だったのだろうか。そう思ったときだった。
「何かあたしに用があるの?」
後ろから声がした。
振り向くとそこには私と同じぐらいか、もしくは少し下であろう年齢の少女が立っていた。
足音も何も聞こえなかった。こっそりと忍び寄ってきたというよりまさに突如として現れたというのが一番しっくりきた。
「あなたが噂の・・・?」
「そうよ。 それであたしになにをして欲しいの?」
「それは・・・」
私はここに来た経緯を話した。
少女は手を顎にあて考えるポーズをするとポツリと呟いた。
「・・・呪いかな?」
「呪い?」
予想外の答えだった。
私にとって呪いとはもっとじわじわと死に追いやったりする遠まわしなものだというイメージがあったからだ。
「情報が少なすぎるからわからないけどね」
肩をすくめた少女のその言葉で私は自分があるものを持ってきていたのを思い出した。
鞄から一冊の本を取り出す。
「それは?」
「加奈の・・・自殺した私の友達の日記帳。 加奈が死んだ後に私のところに届いたの」
少女は日記帳を一瞥すると今度は確信を持って呪いだと言い切った。
「中身はもう見たんでしょ?」
少女の問いに私は頷いた。
この日記には加奈のいじめっ子たちによって与えられた恐怖や絶望、そして彼女達への恨みがびっしりと書かれていた。
ここまで追い詰められていたのに気づけなかった自分の馬鹿さに腹が立った。
「加奈の怨霊があいつらを殺したの?」
「いいえ、違うわ」
ならなぜいじめっ子ばかりが事件に巻き込まれているのか。再び疑問が生まれた。
「ねぇ霊符や式神っていうのは知ってる?」
「ええ、名前だけなら」
「ああいうのって使おうとするといろいろ複雑そうだけど実はそうでもないの。 わかりやすく言えばただ道具を動かすのに必要な燃料を入れで起動させるだけ、それだけで誰にだって使えちゃう。 そしてそれは呪いも同じ」
私は首をかしげた。
「つまり死人っていうのはね、一人だとなにもできないの。 道具と同じ、いえ使う方法が曖昧な分それ以下ね。 どれだけ生前の恨みが強くても死者が好き勝手にうごいて誰かを殺すなんてのはできないのよ」
「じゃあ・・・何が原因なの?」
「大本の原因はその日記帳よ。 その日記帳にこめられた加奈って子の恨みがあなたのクラスメートたちを殺したの」
いじめっ子達が死んだのはこの日記帳のせい。だけど少女は加奈の怨霊がやったのではないという。私は頭がこんがらがりそうになった。
「恨みって言うのは残るものなの。 たとえなにもできなくても、恨みを遺した張本人がいなくなってもそこに存在し続ける。
言葉にするだけでも言霊っていう形を持つことがあるっていうのに文字で恨みを遺してるんだからその力自体は相当なものよ」
少女は淡々と説明を続ける。
「そしてその強すぎる恨みは日記帳を呪具へと変えてしまった」
「・・・つまり霊符や式神みたいな道具になっちゃったってこと?」
「そうよ」
だけどそれだけでは動けないと少女は言った。なら何故―――
「あなた、事件で死んだ子達に憎しみを抱いたことがあるんじゃない?」
「―――っ!」
その通りだった。
加奈の日記を読んだ後、私は彼女達を強く憎んだ。
私の親友を死に追いやっておいてへらへら笑っているのが許せなかった。死んでしまえばいいとさえ思ってしまった。
その時私は気づいてしまった。
「まさか・・・」
「そうよ。 日記帳にこめられた怨念はあなたという生者の憎しみをエネルギーにして動き出したの」
「私のせい・・・なの・・・?」
「厳密に言うと違うわよ。 あくまでやったのは加奈って子の怨念なんだから。
まああなたにとってこの程度の言い訳は気休めにもならないでしょうけど」
私の恨みが呪具のエネルギーとなった。
私の憎しみが呪具への命令となった。
それは私にとってあまりにも残酷すぎる真実だった。
気がつけば私は少女にすがりつき助けを求めていた。
「ねえ、終わらせるにはどうしたらいいの!? これ以上犠牲を増やさないためにはどうしたらいいの!?」
焦る私を見ても一切ペースを乱さず少女は淡々と言った。
「簡単よ。 大本を断てばいいの」
「どうやって・・・?」
「えーと、これはそこまで厄介なものではないから・・・燃やしちゃえばいいのよ。 跡形もなくね」
そう言うと少女はどこからともなくライターを取り出した。
そしてそれを私に差し出す。
「あなたがやりなさい。 そのつもりはなくてもあなたが始めてしまったんだからあなたが終わらせるべきよ」
私はライターを受け取ると少女に言われるがまま慣れない手つきで日記帳に火をつけた。
パチパチと音を立て日記帳が燃えていく。加奈の恨みも憎しみも一緒に。
私は自分がしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになりながらもただそれを見つめ続けた。
燃え尽きるまで、ずっと。
「これでもう、被害は出ないと思うわ」
「そう、よかった。 ・・・ねえ、ってあれ?」
顔を上げたときそこに少女の姿はなかった。
来たときと同じようにいつの間にかに消えていた。
残ったのは辺りを包む闇と静寂だけだった。
噂は本当だった。
あの少女は何者なのか。それは私にはわからない。
そしてこれから先もわかる日が来ることはないのだろう。
だけどそれでいいと思う。深入りしないほうがきっと幸せなのだ。
そしてこの日以来、事件は止みそれ以上の被害者が出ることはなかった。
―――――こんな噂がある
―――――この世に存在しないはずの人知を超えた現象―――怪奇
―――――そういうものに遭遇したなら夜に歩道橋に行くといい
―――――そこには不思議な少女がいて怪奇を解決してくれる
―――――でも気をつけてほしい
―――――怪奇が解決してもあなたが救われるとは限らないのだから
久々に書いたホラー。でもまったく怖くない。