冷たい風
私は夢を見た。おかしな夢だった。
目をあけるとそこは、真っ暗で、何も見えなかった。そんな時、後ろから私を呼ぶ声がし、振り向こうとすると、
「振り向かないで!! そのまま前を向いて歩いて…」と、言われた。
声を聞いて、すぐに雪奈だと分かった。私は訳が分からなかったが、雪奈の切羽詰まった声に従い、前だけを見て歩いた。
しかし、いくら歩いても出口は見えず、ただただ暗闇の中を歩き続けていた。歩くごとに不安と焦りは積もっていく。
その不安と焦りが私の中で最高潮に達したとき、目の前に、一筋の光が私の顔に照らされ、私は思わず、
「雪奈、光だ。出口が見えたぞ」後ろを振り向いてしまった。
雪奈は泣いていた。零れ落ちる涙が光に反射してキラキラと輝きながら落ちていった。雪奈は笑っていた。
夢はそこで途切れ、私は、目が覚めた。
屋上のドアを開けると、冷たい風が私の体にぶつかり、すり抜けてゆく。太陽が全身をジリジリと照らし、目をくらませる。あの事故の日も、今日と同じような天気だった。
あの事故以来、私の心にぽっかりとした穴があき、何もてにつけることができなくなった。
家族や身内、友人に会う度に悲しみの目で、慰めの言葉をもらった。慰めの言葉を言われる度に、大声で「やめてくれ!!」と叫びたくなるのをこらえ続けたけれど、それももう限界を超えた。
ショパンの「幻想即興曲」。雪奈と出会わせてくれた曲。
この曲を聞くと、今までの出来事が嘘だったように何もかもを忘れさせてくれた。
そして、雪奈もいつものように私の隣で一緒に聞いているようにも感じられた。
ほらっ、今もあそこに雪奈が笑いながら私のことを待っている。
冷たい風が吹いたとき、屋上には誰もいなかった。
ただ、1枚のCDが置かれていた。