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殺し屋と犬

十二月二十三日水曜日午前十一時四十分

 コーヒーを飲み干し、マスターの店を出た。歌舞伎町を徘徊した。街は既に二日後のクリスマスで装飾されている。至る所にクリスマスツリーや照明が取り付けられていた。

「……クリスマス」

 何となく言葉にしてみた。この日、予定では(ラム)(クワン)は結婚する。そして、決着の日でもある。

 最早善か悪なんか関係ない。木村は取り戻したい一心なのだ。いかれてると言われても良い。馬鹿だと言われても良い。只、愛する者を取り戻したいだけ。

 煙草に火をつけ、煙を吸い込む。空は真っ白な雲で一杯だった。

「号外でーす」

 眼鏡をかけた男が号外を配っている。それを貰い、開いた。見出しは“刑事課の刑事撃たれる”と書かれていた。その下に奥田の車が写っていた。フロントガラスに穴があいていた。車の周りには警察が色々と調べている。その中に佐藤の姿もあった。

 奥田は頭を撃たれ、病院に搬送されたが死亡が確認された。どうやら(ラム)組は本気で警察と戦争するみたいだ。刑事課の優秀な刑事が死んだんだ、黙ってはいないだろう。

 携帯電話が震えた。非通知と映った画面。電話に出る。

「もしもし?」

『話がある』

 野村の声。多分奥田の件だろう。

「場所は?」

『銀座通りのカフェで』

「分かった」

 電話を切り、銀座通りに向かった。

 銀座通りのカフェと言えば一つしかなかった。窓ガラスには筆記体でカフェと書かれていた。ドアを開けた。同時に上に付いた鈴が鳴る。

「いらっしゃい」

 人の良さそうな眼鏡をかけた男がそう言った。木村はカウンター席に座る。

「コーヒーを」

 男は頷いてコーヒーを作り始めた。腕時計を見る。十二時一分。コーヒーの香ばしい匂いが漂ってきた。目を閉じ、その香りを感応する。コーヒーが置かれた。一口飲む。マスターの作るコーヒーと違ってまた美味しい。

 鈴が鳴る。草臥れた灰色のコートを着た野村が入ってきた。

「いらっしゃい」

 隣に座った。

「同じのを」

「奥田は残念だった」

「あぁ。良い奴だった」

 野村は遠くを見つめながら言った。また一口飲む。

(ラム)、結婚するんだな」

「………何処でやるか知ってるのか?」

 野村の前にコーヒーが置かれた。

「なんでもホテル王道って所でやるみたいだ」

 歌舞伎町二丁目にあるホテルで一番大きなホテルと聞いている。多分、当日は貸し切りだろう。

「そこでやるのか?」

「その予定だ」

 コーヒーを飲み干す。ラークの箱を出した。

「止めとけ。組全員があのホテルに来るんだぞ?死ぬぞ」

 煙草の先端に火をつける。

「もう一度死んだ」

 先端が赤く燃え、短くなる。煙が上に上っていく。野村の携帯電話が鳴った。

「もしもし?………分かった」

 電話を切り、コートのポケットに入れた。

「女房からだ」

「払っとくよ」

 野村は頷くと店を出ていった。静まり返った店。煙が宙を漂う。

 窓ガラスを見た。人が疎らだった。その中に異様な気配を漂わせた小柄な男がいた。目が合う。死人の様な目。何を考えているか全く分からない。

 手を伸ばす。握られているのは中国五四式拳銃。体を後ろを倒す。発光。銃弾が窓を貫き、右肩に吸い込まれる。左手を腰に伸ばし、隠し持ったもう一挺のベレッタを出した。

 また銃声。ガラスが綺麗に崩れる。ベレッタを撃った。床を転がり、窓ガラスの横の壁に張り付く。

 外を見る。体を低くしている男女。あの男はいなかった。ベレッタを腰に差し込んだ。男と目が合った。

「すまない。修理代として受け取ってくれ」

 カウンターに十五万を置いた。そのまま店を出た。



「まったく。何回撃たれたら気が済むのよ」

 菅原が治療をしながらため息をついた。木村は煙草を吸いながら終わるのを待った。

「終わったわ」

 肩をポンと叩き、終わりを知らせる。テレビの画面を見た。アナウンサーが奥田の死亡を告げている。

 煙草を灰皿に擦りつける。人の死は煙草と同じで儚い。火を消せば、煙草の使い道は終わる。人も同じだ。病気や交通事故で死んでしまう。銃を使えば尚更だ。

「奥田警視正の告別式は明日になる模様です。参列者には身内の方と歌舞伎署の職員が出席するとの事です」

 奥田は警部から二階級特進で警視正になったようだ。出来れば生きてる内に警視正になればと思う。死んでからでは遅い。

 シャツに腕を通し、グラスに酒を注いだ。グラスに入った酒を一気に胃に流し込む。携帯電話が震えた。電話に出た。

「もしもし?」

『大丈夫か?』

 佐藤の落ち着いた声が耳に入る。

「こうして生きてる」

 またグラスに酒を入れる。

『それは良かった』

「あんたも捜査あるんだろ?いちいち俺の事を気にしなくていいぞ」

 今度は半分ほど飲んで残した。

『そのつもりだ。またな』

 電話が切れた。またテレビの画面を見た。さっきのカフェが映っていた。警察が立ち入り禁止と示す黄色いテープを張っていた。

 店のドアが開かれた。肌を露出し、売春婦丸だしで、背の高い女が入って来た。その後ろにあの男が。

「ほら、やっぱりいた」

 女は男に笑顔でそう言っていた。男は素早く中国五四式拳銃を構えた。それと同時にベレッタを向けた。

 女の顔は笑顔から一気に凍り付いた。菅原もARCUS94を構えていた。男は目だけを動かし菅原を見た。

「銃を下ろせ小僧」

 男の横にマスターがベネリM4を構えていた。男も流石に驚いていた。女は身動き一つしなかった。怯えているんだろう。男はゆっくり指示にしたがった。菅原が銃を取り上げた。男は後ろを向いてドアを開けた。

「等埋我呀(待てよ)」

 男の手が止まる。

「少し話そうぜ」

 ベレッタをホルスターに差し込んだ。女は男を見ていた。

「……話す事はない」

 男は低い声でそう言った。

「俺があるんだよ」

 男は振り返った。目はやはり死んでいた。

「少しだけだ」

 男は木村と十分離れてカウンター席に着いた。女は困った顔を浮かべて立っていた。

「あんたも少しだけ付き合ってくれ」

 そう言うと男の横に座った。

「マスター、何か適当に出してくれ」

「いらない」

 男が即答した。

「あ……あたし、お水下さい」

 女がそういうとすぐに水の入ったグラスを女の前に置いた。

「貴姓名(名前は)?」

李仁古(リー・ジンクー)

 (リー)はそう言いながらずっと手元を見ていた。

「奥田を殺したのはお前か?」

 (リー)は何も言わなかった。女は水を飲み干していた。

「誰に呼ばれた。(ラム)(ラウ)か?」

「俺は雇われただけだ。名前は知らない」

「じゃ、もう一度言うぞ。奥田を殺したのはお前か?」

 また無言だった。テレビ画面を見た。丁度奥田の顔が映っていた。

「あいつか?」

「………あぁ」

 女は驚きの表情に変わった。

「どういう奴か知ってるか?」

「殺す相手がどんな奴か知る必要があるか?」

「ちょっと!あんた馬鹿じゃないの!?あの人この街の刑事よ!警部なのよ!」

 (リー)は無言だったがどうやら自分の置かれた状況はやっと分かったようだ。

「………刑事だと?」

 (リー)はテレビ画面をずっと見ていた。

「あぁ。しかも二階級特進で今は警視正だ」

「……馬鹿な」

 首を横を振っていた。

「今は何ともないが直に見つかるだろう。日本の警察はそこだけは早いからな」

 目をテレビ画面から離し、木村に向けた。

「つまりはお前はあいつらに良いように使われたのさ」

 (リー)の目が一瞬獣の様な目になった。

「あんた、楽しそうだな。何がそんなに楽しい?」

「奴らを見返せるからさ」

 グラスに残った酒を飲み干す。

「要するに俺に手伝えと?」

「そいつはお前の自由だ」

 (リー)は席を立った。女も慌てて立ち上がる。菅原は(リー)に銃を返す。煙草に火をつけた。

「そいつで俺を撃つか?」

 (リー)は腰に銃を隠した。

「一つ聞きたい。何で俺にこんな事を言った?」

「俺と似てるからさ」

 (リー)はそのままドアを開けて外に出ていった。その後を女はついていった。

「良いのかあんな事言って?」

 マスターが近づいてきた。

「仲間は多い方がいいだろ?それにあんた達をこれ以上巻き込みたくない」

「もう十分巻き込んでる」

 菅原は日の丸の様なラッキーストライクの箱から煙草を一本抜いていた。

「それは謝る」

 煙草の灰を灰皿に落とす。腕時計を見た。午後二時二十九分。コートを着た。

「修理代」

 百万の束を置いた。足りるかどうかは分からないが。マスターと菅原は黙ったままだった。バックを持って店を出る。

 外は寒かった。どんよりとした空模様。煙草をくわえた。東通りから区役所通りに出た。車が絶えることなく行き来している。

 パトカーが目の前に止まった。ドアが開き、三人が降りてきた。

「木村龍。お前を殺人罪で署に連行する」

 体格の良い男がそう言った。

「断る」

 火もつけてない煙草を捨てた。

「力付くでも」

 もう一人の男が近づいてきた。瞬時にベレッタを抜いた。男に向ける。残り二人も素早くグロックを出す。

「俺に構うな」

 男を盾にした。

「銃を下ろせ」

 一人がグロックを構えたままそう言った。ゆっくり動いてパトカーに近づく。

「パトカー借りるぞ」

 ドアを開け、中に入る。男は運転席、木村は後部座席に座った。

「出せ」

 男は言われた通りパトカー動かした。二人を見ると追ってくる様子もなかった。

「何処に行けばいい」

「いいから黙って運転しろ」

 男のホルスターからグロックを抜き取った。マガジンを抜き、片手でスライドを動かし、薬室内の弾を抜き、テイクダウンピンを外して、スライドを取り外した。

「慣れてるな」

「当たり前だろ」

 バラバラにした銃を助席に投げた。

『木村。応答しろ』

 無線機から男の声が飛び出してきた。

「取れ」

 男は無線機を取り、木村に渡した。

「問題ない。パトカーも返すし、ここにいる奴も無傷で返してやる」

『そいつはありがたい』

「またな小林警部」

 無線機を男に渡した。

「そこで止めろ」

 路肩に止めた。

「じゃあな」

 ドアを開けた。ハンマーを下ろす音が聞こえた。男の手にはS&W(スミスアンドウェッソン)M19の2インチのマグナム。

「そうはいかないんだよ木村」

 どうやらこいつも(ラウ)に飼われた犬の様だ。

「ドアを閉めろ」

 ドアを閉めた。

「銃をよこせ」

 ベレッタを渡す。

「田中は甘かったよ。でも俺は容赦しないからな」

 ベレッタを助席に置いた。

「ならさっさとやれ」

「いいとも」

 トリガーに指をかけた。銃声。思わず目を瞑った。だが痛みはなかった。目を開ける。男の胸から血が流れていた。また銃声。男の体に当たり、肉片と血が飛び散る。

 ベレッタを握ってドアを開けた。悲鳴が後を絶たない。野村が立っていた。手にはS&W(スミスアンドウェッソン)M37を握っていた。

「野村さん」

 野村がようやく気がついた。

「大丈夫か?」

 野村に近づく。パトカーの中を再び見た。胸から滲み出る血、男は目を開けながら死んでいる。

「すまない木村。本当にすまない」

 野村を見るとこめかみに銃口を当てていた。

「どういう事だよ」

「俺は(ラウ)の犬だ。伊藤が死んだのも(ウォン)が死んだのも俺のせいだ」

 驚きの余りに声が出なかった。

「妻子が大事ならやれと言われた。仕方なかった。俺は最低な人間だ」

 野村は涙を流しながら訴えた。

「でも結婚の事は本当だ信じてくれ」

 黙って頷いた。

「妻子を宜しく頼む」

「待て!」

 銃声。野村のこめかみが破裂する。コンクリートに倒れていった。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。野村を見た。躊躇ったが木村は走ってその場から去った。



 煙草の先端がチリチリと音を立てながら燃えている。灰皿の中には既に五本の吸い殻が入っていた。

 コーヒーを飲み干す。“俺は(ラウ)の犬だ”と言った野村の声が頭の中で何回も聞こえる。木村は怒りと同時に深い悲しみで一杯だった。

 店内にあるテレビでも野村の事がニュースになっていた。サイレン。目の前を五台目のパトカーが通り過ぎって行った。

「……仇は取ってやる」

 誰にも聞こえない様に小声で言った。煙を吸い込み、短くなった煙草を灰皿に擦りつける。煙をゆっくり吐いた。席を立ち上がり、レジで会計を済ませ、店を出た。

 外はいつも通りの歌舞伎町に戻っていた。何人死のうがこの街は賑やかだ。それが闇の街だ。

 小さな結晶が降ってきた。雪だ。人々が気づき、はしゃいでいる。気楽なものだ。

 西武新宿通りを歩いていた。腕時計を見る。午後五時四十七分。相変わらずの人込み、交通量だ。携帯電話が震えた。画面にはお決まりの非通知。

「もしもし?」

「何があった」

 落ち着いた口調。佐藤だった。

「野村が自殺した」

 淡々と言った。

「そんな事を聞いてんじゃねぇよ!」

「見て通りだ。野村があの男を撃って、自殺した」

 向こうから火をつける音が聞こえてきた。

「あの男、杉村聡は(ラウ)の犬だった。俺達もさっき分かったところだ」

 いつもの口調に戻った。

「あんたの言う通りだ。あいつは犬だったよ。俺に銃を向けてきた。その時に野村があいつを撃ち殺した」

「それで?」

「野村は死ぬ前に自分も犬だと言った。そして妻子を頼むと言って頭を吹っ飛ばした」

「………」

 驚いているのかしばらく無言のままだった。

「他にも犬がいると思うか?」

「考えられるな。俺もあいつが何処まで足を伸ばしてるのか分からない」

「くそ」

「頼みがある」

「何だ?」

「野村さんは俺の大事な知り合いだった。奥さんと子供を保護してやってくれ」

「分かった」

 これで野村も安心だろう。

「じゃ切るぞ」

「あぁ」

 電話を切る。ふと思えば雪はいつの間にか止んでいた。

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