第三十二話:八脚の悪魔
ビバ、休日。
・・・・・・さらば休日。
ゴーレムが姿を消し、辺りの森の炎をあらかた鎮火し終えたリリアとサタラは、二人で洞窟への帰路についていた。
―――――――――はずだった。
「なあ、リリア」
「・・・・・・分かっています。だから、なにも言わないで・・・・・・ッ!」
「まあ・・・・・・お前がそういうなら、別にいいんだけどよ。とりあえず最終確認としてよ、このままでいいのか?」
「うぐっ・・・・・・ッ!」
思わず言葉に詰まるリリアを見て、一つ嘆息したサタラは、呆れながらに告げる。
「いいじゃねえか別に。迷っちまったことくらいさ」
そう。彼女たちは、絶賛迷子中だったのだ。
事の始まりは、単純なことだった。
敵を片付けた後、早速洞窟に戻ろうとした二人だったが。
帰り道の途中にあった大きめの毒沼が、火事の熱で気化しており、その毒が空気中に流れ始めたのだった。
ゆえに、安全を期するために、そのエリアを迂回して移動。別の場所でも似たような現象が発生していたのでさらに迂回・・・・・・。
なんてことを繰り返していた結果、気が付いたら現在地も、目的地の位置も分からなくなっていた、というわけだ。
「で、どうすんだ?お前の魔法でなんとかなんねえのかよ」
ガンガン先行していたリリアは、やはり責任を感じているようで、テンション低く答える。
「そうですねー。出来ないこともない、というか、確かに可能ですけれど・・・・・・飛べますし」
「だったら早く使っちゃえよ。このままじゃあ本当に遭難するぞ」
シエンが言っていた埋没者たちの仲間入り、ということである。
それはさすがに嫌だと感じたのか、リリアの決断は早かった。
「わかりました。飛びましょう」
魔法を行使し、大空を飛翔する。
あたりを見渡すと、火事はあらかた、自然鎮火したようである。
ふと、視界の端に写ったある一箇所が、なぜか不自然に木が切り倒されて開けていた。
火が広がるのを止めようとしたのかわからないが、それにしても切り方が雑すぎる。あれでは、火事の拡大を断ち切ることは出来ないだろう。
まあ、その火事もすでに消えているので、こんな考えは杞憂か。
と適当に理由を付け、リリアはすぐに目的地を探す。
洞窟は、意外にもすぐに見つかった。洞窟自体は目視できなかったが、それでも、洞窟が存在する岩壁は発見できた。
背後から狙撃された。
「・・・・・・ッ!?」
とっさに銃弾の軌道を逸らし、その方向に魔法を放つ。
速度のある無属性魔法を連続で射出する。
着弾した場所が大きく爆ぜるが、それでも安心は出来なかった。
リリアは即座に地上へ戻り、一部始終を見ていたサタラも察し、次の行動に移る。
「どこに逃げる!」
「洞窟に戻るのは危険です!かといって反対方向も安直過ぎます!とりあえずこっちへ!」
そういって走り出したのは、若干洞窟方向、少し右にずれた方角。
二人は、高速で森を駆けながらも情報を共有する。
「先ほどの攻撃は、魔法ではありません。こちらの世界には本来存在しないタイプの銃による射撃です」
「銃って・・・・・・魔法銃とは違うのか?」
魔法銃。さまざまな種類の魔法の補助道具。特殊な筒状のそれを介して魔法を使用することにより、魔力消費を抑えたり、射程や威力が増したり、命中精度が上がったりといった、様々な効果を得られるものだ。
サタラの言葉に、リリアは首を振る。
「いいえ。魔法の概念が一般化していないリュージの世界でも広く用いられる科学の結晶で、一切の魔力を使用せずに遠方を攻撃できる武器です」
「なにそれスゲー便利」
サタラは思わず感嘆の声を上げる。その反応に対し、リリアは軽く補足を加える。
「あぁ、でも。こちらの世界に存在しないといっても、進化のレベルが違うという意味です。リュージの世界のものよりもかなり初期のものなら、この世界の一部でも作られていますよ。この大陸にはありませんが」
「へぇ・・・・・・初めて聞いたなー」
なぜ、この世界に住むサタラが知らなくて、リリアが知っているのか。
それは、世界を管理する側だからである。
「んで、これはどこまで逃げれば安全なんだ?」
「分かりませんよ、そんなの。とりあえず、このあたりで誰かしらと合流しておきたいんですが・・・・・・、さっきから一向に連絡がつきませんし」
通信石は反応無し。音声メッセージにも返事がない。
リュージはともかくとして、エクスも音沙汰がないというのは、少し気になる。なにかあったのか。そうだとしたら、敵は誰なのか。この一連の出来事に関係があるのか。
そんな思考の波に飲まれそうになるリリアを、しかしサタラは引き止める。
「おい。今は人のことを気にしている場合じゃねえ。それよりも、まずは生き残らないと、元も子もねえぞ。・・・・・・つーか、なんで狙われてるんだ?オレたち」
「え?・・・・・・あぁ、そういえば」
「なにオマエ、考えたことなかったのか?」
「いえ。どうせ勇者繋がりかな、とか思っていたんですが・・・・・・そういえばどうしてでしょう」
「おい。命を狙われることになにも感じなくなってるって、まずくないか?」
今まさに、命を狙われている状況下で、なんの気なしにこんな会話をしていること自体も、どうかしているのだろうな。と感じてしまうリリアであった。
◆
拠点としていた洞窟から少し離れた森の中。このあたりには火の手が回らなかったようで、緑が生い茂っていた。
「狙撃を逃れてしばらく経ちますが・・・・・・一向に連絡がつきませんね」
ボーっと通信石を眺める二人だが、そのとき、変化が起こった。
木々を押し倒しながら、地鳴りと共に二人の眼前へと、何かが現われた。
それは、巨大な体躯に四対の歩脚を持った生き物だった。
「これは・・・・・・蜘蛛?」
「・・・・・・みたいだな。規格外にもほどがあるが」
トラックほどはありそうな巨大な蜘蛛は、紅く光らせた八つの目が二列に並んでいる。
鎌状の鋏角は鋭く、純粋な恐怖を感じさせる。
―――――――――本来なら。
「で、どうするよ、コイツ。倒すのか?」
手のひらに炎を灯しながら、簡単にリリアに問う。
「えぇ。ここでケリをつけましょう。あとあと何かがあっても面倒ですし」
そういった彼女が両手に握るのは、2挺の拳銃、銀色に輝く自動拳銃であった。
それを見たサタラは、どこか呆れたような顔で。
「・・・・・・それが、さっき言ってた銃か?魔法銃とは確かに違うみたいだけど・・・・・・お前も物好きだな。ついさっきまで狙われてた武器を使うなんて」
「ふむ・・・・・・なにか問題が?」
キョトンと首を傾げながらのリリアに対し、思わずサタラは苦笑いしてしまう。
「へへっ・・・・・・。まあ、なんでもいいか。んじゃ、行こうか」
口元を歪めながら、サタラは一気に駆け出した。
走りながらに、右手の炎を投げつける。
巨大な炎が、蜘蛛の体を包み込むが、しかしなにかが強化されているのか効き目は薄いようだ。
問答無用で炎を掻き分けながらに走り出す蜘蛛の脚を、リリアが正確に打ち抜いた。
左側二本の脚を失った巨大蜘蛛は、バランスを崩して崩れ落ちる。
しかし、その脚は瞬時に再生した。
「ふへー。なんか、スゲーなコイツ。もうただの蜘蛛じゃあねえや」
炎の矢を三つ創り出し、撃ち出す。
体に向けて放った矢は、しかしその巨体に似合わない俊敏力で簡単に回避された。鋭く尖った右第一歩脚を振り上げた蜘蛛に対し、サタラは炎で体を押し上げて動きを止め、リリアが銃で撃ち抜く。
八本全ての脚を撃ち切り、体に複数の弾痕を作りながらも、すぐに再生しようとする。
「さっ、せるかぁああああああ!!!」
その再生を待たず、サタラは巨大な炎剣を振り上げ、巨大蜘蛛の体を両断する。
切断面を焼かれた蜘蛛は、体を再生させることも出来ずに崩れ落ちる。
「・・・・・・ふぅ。思ったよりも楽だったな。つーか、こいつ魔物だろ」
「の、ようですね。まあ、脅威にならなかったのなら、それに越したことはありません。じゃあ、洞窟に戻りましょうか・・・・・・・・・おや?」
リリアが見つけたのは、四方八方に張られた、巨大な蜘蛛の巣だった。
「いつの間に出来たんだ?こんなにたくさん・・・・・・」
「しかし、これは面倒ですね」
ガチャリと、マガジンを入れ替えながら呟いたリリアの視線の先には、というか、周囲からガンガン湧き出てくる、十数匹にも達するであろう巨大蜘蛛の群れが見えた。
「なあ、リリア。お前、武器変えたら?相手のサイズ的によ、明らかに火力不足だろ。もっと爆発力のあるもんにしろよ」
「いいえ。甘いですね、サタラ。私は、それなりに頑固なんですよ。今回は、これでいきます」
ガチャンッ!と二挺拳銃を構えるリリアは、なるほどサマになっている。
それを見て、サタラは理解し、呟く。
「あぁ。リリアお前、楽しんでやがるな」
「えぇ、まあそれなりに。久しぶりの出番ですし」
「・・・・・・そういやそうだったか」
たった今思い出したサタラは、ようやくリリアの心情を理解できた。
そして、それを理解した今。彼女にも躊躇する理由はない。
炎剣を握り締めながら、サタラは呟く。
「どんな事情があってオレたちの邪魔をしてるのか知らねえが。立ちはだかるからには覚悟しろよ?てめえらの目的も思惑も、全部焼き切って、ぶっ壊してやるよ」
こうして、彼女たちによる益虫駆除が始まった。
◆
そして終わった。
「おい。アッサリ過ぎるだろ、この展開」
「私に言わないでくださいよ」
そう答えるリリアも、どこか拍子抜けしたような表情をしている。
「しかしサタラ。世の中というのは得てして複雑で面倒なものです。油断はしないでくださいね」
「あぁ、まあ。そうだな。気は引き締めておこうか」
「えぇ、そうしてください。流れ的に、そろそろちゃんとしたバトルシーンに入るはずです」
「流れ的にって・・・・・・」
「というか、いい加減にシリアスに入ってもらわないと、本当になんでもない話になってしまいますよ」
「そういえば、今更だが。毎回のごとく、オレたち主体の話ってねえよな。なぜか毎回、割愛される」
「なぜか、というか。その理由は明白ですけどね。だって私たち、物語上あんまり重要視されてないじゃないですか・・・・・・っと、あぁ、でも。サタラは別でしたね」
「え?なにが」
「いえ、ほら。以前にあったじゃないですか。ほら、あのー・・・・・・おや?そういえば名前を聞いていませんでしたね。魔人の1人ですよ。なんか、いかにもラスボスですって雰囲気をガンガン垂れ流していたのに、サタラに倒された・・・・・・」
「え?・・・・・・あぁ、アイツか。アイツがどうしたんだ?」
「あれ?憶えて・・・・・・あぁ、そういえばあの時は、完全に気を失っていましたね。いえ、あの男、サタラに何かをしようとしていたんですよね。ほら、みんなで初めて帝国を攻めに行った帰り道で」
「なんだ?あのとき、何かあったのか?オレ、ボッコボコにやられてたからなー。つーかアイツ、何する気だったんだ?」
「さあ?なにかの力を流し込もうとしていたようですが・・・・・・うん。まったく分かりませんね。皆目見当も付きません」
「なんだよ。思わせぶりなこと言いやがって」
サタラは不機嫌そうになる。それを見て、リリアは笑顔を見せる。
「気にしなくてもいいんじゃないですか?もう彼はいませんし」
それを聞き、しかしサタラは一転。訝しげな表情をする。
「あー、どうなんだろうな。それ。いや、たしかに、しっかりと倒したとは思うぜ。でもよ、アイツがあの程度で死ぬとは、どうも思えねえっていうか・・・・・・。不意打ちだったとはいえ、アイツはもっと強いはずなんだよ」
「おや、随分と彼の肩を持ちますね」
「茶化さないでくれよ。別にアイツの肩を持ってるつもりはねえよ。ただ、紛れもない事実として、アイツはとんでもなく強い。多分、今のリュージでも敵わないはずなんだよ」
「しかし、そのリュージとアナタが彼を倒した。というのも、紛れもない事実ですよ?」
と言いつつも、リリアはなんとなく、サタラの気持ちを察していた。
なぜならリリアも、まさにあの時。あの魔人と闘ったのだから。そのときに感じた圧力を、迫力を。彼女はいまでも鮮明に思い出せる。記憶だけではなく、神経にまで刻み込まれた、圧倒的な力を。
「まあ、今考えたところで、なにか結論が出るわけではありません・・・・・・と言いたいところですが、そうですね。いい機会ですし、ここは1つ、元魔人、つまり彼の元同僚としての意見を聞かせていただけますか?」
「・・・・・・やっぱり、お前ってSだよなー」
リリアの認識を新たにしながら、サタラは続ける。
「まあ、いいや。思い出してやるか」
そして、サタラは語り出す。
いままで明かされなかった男の話を。
諸事情により、名前の表示を変更させていただきます。
天使「で。私が天使ですか。まぁ、間違ってはいませんが・・・・・・。役職で呼ばれているようで、ちょっと嫌ですね」
元魔「・・・・・・なぁおい。オレのこれはなんだよ」
天使「ふむ。元・魔人で元魔。言い得て妙ですね。なにか不服がおありで?」
元魔「えぇそうですねぇ!!!不服しかありませんけれども!!!???」
天使「しかし、作者さんもこの名称を使っていますよ?リュージは勇者、エクスは聖剣、私が天使で、サタラが元魔です」
元魔「マジでそんな略され方されてんの?え、じゃあちなみに、シエンは?」
天使「魔王です」
元魔「まともだなぁおい!とにかく、オレの元魔は変えてくれよ!元・魔人って、今はもう特徴ナイみたいじゃねえか!」
天使「え?・・・・・・あっ、えっと・・・・・・そうですね。えぇ、確かにそれは失礼ですよね。ダメですよ作者さんプンプン」
元魔「なあリリア。そんな適当に同意されても悲しいだけだって、わかっててやってるだろ」
天使「はてさていったい何のことやら。どうやらサタラはショックでおかしくなってしまったようですね、チャンチャン」
元魔「終わらせんなよ!」
天使「はい、こんにちは。皆様の心のオアシス、天使リリアでございます。以後、お見知りおきを」
元魔「・・・・・・サタラだ」
天使「おやサタラ?どうしてそんなにもテンションが低いのですか?」
元魔「そんな簡単に気持ちを切り替えられねえんだよ。導入の空気そのままだからな?」
天使「まあまあ」
元魔「せめてなんかフォローしてくれよ・・・・・・。はぁ、もういいわ。なんかもうどうでもいいわ」
天使「ご理解頂けてなによりです」
元魔「つーかよ。なに?あのお前の自己紹介。意味分からなかったんだけど」
天使「台本通りです」
元魔「あっそ。もういいよ。お前はいつでも平常運行だな」
天使「では。気持ちを改めまして、再開しましょうか。今回もいろいろなカード?というか紙票が用意されています」
元魔「毎回、よく用意するな」
天使「ではさっそく。最初のカードを開けてみましょうか」
● 物語の終点が見えない件
天使「まあ、これは・・・・・・」
元魔「今更だよなぁ、ホント」
天使「というか、元々の目的である魔王討伐を自ら潰したんですから、なんらかの対策はあると思っていたんですが」
元魔「フラフラフラフラ。まるで作者の人生のようだ」
天使「作者さんの人生通りだと、最終点が落とし穴ですが・・・・・・」
● リリアのキャラがぶっ壊れている件
元魔「あぁ・・・・・・」
天使「納得しないでください!」
元魔「初登場時はあんなに純粋無垢を装っていたのにな」
天使「装ってませんよ!ていうか、私のせいじゃないでしょ!作者さんのせいです!」
元魔「なんていうか・・・・・・懐かしいな、その感じ。ちょっと焦った純粋少女?みたいな。なにお前。リュージ狙ってたの?」
天使「性格ですけど!私の、物心付いてからの性格ですけど!」
元魔「ほら、それそれ。ツッコミもしくは天然ボケしかやってなかった女が、急にボケ始めたなーって思ってた。なに、ボケたの?」
天使「どういう意味ですか!」
元魔「まあ、ほら。大丈夫だって。これからはハッキリと、情緒不安定キャラで行こうぜ」
天使「なんですかそれは。私は病気ですか」
元魔「ヤンデレって、情緒不安定だよな」
天使「私、別に病んでませんけど」
天使「では、本日はこのあたりで」
元魔「時間もないしな。次回も引き続き、オレたちの話だ」
天使「それでは、また次回」
元魔「お楽しみにー」




