最初の標的
あれから約一ヶ月後…
十一月二十一日土曜日午後十一時三十七分
夜の歌舞伎町の区役所通りを歩いていた。周りは相変わらずの人の量だった。誰も目の前を死人が通っている事は分からない。
あれから約一ヶ月。白いシャツに黒いVネックのニット。紺色のジーンズ。黒いロングコートを身にまとい、ある場所に向かっていた。
一時間前…
マスターの店の電話の受話器を掴み、番号を押した。コールが鳴った。一回…二回…三回…四回…ガチャ。
「毎度有り難う御座います。こちらは大林警護で御座います」
機械的な日本語が出てきた。女だった。
「大林にこう伝えろ。今からそこに行くと」
「あの…どちら様でしょう?」
怯えた声で言ってきた。
「死人だ」
「あの……」
ガチャ。受話器を戻した。マスターが冷たい目線で見ている。
「危ねぇ奴だな」
黒いロングコートを着た。
「奴には何もしない。吉田に用があるんだ」
菅原がカウンター席に座り、首を横に振っていた。
区役所通りから明治通りに曲がり、石黒商事ビルの隣にあるビル、大林警護事務所と書いてある。
ビルの前に男が立っている。両耳にピアスを付け、派手なネックレス、両手をポケットに入れ、目を細め辺りを窺っている。チンピラ丸出しだ。
チンピラの横を通った。チンピラが慌てて止める。
「おい!待てや!」
その場で止まった。チンピラが眉間に皺を寄せながら前に出てきた。
「誰やお前?」
ため息をついた。
「チンピラに用はない。邪魔だ」
低く言った。チンピラが拳を握っていた。
「なめてんのか?あ?」
胸ぐらを掴んできた。木村はその手を両手で左に捻った。チンピラの体が浮き、一回転した。透かさず顔面に蹴りを入れる。
顔を押さえてもがいている。床に血が垂れる。服を掴み、歩かせた。
三階の大林警護事務所と書かれたドアを開けた。正面にデスクがあり、そこにとても若く見える男が座っていた。右にもデスクがある。そこには電話に出たと思われる女が怯えた目をしながら座っている。両壁に男が一人ずつ立っていた。
チンピラの男を前に倒した。右にいた女が大きく目を見開き、口を押さえた。
「こんなチンピラを下に置くのが悪い」
正面の男の目が鋭くなった。左にいた男が動いた。拳が飛んでくる。それをかわし、右手で手首を掴み、左手を水平に動かした。男の首に抉り込む。
「がっ!」
男が首を押さえた。その間に左足を軸にし、体を捻り、右足を回し、男の顔面に飛んでいく。男は顔面に一撃をくらい、後ろに吹き飛んでいった。
「俺は遊びに来たんじゃない」
正面の男に体を戻した。
「どうやらバラしに来た訳じゃなさそうだな」
―この男は大林和久だ。歳は三十四。一九八一年十月二十八日生まれ。冷酷な男として知られている。一度結婚しているが二年前に離婚している。
「それで……何しに来た?木村龍」
右にいた男が目を大きく見開いた。そうとう驚いてる様だ。
「吉田は何処にいる」
ポケットからラークを取り出した。
「街を血に染める気か?」
大林は銀色に輝くジッポに火をつけた。その火をもらう。
「あいつは劉と手を組んでこの街を乗っ取る気だ。どの道、奴は死ぬ運命だがな」
煙草の煙を吸い込んだ。
「一ヶ月前と関係がありそうだな」
「大ありさ」
「一つ条件がある」
「何だ?」
言いたい事が顔に書いてあったが聞いた。
「要するに潰すんだよな?」
「殆どそうだな」
大林は笑った。
「わさびって名の寿司屋だ。今日は貸し切ってるはずだ」
「恩に着るよ」
煙草を灰皿に擦りつけた。
「加勢するか?」
「個人的問題だ。一人でいい」
ドアを開けた。
「楽しみにしてるぜ。」
大林は笑顔で手を振っていた。ドアを閉めた。
ゴールデン街に入り、人の間をすり抜けるように通っていった。ゴールデン街の中で一番静かな場所にきた。辺りを見渡した。
街も変わった。前まで活気があったが、どうやら一ヶ月前の事が原因で墓場のように静まり返っている。店じまいしてる店もあるくらいだ。
普段は緑色にわさびという文字が映っていたネオンは今は消えていた。店の一つ手前で銀色に輝くベレッタを二挺取り出した。安全装置を外し、銃口を下に向けて歩いた。
店の前に立った。中から笑い声が聞こえてきた。目を閉じる。“始めるぞ。覚悟はいいな?後戻りは出来ないぞ?いいのか?”もう一人の自分が言った。目を開ける。覚悟なら出来てる。“貸し切り”と書かれた店の戸をゆっくり開けた。
正面はカウンター席。カウンターに男が三人、酒を飲んでいた。カウンターの奥では白い格好した男がてきぱきと包丁でネタを捌いている。右はレジがある。左はテーブル席が三つある。その奥と二番目には男が四人ずつ座っている。端に吉田がトロを頬張りながら笑っていた。そのテーブルにあの時バットを持っていた男とやたらと殴ってきた男が座っていた。ベレッタを強く握ぎる。
カウンターの一人が笑顔で振り返った。笑顔が一瞬で消えた。
「………若頭」
店の中が凍てついた。あれほど笑っていたのに。
「……お……お前」
体がぶるぶると震えている。
「関係ない奴は出てけ」
その一言で包丁を置き、店を出ていった。その後を男が二人、女が三人が店を出ていった。
店の中は相変わらず静かだった。だが、それも終わりを告げる。一番奥にいた男が動いた。左に握ったベレッタを男の頭に向ける。銃声。男の頭が撃ち抜かれ、後ろの壁に血と脳味噌が飛び散る。
カウンターにいた男も腰に手を伸ばした。右に握ったベレッタが火を吹いた。男の体に二発撃ち込んだ。カウンターに顔から倒れる。綺麗な血が口から出てきた。
テーブルに座った男達が一斉に動き出した。二挺のベレッタを向け交互に撃ち、後ろにダイブする。
一番前にいた男達の体に銃弾が撃ち込まれ、血が宙に舞った。銃弾が飛んできた。奇跡的に当たらず、後ろのレジに当たり破裂する。
床に背中をうちつけられた。左に転がりレジの後ろに隠れた。銃弾が次々と撃ち込まれる。
ベレッタを見た。スライドが、銃口から硝煙を出しながら止まっている。マガジンを床に落とし、新しいマガジンを差し込んだ。スライドを戻す。
レジから飛び出し、銃を撃ち始めた。血を辺りに飛び散らせながら、倒れていった。何人かはテーブルを倒しながら倒れた。
吉田とバットを持っていた男が撃ち返しながら店を出ようした。レジを出ながら銃を撃った。バットを持っていた男の背中と後頭部を撃ち抜いた。店の戸に倒れ込んだ。音を立てて戸が壊れる。吉田は店の外に出た。
店を出た吉田は走っていた。その背中に三発撃ち込んだ。両手を大きく広げ、前に倒れていった。吉田に寄った。木村はベレッタを突きつける。
「待て……話せば……分かる」
目を血走らせ、口から血が溢れながら言った。
「嫌だね」
突き飛ばすように言った。
「劉の……たくら……企みは……まだ続いているぞ」
頭が西瓜を叩き割った様に弾けた。辺りに大量の血と肉片と脳味噌が飛び散った。
遠くからサイレンのうるさい音が聞こえてきた。ベレッタをホルスターに入れ、闇に姿を消した。“始まったぞ。もう後戻りは出来ない。關待ってろよ。”