決裂
十一月二十四日火曜日午前九時四十四分
妙な胸騒ぎで目が覚めた。シャツは寝汗でべたべたになっている。体にくっついたシャツを脱ぎ、替えのシャツに取り替える。
ドアを開けるとマスターはテレビを見ていた。最後の一本に火をつけた。
「コーヒー飲むか?」
「貰うよ」
マスターはカウンターに向かってコーヒーカップを取り出した。
テレビを見た。セントラルロードが映っている。テロップが出ていた。“夜中の大銃撃戦”
「死者は犯人グループを含む二十三名。内市民十一名、警察官九名。怪我人は四十二名です」
アナウンサーが原稿用紙を見ながらそう言った。
コーヒーが置かれた。砂糖とミルクを入れ、混ぜた。
「嫌な世の中だ。殺しが起こらない日はこないのか」
スプーンがカップに当たる音が店内に響きわたる。コーヒーを一口飲む。
マスターはテレビを消した。ポケットの中に入った携帯電話が震えた。電話に出た。
「もしもし」
『來が危ないぞ』
野村だった。
「どういう事だ?」
コーヒーをまた一口飲んだ。
『犬探しだ』
「バレたのか?」
『何とも言えない。だが、確率的にそっちの方が上だろう』
多分、この事を予感していたのだろう。
「それで來は?」
『………おそらく劉の所に連れて行かれた』
「くそ!劉の野郎!」
『それが……指示したのは林だ。』
思わぬ一言。自分のボスであり、父親の様な存在だった林迎明が……。
「………」
言葉が出ない。
『大丈夫か?』
「あぁ」
『何か分かったらまた連絡する』
電話を切った。煙草をくわえ、一気に吸い込む。白い煙をコーヒーカップに向けて吐く。店の中は異様な静かさになっていた。
携帯電話が音を出しながら震えた。携帯電話を開き、電話に出る。
『場所は風林会館の裏にある立体駐車場だ。すぐに行った方がいい』
電話を切った。カウンターに置いたベレッタをホルスターに入れ、バックからG36Cを取り出した。弾が満タンに入ったマガジンを差し込む。ジャケットを着た。何も言わず店を出た。
G36Cをジャケットの中に入れ、見えない様にした。不自然だが、今はそんな事を言ってる場合ではない。花道通りに向かって走り出した。
花道通りを渡り、風林会館で走るのを止めた。風林会館の角から立体駐車場を見る。入り口に目つきの悪いチンピラが二人立っていた。
風林会館と隣のビルの間の隙間を半ば無理矢理入っていった。目の前に立体駐車場が現れた。立体駐車場は三階建てだ。
木村は壁を蹴り、塀を飛び越えた。入り口の男たちに気づかれない様に車の間を走り抜けた。階段を上がり、二階に着く。人の気配はない。残る三階に歩を進める。
話声が聞こえてきた。広東語だ。ストックを肩につけ、いつでも撃てる状態にした。車の影に隠れ、來を探す。
男達の前に立たされてる來を見つけた。その中に劉の姿もあった。何やら話をしている。一人の男がトカレフを出し、來に向けた。男に向け、トリガーを引いた。
男が血を出しながら倒れた。立て続けに來達に撃ち続けた。銃声が木霊する。目の前の車のボディに銃弾がめり込んだ。
走った。銃弾が飛んでくる。右肩に激痛。倒れる様に車の影に飛び込んだ。銃声は止まない。ライトが破裂する。タイヤに当たり、車体が傾く。這いずる様に移動した。
來がいた。來にG36Cとマガジンをコンクリートに滑らせた。ホルスターからベレッタを抜き出し、左手で持った。
突然、車のエンジン音が聞こえた。見ると一台のフォードの車が来た。運転席を見ると、マスターが乗っていた。助席には菅原がFNCを持っていた。
この銃はベルギーのFN社が作った銃だ。性能に問題は無いが出た時期が遅かったため、一部の軍しか採用はしなかった。今ではほとんど見ることの無くなった銃とも言える。
車が目の前に止まる。
「乗れ!」
菅原はFNCを使って援護射撃を開始した。來もG36Cを撃ちながら車に来た。乗り込むと同時に菅原も乗り、車が急発進した。銃弾がガラスを貫き、シートに当たる。マスターはハンドルを巧みに動かし、立体駐車場を出た。
車はすぐに捨てられた。木村は痛む右肩を押さえながらマスターと菅原の後についていった。來も無言のまま歩いてくる。
しばらく歩くと“スナックユイ”と映ったネオン看板の横の地下に続く階段を降りた。
明るい通路に出た。左に行くとスナックユイの店のドアがある。右にもドアがあり、行き止まりになっていた。マスターは鍵を開け、ドアを開ける。
「早く入れ」
低く短く言った。
部屋の中はシンプルだった。灰色のコンクリートの壁。天井に付けられた照明。真ん中にテーブル。囲うようにソファーが置かれている。端には小さなバーカウンターがあった。
「傷を見せて」
菅原が救急箱を持って近づいてきた。來はソファーに腰を下ろした。
コートとシャツを脱いで傷を見せる。
「弾は貫通してる」
治療が始まった。來はマスターと一緒に酒を飲んでいた。十分もしない内に治療は終わった。來が酒が入ったグラスを持ってきた。
「恩に着るよ」
グラスを受け取る。
「唔好介意(気にするな)」
一口飲む。
「それで。これからどうする?」
「しばらく間身を潜めてくれ」
「おいおい。馬鹿言うなよ。何か手伝う事あるだろ?」
とても言い難い。來の性格は知っている。簡単に諦める様な奴ではない。
「分かってくれ。巻き込んだ俺の責任だがもう誰も死なせたくない」
來の手が震えていた。無理もない。
拳が現れた。鼻が潰れた。鼻を押さえながら後ろにさがった。頬に拳が当たる。倒れ込んだ。マスターが止めに入った。
「落ち着け」
鼻血が地面に垂れる。
「俺を邪魔者扱いか。俺はあんたの為なら死んでもいい。会ったその日からそう決めていた」
「もう親友を一人失った。お前まで失いたくない。俺の気持ちも分かってくれ!」
「俺の気持ちは?人の気持ちも知らないで。俺は奴らを見返したいだ!」
來の目から涙が流れていた。マスターの腕を振り解き、部屋を出ていった。
「大丈夫か?」
鼻血を拭った。
「あぁ」
“頼むから変な事するなよ。”心の中で來にそう言った。