第十六話:笑顔の下
本当に久しぶりです!
「・・・天気、いいわね」
「あぁ・・・」
私たちは、空を見上げていた。
「空が、高いなぁ・・・」
「地上がもうすでに高いわよ」
さぁてここで問題です!私たちは今、どこにいるでしょうか!さぁ制限時間が迫ります。ゴー、ヨン、サン、ニィ、イーチ・・・はぁい時間切れ!正解は―――――――――
――――――とーッても深い、穴の底でしたぁ!間違えちゃった人、残念でした~。またの機会に!正解だった人はおめでとうございま~す!
「って、わかるかぁ!!!」
「うぉ!?」
私が突然絶叫したため、隣に寝転がっていたリュージは、驚いて腰を浮かした。比喩でもなんでもなく、実際に少し地面から浮いた。
ことの発端は昨日。魔物から手に入れた肉を守るために、丈夫な木箱を作ろうと山に入ったことから始まる。
時々現れる魔物たちをリュージが倒しながら、基本的に軽い登山、というかハイキングみたいなものだったのだが。
運悪く足場が崩れて二人とも落下。幸い怪我はなかったものの、落ちた先はどうやら元々魔物の住処だったらしい、相当に深い穴だった。
当然ジャンプなんかではどうにもならないわけで、助かる手段も思い付かないままに、ただ時を過ごしていた。
先ほどリュージが、前の世界で見たという壁走りを試し、四分の一程駆け上がったところで、滑って落ちてきた。どうやら元ネタと同じ結果になったらしい。ならやるな。
「いや、本気でどうしようか」
リュージは額に指を当て、知恵を絞っている。
まぁでも、私自身なにも思い付かないので、あまり文句も言えないのだが。
「まぁなんにしても。このままずっと考えていても思いつきそうもないし、少し休む?」
「・・・そうね」
確かに、すぐに思いつきそうもない。それに、実は穴に落ちてから一晩経っているのだが、こんな場所では熟睡も出来ず、軽く寝不足である。(それに対してリュージは、見張りのために一晩中起きていたのだから弱音を吐けなかったが)
今回は二人で一緒に寝転がる。
「なぁ、サーシャ」
すぐには寝れないのか、リュージが話しかける。
「ん?」
当然、横になった瞬間に寝れるわけでもないので、その声に反応する。
「サーシャってさ。俺のことあんまり名前で呼ばないよな」
「――――――え?」
リュージの、そんな唐突な話題に驚いた―――のではなく。
そんなことにとっくに気づいていたのに意識しなかった自分に驚いた。
そう、その通りだ。
確かに私は、彼を呼ぶときは君。もしくはリュージ君だ。
「まぁ、別にそれがどうってわけじゃないんだが、少し気になってな」
何故だろう。考えもしなかった。いや、考えることを放棄していた。恥ずかしい・・・のだろうか。この男の名前を呼ぼうとすると、いつも不思議な感情が顔を出す。
「気にしないでくれ。ちょっとした戯言だ」
お休み、と言ってリュージは寝てしまった。
そうして私は、また、考えることを放棄した。
寝不足のせいもあってか、今度はゆっくり眠れそうだ・・・・・・。
◆
率直に言おう、無理だった。
私たちの眠りは、一体の魔物によって妨げられた。
「おいおい・・・見たことあるぞ、このフォルム」
リュージが言う。だが、私はそれどころではなかった。
「ど―――――――――ドラゴンッ!?」
四足のトカゲのような体躯に巨大な翼。燃えるような紅色をした全身から光る鋭い眼光。
話としては聞いたことがあった。この山には、紅いドラゴンが棲むと。でも、しかしそれは、もはや伝説とも受け取れるような御伽噺だったはずだ。
「久しぶりの我が家に招かれざる客・・・。そりゃ、頭にきても仕方がないってとこか?」
嫌に落ち着いた態度をとるリュージはしかし、その手に刃を握っている。油断できる状況じゃないということ?いやでも・・・・・・。
なら、あの口元の歪みはなんだ?どうして、この状況で笑っていられる?
「まさか・・・ここまでその通りとはなぁ」
何かを呟くリュージだが、ドラゴンが唸っているせいでよく聞こえない。
不思議に思っている私をよそに、何かを思い出そうとしているリュージ。
「えーと、確か・・・。あぁ!そうだ思い出した!」
そういうや否や、リュージは私の体を脇に抱える。
「え?ちょっ!」
何がしたいのか全くわからないだけに、純粋な不安しか感じられない。
「なに?なんなの!?」
「しっかり摑まってろよ」
私の混乱は、しかしリュージの次の行動で驚愕に変化した。
ズバンッ!という衝撃音とともに一気に駆け出したリュージは、そのままドラゴン後方の壁を蹴るとドラゴンの背めがけて、その刃を突き刺した。
『ガァアアアアアアアアッ!!!』
驚愕の悲鳴、ともとれる鋭い雄叫びとともに、両の翼を一気に広げ、急上昇を始めるドラゴン。
空気が顔を叩き、上昇速度はドンドン上がっていき。
―――――――――景色が爆発した。と思った瞬間には、もう穴から抜け、地上に出ていた。
山のふもとには村が見え、それを覆うように広がる広大な草原や、その先に見える巨大な都市。地平線の先にも続く森に大地に。
それらを見た瞬間。放棄していた思考が、一斉に始動する。
(あぁ・・・そういうことか)
自身の内から沸くあの感情、その原因がわかり、一人納得した。
その隣では、今の状況に無邪気に興奮している、一人の少年が笑っていた。
◆
しばらくの滞空時間の後、リュージは体を回転させ、地面に着地。そのまま滑って止まる。
「ふう、なんとか脱出できたな」
一息吐いてから、抱えていた私を下ろす。
地面に足が着くと私は、二、三歩下がる。
「ん?どうした?」
しまった。必要以上に離れてしまって、不自然だったか。
でも、私は。――――――多分、この人の近くにいてはいけない。
単純な、物理的な距離の話ではなく。
でもきっとこの人は。そんなことを気にしないし、だからこそ、人が集まるのだろうけど。
故に私が。この私が気付かせてはいけない。気にさせてはいけない。
「いや、その・・・、ドラゴンが」
「ん、そうだ。そういえば、どこ行った?」
リュージは辺りを見渡す。よかった、気付かれていない・・・。
「あ、いた」
ドラゴンは、飛び出した穴の上空を中心に旋回していた。どうやら私たちを探しているようだった。
「そういえばさ・・・」
「ん?」
リュージは思い出したように呟く。
「さっき、ドラゴンの背中に刀を刺したとき、上手く刺さらなかったんだよな。なんか、刺さりが甘かった」
あぁ、だから途中から手で背中の出っ張りを掴んでいたのか。
「まぁ、ドラゴンなんだから、皮膚だって固いんでしょう?」
「てぇことはさ。アイツの皮膚を剥いで箱に張り付けりゃ、相当な強度になるってことか?」
「あぁ・・・」
目的忘れてなかったんだ。皮膚を剥ぐという恐ろしい発想よりも、その事実に驚いた。
「んじゃま、アイツを倒しますか。サーシャは・・・」
「うん、わかってる」
そう言って私は、少し離れた大木の影に隠れる。
邪魔はしない。あの人と私は、違うのだから。
リュージがカタナを握って駆けていく。正直、あの細い刃が剣として機能するのか不安ではあるが、きっと取り越し苦労なんだろう。
私は、遠ざかっていくその背中を眺めながら、そんなことを考えていた。
◆
砕かれた岩が飛んできて、私の脇腹を拐っていった。
言葉にしてみれば、至極単純な、分かりやすい現象だが。
そんな現象で私は死にかけ。彼は狼狽えていた。
必死で叫び、言葉を紡ぎ。
私は、笑って見せた。
彼を、こんなところで止めてはいけない。
「なに・・・して、るの?私はい、いから・・・、早く、倒・・・してきちゃいな、さい・・・」
「――――――わかった」
薄れゆく意識の中。彼の声ははっきりと。力強く響く。
「すぐに、終わらせる。だからーーー死ぬな」
わかってる。声は出なかったが、それでも。
わかってる。私の死なんか―――背負わせない。
――――――リュージSide
とにかく時間がない。あんな怪我、長くは持たないし、短くも持たない。
俺は刀を握り、一気に走り出す。
『ギャアアアアア!!!』
まったく。こんなことをしなければ。こんな状況にさえならなければ。
もう少しオマエとも楽しめたかもしれないのに。もしかしたら、謎の絆が芽生えて、仲間になるまであったかもしれないが・・・・・・。
今のオマエには、殺意しか芽生えない。
ドラゴンは口から炎を吐き出す。
想像してみよう。ドラゴンが、そう。首の長い、一般的イメージのドラゴンだ。
ソイツが口から、炎を吐き出すとき。その首はどのような動きをするだろうか。
その通り。前に突き出すだろう。つまり。
「首ががら空きだ、爬虫類」
正確に分類が爬虫類かは不明だが、気にしてはいけない。悪口なんてそんなもんだ。
一気に地面を蹴り、ドラゴンの背後、正確には背上。ドラゴンの首の後ろに回る。
その付け根の肉を削ぎ落とすイメージで、一気に刀を振る。
切り取られた肉が飛び、大量の血液が吹き出す。
あれ?魔物って、血とか出ないんじゃなかったっけ?
その時。肉眼に写るギリギリの距離に、見覚えのある人物たちが見えた。
「間一髪、ってとこか・・・」
これで、サーシャは死なずに済む。
◆
――――――サーシャSide
目を覚ますと、そこは部屋だった。
「どこだろう・・・ここ」
見たことのない天井だった。
私は布団に寝かされているらしい。どうしてこんなことに?
と、少し体に力を入れると。
「―――ッ!?」
腹部に痛みが走る。見ると、腹の所には包帯が巻かれていて、脇腹には何かの薬が塗られていた。
そして思い出す。記憶に残っている、意識が途切れる寸前のことを。
そして横をみると。
記憶の中の人物が、胡座で寝ていた。
「・・・ん」
どうやら私が動いた音で目を覚ましたらしいリュージは、若干寝ぼけた瞳で私を見る。
「おはよう」
「・・・それは俺が言うはずだった台詞だ」
じゃあ、私の勝ちだね。と、私は笑う。
思い出しているのに。私は、この人とは違う人間で、この人は私とは違う人間で・・・。それなのに、こんな迷惑をかけて・・・。
「同じだよ」
「―――え?」
驚く私。気付かれた?バレてしまった?
「悪い。サーシャの寝言、聞いちゃった」
「あぁ・・・寝言、ね」
詰めが甘いなぁ、と。私はまた笑った。きっとその笑顔は、先程のそれとは違い、薄い笑みなのだろうと理解しながら。
「途切れ途切れの、しかも寝言だから、詳しいことはわからないけど。俺とオマエは。俺と君は、なにも変わらないよ」
そう言ってくれる彼には、やはり。私の思いも告げなくてはならないのだろう。
「初めて君に会ったときはさ。どう見ても普通の男の子で、ただの変わった人だったんだ」
「え?俺、変わってる?」
「うん、かなり」
若干落ち込むリュージ。そういうところが、普通だ。
「でもさ。ストロンガーと戦ってるときのリュージ、君は違った。すっごく強かったってゆうのも、まぁ無くはないんだけどさ。なんか思ったんだ。この人は、私とは違う、私とは違う世界で生きる人なんだって。そしたらさ。なんか君に、引け目って訳じゃないけど、なんか壁を感じちゃってさ」
リュージは黙って私の話を聴いている。そんな大人の表情と、普段の表情と。色んな人格を持っていて、色んな性格を持っていて。
どれが本物なのかわからなくなるけれど、それでも。彼の芯は分かっている、つもりだ。
「最初は気にしないように、私の勝手な思い込みだって、それこそ思い込ませようとして。でも、そうすることでどんどん壁は高く、明確になっていく気がして。いつしか考えないようになってた。自分で壁を作って、その中に自分を仕舞いこんだ」
―――だから私は、君とは違う。
全てを聴いて、全てを知って。
しかしそれでも。彼は変わらなかった。
「でも、同じだろ」
彼は口を開く。
「確かに、オマエと俺じゃあ、環境も思想も人生も運命も。全く別々だ」
言葉を紡ぐ。
「でも。オマエと俺は一緒だ。なにも変わらない」
確固たる自信を持って。
「だから、壁なんて感じる必要なんてないし、引け目なんて的外れもいいとこだ」
でも、と。彼の言葉は、否定だけでは留まらない。
「一度壁を感じちまったら、気にするなってのも、なかなか難しいよな。だからさ」
何故なら彼は。
「一度作っちまった壁なんてぶっ壊しちまおうぜ。俺とオマエを阻むもんなんて何もない。閉じ籠ってるなら破壊しろ。どうしてもムリなら俺が手を貸すよ。壊すにしろ飛び越えるにしろな」
何故ならリュージは。
「だから、俺とオマエは同じだ。これからも、仲良くしようぜ」
いつだって誰だって、救おうとするんだから。自覚的にしろ無自覚的にしろ。
◆
「じゃあ、みんなに知らせてくるわ。しっかり横になってろよ。動くんじゃねぇぞ」
「わかってるわよ」
「よし」
そう頷くと、リュージは扉に手を掛ける。
「・・・ねぇ」
「ん?」
私は。今度こそ私は。
「ありがとう、リュージ」
彼に、本物の笑顔を見せることが出来ただろうか。
作者「久しぶりだぁあああああ!ホント久しぶりマジ久しぶり!」
リュージ「まったく、三ヶ月も掛けやがって」
サーシャ「前回は進級の話だったのに、もう今は期末考査が話題になるからね」
作者「あぁ・・・そう、期末なんですよ。もう明日からというか今日から」
リュージ「勉強しろよ」
作者「ははは、やる気の問題さ」
サーシャ「うん?今回のあとがきはもう終わりなの?」
作者「あぁ、正直眠くて耐えられん」
リュージ「作者の諸事情のせいで、約数名、今回全く描写がなかったのもいるが・・・」
リュージ「震える昂る異世界バトル『転生した俺は勇者として魔法世界を救うらしいですよ?』」
サーシャ「次回もお楽しみに!」
作者「きっと次のあとがきは、期末考査の結果についてだろうな・・・殺される」




