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最後の…

 どのくらい眠っていたのだろう。何か聞こえてきたが、何を言ってるかは分からなかった。

 突然冷たい何かを被った。目をゆっくり開けた。水が辺りに散らばっている。

 目の前に誰かが立っている。吉田だった。

「よく眠ったか?」

 吉田は笑っていた。木村は立ち上がった。

「歓迎ありがとよ」

 周りは灰色の壁で、天井には電気玉が一個あった。そして、四、五人が木村を囲んでいる。

 吉田が寄ってきた。

「もう一度聞こう。ブツは何処だ?」

「知らん」

 横にいた男にボディにパンチを入れられた。

 息が漏れ、膝をついた。吉田は首を左右に振っていた。

「お前が答えれば街は静かになるんだ。血は沢山だ」

 苦しかったが何とか言葉にできた。

「一つ聞く。……俺が何をした?あんた達に何をした?」

 木村は立ち上がった。

「いいか?(ラウ)に何を言われたか知らんが、いずれ殺されるぞ。良いように使われて……」

 拳が飛んできた。あっと言う間に鼻を潰された。どうやら吉田は本当に空手の達人らしい。

 木村は鼻を押さえた。どうやら折られてはいないようだ。だが、大量の鼻血が流れてきた。

 吉田は胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「何をしたかだと?組員殺しといて暢気な事を言ってんじゃねぇ!」

 そういえば、店で撃ち殺したのを思い出した。

「……それが理由なのか………本当に」

「さぁな」

 大体は検討はついている。どうせ、(ラウ)と一緒に街を乗っ取る気だ。

「それはどうでもいい。ブツは何処だ」

 首を振った。

 吉田は一歩さがり、首筋に見事な蹴りを入れられた。それを何とか耐えたが、次の一撃が来た。

 左足を軸にして体を捻り、右足が頬に当たった。吹き飛び、壁にぶつかる。

「正直に言えば良かったのにな」

 ドアから男が入ってきた。手には電話の子機を持っていた。

「お電話です」

 吉田に差し出した。吉田はそれを取り、耳に当てた。

「誰だ?…あんたか。何の用だ?……俺に任せろ。奴はもう知ってるぞ。………分かったよ。計画通りにな」

 電話を男に渡した。

 俺の勘だと相手は(ラウ)の様だな。殺せって電話だろう。

 吉田は木製のバットを持った男に耳打ちをした。男は頷いた。吉田は部屋を出ていった。

「立たせろ」

 端にいた男が木村を起こした。

「何すんだ?」

 男はバットをスイングした。バットは肋に直撃した。尋常じゃない痛みが体に走る。中で鈍く折れる音がした。木村は叫んだ。

「くそ野郎!」

 横にいた男にボディにミドルキックを入れた。血を吐いた。バットを持った男の服に血が飛び散った。

「てめぇ!」

 男はまたスイングした。今度は顔面だった。意識が吹っ飛んだ。また真っ暗な闇の世界に入った。

 夢を見ていた。いつもの夢だ。真っ暗な闇の中に女が立っている。女が目の前で真っ赤な血をぶち撒けながら倒れていく。ゆっくりと。すべてがスローモーションだった。

 俺は正面で震えながらコルトパイソンの四インチのマグナムを握りながら呆然と立ち尽くしている。突然足を引っ張られる。見ると撃ち殺した筈の女が眉間に大きな穴を開けて、夥しい血を出しなし、虚ろな目で足を掴んでいる。恐怖の余り銃を撃つ。何回も。だが、当たらない。それもその筈。死人なのだから。

 弾が無くなり、銃を放り投げた。また足を引っ張られる。体制を崩し、倒れる。足を大きく振る。それでも女は足を握り続ける。泣きながら足を振る。そしたら、急に暖かい温もりを感じる。後ろから誰かが抱きしめている。顔をのぞき込む。

 いつもはここで夢から覚める。だが、今日は覚めない。

 急に顔を上げる。驚く事に。満面の笑顔の(クワン)が抱きしめていた。俺は泣きながら笑う。

 初めて人を殺した時の事だ。(ウー)が俺に直接渡した仕事だった。

 俺はこの夢をずっと見続けた。何年も。長い暗闇から光が射し込んでくるような感じだった。

 俺は叫びながら(クワン)を抱きしめる。この時俺は心に誓った。“俺は關香梅(クワン・シャンメイ)をこの世の誰よりも愛してる!”

「お前の事が好きだー!」

 目をゆっくり開けた。灰色の床が映った。引きずられている様だ。

 ドアが開けられ、放り投げられた。宙を舞い、ゴミ袋の山にダイブした。生臭い匂いが鼻をつく。

 男達がにやにやした顔でゆっくり近づいてきた。

「くそ野郎が。運が良かったな」

 腹を蹴られた。よく見るとバットを持っていた男だった。

「もう(ツラ)をみせるなよ!」

 また蹴られた。男達が戻っていった。真っ暗になった。

 ゆっくり起きあがった。辺りを見渡すと、遠くで歌舞伎町の光が見えた。

 ポケットからラークを取り出した。火をつけて、煙を吸い込んだ。どうやらまだ生きてる様だ。

 木村は歩き始めた。脇腹が痛かったが、ここにいてもしょうがない。俺にはやる事がある。守らないといけない人がいる。

 花道通りに出た。腕時計を見た。後二時間半で約束の時間だ。急いでホテルに戻った。

 煙草を投げ、ホテルに入ると受付の人や客が白い目で見てきた。それを気にせずエレベーターに乗り込んだ。

 ふとエレベーターの中で思い出した事がある。銃だ。

 腰に手を当てたが銃もホルスターも無かった。胸糞気分が悪くなった。

 エレベーターを降り、部屋に向かった。部屋のドアを開けると、(クワン)は青白い顔で駆け寄った。思わず笑いそうになった。

「大丈夫!?」

 (クワン)は必死に辺りを見渡した。

「なんとかな」

 ベッドに座り、バックをベッドの上に置いた。(クワン)は救急箱を持ってきた。

「手当しないと」

「唔緊要(大した事はない)」

「いいから」

 そう言って血を綺麗に拭き取っていった。次に右目の辺りを消毒して、そこにガーゼを貼った。次に頭の傷口にガーゼを貼り、包帯を巻いた。

唔該(ありがとう)

 今の時間は木村にとって心も癒された時間だった。同時に自分の救世主と感じた。

「唔好介意(気にしないで)」

 救急箱を閉まっていた。

「ここから逃げるぞ」

 木村はバックからスパス12と12ゲージのショットシェルの箱を取り出した。

「ここはもう危険だ」

 ショットシェルを七発詰め込んだ。

「何処に行くの?」

 (クワン)が振り返った。

「船の手配をしてきた。その船に君を乗せる」

 バックからステンレスのベレッタM92Fを二挺と9mm弾の箱を取り出した。

「あなたは?」

「俺は残る」

 9mmの弾丸を各マガジンに十五発入れた。

「何言ってるよ。殺されるわよ」

 (クワン)は必死な顔で説得してきた。

「俺は(ラム)さんと約束した。あなたを守るって」

「あたしは……」

「もういい。話は後だ」

 マガジンを本体に差し込み、スライドを引いた。カシャンという音が部屋中に響いた。それをズボンとシャツの間に差し込んだ。バックを背負いスパスのハンドガードをスライドした。

 部屋を出た。薄暗い廊下は不気味な程静まっていた。まるで嵐の前の静けさのように。

「行くぞ」

 (クワン)が部屋から出てきた。

 階段の方に向かって歩いた。スパスを片手で持ち、片方の手で(クワン)の手首を掴んでいた。十メートルぐらい離れた先にあるエレベーターのドアがゆっくり開いたのが見えた。中からあいつが出てきた。あの赤い丸サングラスに頬の傷のある男が、四人連れて出てきた。

 時間が止まった様な気分だった。赤い丸サングラスの男はバックから銃を取り出した。出てきたのはシグSG551だ。

 この銃はスイスのシグ社が作った突撃銃の一つだ。カービンモデルで、室内戦でも扱いやすくなっている。要するに今みたいな時だ。この銃の特徴は銃口の近くに過熱すると色が変わるリングが取り付けられてる事だ。

 (クワン)を連れて角に隠れた。銃撃が始まった。コンクリートの壁の破片が無数に飛び散った。

「こっちだ」

 スパスを構えたまま移動した。

「後便(後ろ)!」

 (クワン)が叫んだ。見ると、男がベレッタM92Fを持っていた。

「伏低(伏せろ)!」

 (クワン)は耳押さえながら伏せた。振り向いてスパスを放った。もの凄い炸裂音だった。反動で折れた所に響き、痛む。男は後ろに吹き飛んでいった。

 フォアグリップをスライドした。いわゆるポンプアクションだ。赤い12ゲージのショットシェルが宙を舞った。

「唔好行開呀(離れるなよ)」

 辺りを見渡しながら言った。(クワン)が見つめながら頷き腕を掴んだのが見えた。

 前からトカレフを持った男が二人が走ってくる。透かさず二発撃った。男の体に八粒程度の小さい弾を浴びせた。素早くポンプした。

 また移動した。正面の窓ガラスに反射して後ろが見えた。後ろからAK47を持った男が現れた。

 (クワン)を押して角に隠れた。窓ガラスに銃弾が撃ち込まれ、穴が開き、窓に皺ができた。体だけ通路に出し、スパスを放った。男は吹き飛んだ。

 続いて赤い丸サングラスが登場した。銃撃。薄暗いので発光がやけに眩しかった。壁に5.56mm×45弾、通称ナトー弾が何十発も抉り込んだ。(クワン)を連れて走った。走りながらポンプして次の弾を送り込んだ。

 前にトカレフを持った男が現れた。走りながら撃った。吹き飛んで壁にぶつかった。ポンプした。

 今度はイングラムを持った男が前に現れた。今度は隠れた。壁に雨が降り注いだ。壁は穴だらけになった。壁に隠れながら撃った。男はマガジンを握りながら後ろに飛んでいった。

 後ろを見た。ベレッタM92Fを握った男が撃ってきた。だが、撃った銃弾は壁に当たった。透かさずポンプして撃った。男は天井に一発撃って倒れていく。蛍光灯に当たり火花を散らしながら派手に割れた。

 スパスは弾切れになったのでシャツとズボンの間に入れたベレッタを抜き出した。長い通路の奥に緑色に点灯した非常口が見えた。薄暗いのではっきり見える。

「怖いか?」

 (クワン)は首を振った。木村は微笑んだ。(クワン)も微笑んだ。木村は(クワン)の手を握って走った。まるで映画のワンシーンの様に。

 それも束の間だった。銃撃。壁に銃弾がめり込んだ。走りながらベレッタをがむしゃらに撃った。男達が慌てて隠れた。

 角からウージーを構えながら男が現れた。(クワン)を壁に寄せながらベレッタを撃った。男の腹に当たった。だが、またウージーを構え、撃ってきた。銃弾は窓ガラスや壁に当たった。木村は容赦なく何十発も撃った。男は倒れながらもウージー撃ち続けた。通路の三分の二の蛍光灯を派手に破裂させながら。

 真っ暗になった通路を(クワン)の手を握りながら走った。

 非常口の鍵を銃で壊し、外に出た。雨が降っていた。頭の中に文字が浮かんだ。“終わり”と言う文字が浮かんで消えた。

 (クワン)が不安気な顔をしていた。“大丈夫だ”と言おうとしたが言葉に出来なかった。どうやら俺は怖じ気付いた様だ。

「行こ」

 (クワン)が手を引いて階段を下りた。自分が情けなく思ってきた。

 振り返った。非常口から男が現れた。ベレッタを向けて撃った。同時にスライドが止まった。眉間に当たり頭を仰け反って倒れた。

 続いて、赤い丸サングラスの男がシグを構えて撃った。眩しい発光だった。

 新しいマガジンを差し込みながら急いで階段を下りた。前を見ると先回りをした連中が待っていた。手に持っているのは86Sだ。

 この銃は中国北方工業公司、通称ノリンコが作った銃で、キャリングハンドルとファアグリップが取り付けられている。だが、性能はそれほど良くない。

 銃撃が始まり、眩しい発光が暗い路地を明るくした。

 すぐ左に路地があったのでそこに突っ込む様に入っていた。走りながら振り返ってベレッタを向けた。雨で視界が悪かったが、黒い陰が現れたので何回もトリガーを引いた。何発かは壁に当たったが陰が倒れた。発光が見えた。耳元に風を切るソニックウェーブが聞こえた。すぐ横にある壁が爆発した。破片が飛んできたが、気にせず走った。

 花道通りに出ると車の行列が出来ていた。前の方を見ると赤い軽自動車の周りにレインコートを着た警官が立って色々と車を見ている。軽自動車の前の部分がぐちゃぐちゃになりフロントガラスが罅だらけになり、白いエアバックが萎んでいるのが見える。その斜め奥にはダンプが止まっていた。ダンプにもガラスに少し罅が入っていた。どうやら正面衝突した様だ。

 後ろから水が跳ねる音が聞こえてきた。(クワン)の手首を掴み、車の列に入っていった。

 銃撃。車のボディに銃弾が当たり、ガコンという音が聞こえた。悲鳴が聞こえてきた。木村も車を盾にして反撃した。男が倒れた。その後ろから赤い丸サングラスの男が現れた。

 スライドが止まった。弾切れだ。ポケットから新しいマガジンを取り出し、マガジンを取り替えた。カチャンという音をたてて元の形に戻った。

 ウィンドウが割れ、破片を頭に被った。車の中を見た。フロントガラスに真っ赤な血。男が割れたウィンドウに寄りかかりながら死んでいた。見ると頭の側面部から血が出ている。

 木村は辺りを見渡した。遠くからグロック19を持った警官が近づいてきた。

「走れ!」

 (クワン)は身を低くしながら走った。木村はもう一挺のベレッタを抜き出しながら走った。これで二挺拳銃だ。

 後ろで銃撃が始まった。多分警官が撃ったのだろう。銃弾がすぐ横にある車に撃ち付けられた。両手を肩の位置まで上げ、交互に撃った。折れた肋に響いたのですぐに撃つのを止めた。

 行列の一番後ろまできた。白いランサーエボリューションが止まっている。木村は運転手の男にベレッタを向けた。

「降りろ!」

 男は急いで車から降りた。

「乗れ!」

 (クワン)は急いで助席に乗り込んだ。木村は運転席に乗り込んだ。

 赤い丸サングラスの男がシグを構えて撃ってきた。

「伏低(伏せろ)!」

 (クワン)の頭をダッシュボードの下に押し込んだ。銃弾がフロントガラスを貫き、シートに当たり中の綿が飛び出した。

 左手をウィンドウの外に出し、撃った。当たろうが当たらなかろうがとにかく撃ち続けた。同時にギアをRの位置に動かし、アクセルを踏み込んだ。

 車はバックしながら逆走した。車がクラクションを鳴らしながら左右に避けていく。トップギアにして車を走らせた。

 靖国通りから外苑西通りに移り、そこから高速道路に入った。

 穴だらけになったフロントガラスに雨が降り注ぐ。ポケットに入った携帯電話が振るえた。画面には菅原の番号が表示されている。

「何だ?」

『今何処にいるのよ。これ以上雨が酷くなったら中止よ』

「分かってるよ。今……」

 左のウィンドウに穴が出来た。銃撃だ。今度は後ろのガラスに穴が六つ出来た。(クワン)が悲鳴をあげながら頭を伏せる。

「くそ!」

アクセルを今まで以上に踏み込んだ。メーターが120kの上を過ぎていく。

『ちょっと。追われてるの?』

「あぁ!」

 前の車を追い越した。サイドミラーを見た。車が二台を追ってきている。

「必ず行く。じゃあな」

『ちょっ……』

 菅原が何か話そうとしたが切った。両手でハンドルを握りしめた。

 左手でベレッタを握った。ベレッタを後ろの割れたガラスに向け、撃った。車内が光に包まれる。

 後ろを走っていた車のフロントガラスが真っ赤に染まった。急に曲がり、そのままガードレールに突き刺さる様に突っ込んだ。

 また銃撃が始まった。ガラスが穴だらけになっていく。

「バックから銃を出してくれ!」

 (クワン)はバックの手を入れ、箱型の銃を取り出した。MACM11だ。

「これでいい?」

 怯えた顔をして、差し出した。木村はそれを受け取ると(クワン)に微笑んだ。

「上出来だ」

 木村は半分無くなったバックミラーをのぞき込んだ。車は丁度斜め右を走ってるのが見える。

「合図したらここ押しながら引くんだ」

 サイドブレーキのレバーを触りながら言った。(クワン)は頷きながらサイドブレーキを握った。

 木村はバックミラーと睨むようにみていた。突然車がスピードを上げ始めた時だった。(クワン)に合図を送った。

 アスファルトを擦る音が、雨の降りしきる世界を凍てつかせた。

 スピードが一気に落ち、あっと言う間に車と並んだ。この瞬間。右手に持ったイングラムを窓の外に出し、車めがけて、一分間に千六百発の化け物が火を吹いた。

 眩しい発光。飛び散る薬莢。血の海と化す車。全てが一瞬の内の出来事だった。

 気づかなかったが、あの赤い丸サングラスの男は後部座席で顔の四カ所に穴を開けて、死んでいた。

 車のスピードを上げ、この場を去った。

 高速道路の芝浦で降りた。海岸通りを走り、ゆりかもめが走る下を潜り、静まり返った港に着いた。

 バックにイングラムを入れ、右手で持ちながら車から降りた。雨は大分小降りになっていた。どうやら無事、香港に送る事ができそうだ。

「こっちだ」

 (クワン)の手を握った。だけど解かれた。(クワン)の顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔になっていた。

「どうした?」

多謝(ありがとう)

 小さな声だったのでよく聞こえなかった。

「えっ?」

 (クワン)が胸に飛び込んできた。

多謝(ありがとう)

 涙声混じりだったが今度ははっきり聞こえた。

「唔好介意(気にするな)」

 肩をポンと叩いた。(クワン)は泣きながら顔を上げた。

「でも……行きたくない」

「俺のことは気にするな」

「あたし……あなたと一緒にいたい」

 予想外の言葉だった。頭の中でサイレンが鳴り出した。“これは破滅の道を繋げちまうぞ!”心の中で叫んでいる。それを無視した。

「どういうこと?」

 (クワン)が一層綺麗に見えた。

「あたし………あな……」

 二人がライトに照らされた。眩しくて前が見えない。

 ライトの中から一つの陰が現れた。劉偉(ラウ・ワイ)だ。

「久しぶりだな、木村」

 黒い傘を差しながら近づいてきた。とっさにベレッタを向けた。銃声。だが撃ったのは木村ではなく。劉の手下だった。

 肩を撃たれ、ベレッタを地面に落とす。左手で傷口を押さえる。痛みが波打っていた。

 ライトから陰が、一つ、二つ、三つ、と徐々に増えていった。

(クワン)さん。お迎えに参りました」

 手下が取り囲むように左右に動いた。

「私は戻らないわ!」

 (クワン)が恐怖を隠すかのように叫んだ。

「仕方ないですね」

 哀れむ様な目で見てきた。横にいた男の銃口が光った。銃弾が腹に当たり、体を貫通していった。

 地面に倒れていった。ゆっくり、スローモーションの様に。夢に出てくる女の様に。

停手呀(やめて)!撃たないで!」

 (クワン)が叫んだ。硝煙がふわふわと宙を舞っている。段々力が抜けるような感じがする。

「条件を出しましょう。あなたが戻れば木村の命は助けましょう。しかし、あなたが戻らないと言うなら今度は頭を撃ち、あなたも殺します」

 (ラウ)は淡々と話した。まるで結果を知ってるかのように。だが、結果を裏切ることはできない。

「行くんだ」

 力を振り絞って言った。もう何も言えないだろう。

 (クワン)が目を見開きながら振り向いた。その内に涙を流していた。

「唔製呀(嫌)!幾大都唔製(絶対嫌)!」

 (クワン)が寄ってきた。

「あんな奴の所に戻るくらいならあなたと死んだ方が増し!」

 段々喉の奥が熱くなってきた。

「いいんですね」

 (ラウ)の一言で周りにいた男達が銃を向けた。

 (クワン)の手を握った。(クワン)が見下ろした。木村は首を振った。

「やめろ。………命を……粗末にす……るな」

 (クワン)が握り返してきた。

「いいのよ。だって、あたし。あなたの事好きなんだもん」

 とどめをさされた。涙が流れてきた。口元が震えているが分かる。

 辺りがやけに静かだった。それを打ち破るかのように雨が強くなった。大粒の雨が顔に降り注いだ。

(ラウ)。……連れていけ。死ぬのは………俺一人で………いい」

 (クワン)の目が大きく見開いた。男が二人、(クワン)の腕を掴んで引きずる様に連れていった。その間關(クワン)は大暴れした。

「唔製呀(嫌)!離して!龍!」

 黒いベンツの中に押し込まれた。まだ涙が出ていた。しばらく止まらないだろう。

「良い選択だったな木村。それにしても両思いとはな。(ラム)さんがいたら血の海だったな」

 (ラウ)は楽しそうに話した。

(ライ)。始末しろ」

 その言葉で辺りを見渡した。入り口に車が止まっている。中に吉田が乗ってるのが見えた。ライトの中から陰が現れた。右手にトカレフを持って。

 (ウォン)が重い足取りで近づいてきた。表情は暗かった。胸に銃を向けた。

「撃て」

 小さな声で(ウォン)に言った。銃が震えていた。

「早くしろ」

 (ラウ)が追い打ちをかける様に言った。(ウォン)は涙を流していた。木村は覚悟を決め、微笑みながら目を閉じた。

對唔住(すまん)

 震える手でトリガーを引く。二発の銃声。見事に撃たれた。力がなくなる。腹を蹴られた。地獄に落ちて行く様だ。

 真っ暗な世界。動くこともなくただ落ちていく。

 “思い残す事はない。やることはやった。このまま永久に眠る事にしよう。”

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