妃は陛下の幸せを望む。
※侯爵家令嬢sideのお話。
私はレナ・ミリアム。
ドラント王国の侯爵家に生まれ、現在はアースクラウンド様―――この国の国王でいらっしゃいます陛下の妃の一人として後宮にいますの。
陛下の妃になれると聞いた時は、それはもう舞い上がるような気持ちになりましたわ。当たり前でしょう? 私はずっと陛下に思慕を持ってましたから。近寄りがたい雰囲気を纏わせ、令嬢を周りに近づけようともしなかった陛下には妃にでもならなければ近づく事は叶わなかったのですもの。
そもそも私が人一倍教養と容姿を磨いたのは全て、陛下のためでした。
幼い頃、あの方に惚れてから絶対にあの方に近づいてやると私は一心に自分を磨く事をはじめましたの。
私は陛下を一人の男性として愛していますから、妃になれれば嬉しい、もし陛下が私を愛してくれれば嬉しいという期待もありましたわ。それでもその可能性は低い事ぐらいわかってましたわ。
だからもし妃の一人に選ばれなくてもそれならそれで王宮に侍女として勤めるか、良家の子息と婚姻を交わし、貴族の夫人として陛下のために領内を潤わす予定でしたの。
自慢ではないですけれど私は優良物件なのですわ! 私ほどにこの国の事に詳しく、容姿を兼ね揃えた令嬢などそうはいませんもの。
陛下が王太子であった頃から私は何れこの国をあの方が治めるのだと必死にこの国について学びました。あの方の事はどんな些細なことも知りたくて、必死だったのですわ。
美貌に関してはこれはもうお母様とお父様に感謝する他ないのですわ! 私のお母様とお父様はそれはもう美しい人達で、私はその遺伝を受け継いで元からそこそこ見れる顔立ちでしたの。それを磨きに磨いたのですわ。
陛下に恋をしなければ今の私はいませんから、感謝していますの。私に出会ってくださりありがとうございますって。
そんなわけで私は陛下を愛して愛して愛してやまないのです。ですから、私は陛下の妃の一人になれると知った時、それはもう嬉しくて柄にもなくはしゃいでしまいました。家の使用人たちには微笑ましい目で見られ、後から我に返って恥ずかしくなったものですわ。
陛下が私を愛してくださる可能性は少ないのはわかってましたわ。でもですね、妃の一人だからという理由でもあの方と言葉を交わす事が出来、あの方に触れてもらう事が出来、あの方に抱いてもらう事が出来るのですわ!
もう私は夫婦としての義務だろうとそれだけでもう死んでもいいと思うほどの、今にも天にのぼるかのような幸せを感じましたわ。
行為に愛はなかったですわ。実際、陛下は私を気遣いはしませんでしたし、お抱きになってすぐに帰られました。
相手に愛があろうとなかろうとも、愛してやまないあの方に抱かれたのですの! 誰が何と言おうと私は幸せをかみしめて仕方がなかったのですわ。
「レナ様は本当に可愛らしい方ですわね」
「そうですわ。こんなにも陛下を思ってらっしゃるのですもの。陛下もレナ様を見てくださいますよ」
次の日、幸せでいっぱいで嬉しくてたまらなかったのが全面に出ていたようで侍女たちに微笑ましくまた見られてしまいましたぐらいでしたの。
後宮にやってきた一ヶ月経った頃、この後宮に居る十数人もの妃の一人が陛下に気にいられたという情報を仕入れました。
え、どうやってかって? 私の下についている侍女に調べさせましたの。私の侍女たちは優秀なのですわ。ふふ、家から連れてきた侍女達には情報収集ぐらいお手のものなのですわ。
家から連れてきた侍女達は私の指示の元教育された信用できるもの達なのですわ。私は侯爵家令嬢という立場で危険はありますから、最も頼りになる護衛として彼女たちを鍛え上げました。ついでに私も自分を磨く合間にそれらを習ったのでそこらへんの一般人ぐらいなら倒すことが可能ですわ。
侍女達を教育したのは後宮入りするかもしれない可能性を考えての事でもありますの。後宮は陰謀渦巻いておりますからね。一番身近にいる侍女たちが護衛役を務められれば私の安全は確保できるわけなのですわ。それに自身が戦えれば死ぬ確率も下がりますしね。私は陰謀に巻き込まれて死ぬなんて御免ですもの。死ぬならそうですわね、あの方の役に立って死にたいですわ。
と、話がそれましたわ。
とりあえず陛下に気になる方が出来たのです。
その方はどちらかと庶民よりな男爵家の令嬢で、男が守ってあげたいオーラを出しているような方でしたの。可愛らしい方で、控えめで、そんな所が陛下に気にいられたようでしたの。
私とは正反対で、あー、これは無理ね、と思いました。何がって陛下に愛される事ですの。陛下の好みと私は違いますから。
まぁ、それならばそれでもいいのです。
元より、私が陛下に愛されて望まれるなど高望みな事が実現するなら思ってなかったのですから。
「………レナ様の方が可愛らしいのに」
「レナ様よりあんな方がいいなんて」
といって侍女たちが危ない目をしていたので、余計なことをしないように先に釘をさしておきました。
なんせ、幼いころからずっと一緒に居たこの侍女達は私を好いてくださっており、家族のように可愛がってくれているのですの。
ですから、普段は冷静でも私の事になると時々ちょっと暴走するのでちゃんと手綱を握っておかねばならないのですの。……昔、夜会に出ていた私に不埒な真似をしようとした(未遂)貴族の子息が私の侍女達に報復されていましたしね…。
「とりあえずエマーシェル様を詳しく調査してほしいわ。それとこのことが他の妃にはなるべく知られないように動くべきね。他の方々が知ったらエマーシェル様に何をするかわかったものじゃないもの」
私はそう結論付けてその妃――――エマーシェル様の調査と陛下に気にいられた事を知られないようにするために侍女達に指示を出した。
後宮なんてドロドロとしているものだからね。嫉妬にかられた令嬢達が暴走しないとも限らない。というか、絶対に暴走する。
エマーシェル様が男爵家という身分が低い家なのも問題だ。
「…ま、私は私に出来る事を精一杯やろう」
あの方の力になれるなら、それだけで幸せなのだ。
あの方のために何かできるなら、それだけで幸せなのだ。
だから、私は今どうしようもなくやる気に満ちている。
陛下が他の女性に夢中なのはそりゃ、悲しいけど陛下はエマーシェル様をお気に召しているのだ。今まで女を近づけなかったあの方がだ。
それならば私がやる事は一つだ。あの方の幸せのために動く事だ。
あの方の妻の一人となれただけでも十分幸せなのだ。後宮に呼ばれた妃の一人だからこそ、あの方の大切な方を守って役に立つことができる。
――――あの方が私を愛さなくても、それほど幸せな事はない。
「………駄目ね」
私はそれから一ヶ月後、エマーシェル様の情報の書かれた紙を見てため息を吐いていた。その調査書にはエマーシェル様の身長体重から交友関係、好物、人柄までそれはもう詳細に調べ上げられていた。
私の侍女達が優秀なのは当たり前な事だから置いとくとして、私はそれに書かれている事に頭を抱えていた。
エマーシェル様は悪い方ではない。寧ろ可愛らしくお友達になりたいぐらいの方だ。
でも良い女でも、王妃になるとすれば足りないものが多すぎる。
王妃はただの王の妻ではない。
側妃と違って王妃には公務がある。そして強さと冷たさがなければ王妃なんてやってられない。
国の中核を担う権力者として強くあらなければならない。王妃になれば国の汚い部分の見なければならないだろうから、そのためにも冷たさは必要だ。
可憐で優しく純粋で慎ましい。
それだけの女性に妻は務まっても王妃は務まらない。
それにエマーシェル様は庶民よりで、貴族としての教養がたらない。この国の事も必要最低限しか知らない。
今のエマーシェル様が王妃になっても守られるだけの王妃になってしまうだけだ。それじゃ、あの方の重荷になるだけだ。
王妃とは王を支える存在のはずだ。
エマーシェル様の現状ではそうはなれない。
彼女では陛下に愛を教えても、陛下を支える王妃になれない。
でもだからといって折角あの方が気にして、愛している方だ。現に、調査をしている間も陛下は度々周りに広まらない程度にエマーシェル様に接触していると聞いた。
「……私が努力しても振り向いてももらえないのに何もしてないのに気にいられるってねぇ?」
ちょっと苛々したから、部屋の中で侍女達と軽く手合わせ(素手による戦闘。後宮に武器は持ち込み禁止。でも武器になりそうなもの周りにいっぱいあるけど)してむしゃくしゃした気持ちを発散したのよ。
とりあえず、そうですわね。エマーシェル様に接触してみましょうか。
そしてエマーシェル様があの方を幸せにしてくれる方がどうかきちんと見極めよう。陛下を支える覚悟があるか見極めよう。どんな形でもいい。あの方の重荷ではなく、あの方の支えとして、その正妃として生きられる女性に私は王妃になってほしい。
そんな考え周りから見ればただの我儘かもしれない。それでも私はあの方を愛しているから、あの方を支えてくださる方に王妃になってもらいたい。幸せになってもらいたい。あの方を苦しめる方に王妃にはなってほしくない。
あの方はこのまま、エマーシェル様を王妃に望むだろう。侍女達の調べでそんな事わかってる。
その内、エマーシェル様は表舞台に出て行かされる。
今の彼女では王妃として足りない。なら、私が足りるようにすればいい。誰にも文句を言わせないような王妃様にエマーシェル様をしてしまえばいい。私が持っている限りの上級社会で生きていく術と対応の仕方、この国の事、それを教えてさしあげよう。
『エマーシェル様、理想の王妃化計画』と『後宮内警備計画』を相互に進めよう。
でも下手に動いたら陛下に私がエマーシェル様を害そうとしているだとか、恐ろしい誤解が生まれるかもしれない。
それならば、味方を作ろう。私が陛下に向かって刃を向ける事などありえないという味方を! 何もやましい事はないのだ。私はあの方のためだけに、エマーシェル様の理想の王妃化計画と陛下の大事なエマーシェル様が危険にさらされないように後宮内を掌握……じゃなくて穏便に懐柔しましょう。
「流石、レナ様。考える事が他の御令嬢とは逸脱してますわ」
「レナ様がこんなに思ってらっしゃるというのにあの男は沈めてやろうかしら」
また何だか暴走しそうな侍女達には「やめなさい!」と叱っておいた。私の侍女は優秀すぎる。それはもう王宮内だろうと自由に行き来できるぐらい。……多分この私の鍛え上げた侍女達なら実際に陛下を沈める事ができる。
本来武器ではないものを武器にして相手を瞬殺する。それはこの子達の得意技である。
なんせこの子達にかかれば、ちょっとした装飾具や針金だろうとも武器になる。ちなみに私も多少はそこらへんのもの武器にして戦えるけど。正当防衛のために力を学んだ私と違い、彼女たちは本気で私を脅威から遠ざけようと訓練してたのだ。それもうんと幼いころから。
自分が大人になった時の駒にするため。
平たく言えばそんな酷い事のために彼女たちを強くした。でも侍女たちは優しい。私のことを好きだといってくださる。私のことを守りたいといってくださる。本気で私を心配してくれる。私にはもったいのない優秀な侍女達だ。
まぁ、そういうわけで私はとりあえず後宮の主である女官長をまず呼びました。女官長は陛下から信頼を得ている出来た方ですもの。
女官長は私が他の令嬢のように我儘を言い出すのかと少し警戒したようにこちらを見てましたが、私が漏らした言葉にぽかんとしました。
「………今、何とおっしゃいましたか」
「ですから、私はあの方のためにエマーシェル様に足りてない教養をお教えしてさしあげたいのでその許可を欲しいのですよ。ついでにこの後宮内でエマーシェル様が危険にさらされないように貴方と協力体制をとりたいと言ったのですわ」
ふふっと笑って言いました。
「……そ、れは」
「ただ私がエマーシェル様に急に接触したらあの方が私が彼女を害するなどという恐ろしい誤解を生む可能性があるでしょう? 私はあの方に誤解されて、敵視されたくないのですわ。ですからエマーシェル様に危害を加えないという事を証明してほしいのです。私のことを徹底的に調査してくださいませんか? あの方が誤解などしないように」
別に調べられて困るものは何もない。全部調べつくしてもらってもいいのだ。
ただ私はあの方のために動きたいのである。それであの方に誤解されてしまたら………、もう泣いてしまうほどショックを受けるわ。だってあの方のために私は生きているのに、あの方の邪魔をするなんてそんな恐ろしい誤解をされるなんてっ、もうショックで自殺してしまうかもしれないわ…。
考えただけで気分がどんよりしてきたわ。でも女官長の前でそれを態度に出すわけにはいかないから、外面のキリッとした顔をしているのよ、私は。
「……何が、目的ですか」
「何が目的って、言いましたわよ?」
「……それでは信用ならないから言っているのです」
戸惑ったような、真意を確かめあいといった声。私は陛下の信頼を得ているこの方に疑われているのが悲しい。ならば私がどれほど陛下を思っているか語って、疑いなんてはらしてしまおうと思った。
「私はこの10年間、陛下の役に立つことだけを考えてましたわ。10年前、お父様に連れられたパーティーの中であの方と一度だけお会いしたことがあったのですの。率直に申し上げますと私はその時、あの方に心を奪われました」
陛下は覚えていないだろう。はじめて連れられたパーティーで、ちょっと貴族の令嬢の嫌味をくらった。私はまだ幼くて、記憶としての対応も知らなくて、泣いた。そこであの方がやってきてハンカチを下さった。泣くなといってくださなった。そして笑ってくださった。
たったそれだけ。
十分にも満たない邂逅。でも私はあの方に惚れた。あの方のことを知ろうと必死に情報を集めてますます惚れたというか、愛してしまった。
「私が必死に教養を見に付けたのも、見た目を磨いたのも全部あの方のためです。あの方の妃の一人に選ばれれば一番いいと思ってたのですわ。それが叶わないなら良家の子息と結婚して夫人としてあの方のために行動する予定でしたの。
それで、私は今幸せなのですわ。陛下の妻の一人として声が聞けて、触れてもらえたのです。もう天にも昇る気持ちですわ。元より自身が愛される存在だなんて驕りはありませんもの。実際陛下の心を射止めたのは私とは正反対のエマーシェル様ですし。私は陛下に幸せになってもらいたいのですわ。あの方が苦行に陥るなら助けてさしあげたい。あの方の役に立てると思っただけで嬉しくてたまらないんですわ」
ついに陛下の役に立てる時が来たんだと本当に嬉しい。私が頑張ったのが無駄だなかったって思えるから。
陛下がこちらを見てくださらなくても、陛下の役に立てるなら喜ばしい事だもの!
そう思いながら私は女官長に向かってにっこりと微笑みます。
「ですから私ただ陛下の役に立ちたくてたまらないだけなんですわ。エマーシェル様が調査の結果、心優しい良い方なのはわかりましたし。それならエマーシェル様が王妃といて相応しいと認められる手伝いとその命を守るべきと思いましたの。
あ、それと私がエマーシェル様を害すことは調べてくださればわかるでしょうがありえません」
「……それはどうしてですか」
「だってもしエマーシェル様を害する事を私がなせば陛下に嫌われてしまうではないですか。私はあの方に嫌われたら生きていけませんもの」
本心いったらまたぽかんとされました。でもこういうときは正直が一番だと思うんですわよね。
とりあえずきっちり私が陛下に害する気がないという事を調べつくしてもらい、女官長と仲良くなりましょう。同じ陛下を思うもの(感情は違うけれど)ですから、仲良く出来ると思うんですわよね。
その後女官長は「……陛下達に報告させていただきます」といって去って行きました。
女官長が去って行った後、報告という言葉を思って思わず顔が赤くなりました。だって私の告白にも似た言葉を全部伝えるって事ですの! 人に言うのは構わないんですわ。でも、陛下に伝わるのは恥ずかしいのですわ!
後からテンパっていた私は、
「レナ様は可愛いですねぇ」
「顔を真っ赤にして可愛いですわ」
「……本当にこんな可愛いレナ様を見ないなど許せない事ですわ」
侍女達にそういって微笑まれる。相変わらず何名が物騒な発言をしているので、それは「陛下にそんな事いってはいけませんわ!」といって言っておきましたわ。本当に最近物騒な発言いいすぎですわ。私を思っててくれていることは嬉しいですけれども。
とりあえず先ほどの発言が陛下に伝わるかもしれないことはおいといて、女官長との接触が完了したのですから一先ず要請が通った時のことを考えてエマーシェル様に何からお教えすべきかリストにまとめなければ。
そして侍女達に後宮内の妃達の動向を探ってもらわなければっ。そう思い私は意気込んであの方のために役に立つ事をするんだとせっせと動き始めた。
そんな私は知らない。
「それは…何と言う愛の告白ですか…」
女官長の報告に宰相様が呆れたような驚いたよな顔をしてそんな事を呟いていた事を。
「……は?」
私の愛してやまないあの方が耳を疑い、そしてその顔に動揺を走らせていた事を。
―――――――妃は陛下の幸せを望む。
(あの方が快く暮らせるように、何か力になれたらそれだけで幸せですもの!)
レナ・ミリアム。
教養もあり、見た目も麗しい侯爵家令嬢。
陛下に惚れて以来あの方のためにと行動に走り、逞しくなってる人。
この国のためになる事を学び、自分を磨き、自分を守るすべまで手に入れ、侍女(戦闘可能)を育て上げ………ついでに人脈が広いため敵に回したら割と恐ろしい子である。
「陛下に嫌われたら生きていけない」「誤解されたらショックで自害する」とか言うほど陛下への愛……恋心やら敬愛やら満ちたものでいっぱいである。
侍女達。
駒にするためにレナが育てた人達。でもこの人達は元々奴隷とか平民だからお金もらって戦闘訓練受けて侍女やらされるのは寧ろ生活的には助かってたし、レナが可愛くて仕方なくて憎む心とか一切ない。
レナへの愛が強すぎてレナを害すものへは彼らの怒りの鉄拳が下される。
何でも武器にするある意味最強のボディーガード。でも普段は無力な侍女に扮している。
陛下
レナが愛して愛して愛してやまない人。男爵家の令嬢に夢中な男前な人である。
エマーシェル。
男爵家の令嬢。穏やかな生活で庶民よりの貴族のため、あんまり貴族間のことや陰謀とかには関わりない。
外見は可愛らしい人。
何か中途半端な感じがするけど、書きたくなって一気書きしてしまったものです…。感想もらえると喜びます。