その九
「それは……両組とも昔から水と油じゃないですか」
「いや、麗愛会にもわれわれ真柴組に理解を示す者たちがいる。パチンコ屋の株価の操作や、貸金屋の裏操作ばかりに頼る今の麗愛会のやり方に内心不満のある者もいるらしい。勢力が落ちている今、両組を和解に向かわせる機会かもしれん」
「この街の組が全て団結するのが組長の念願でしたね」
「この街の組の始まりは、この街を守るものが集まった事だった。今もその心は受け継いでいるはずだ」
その場にいる全員が無言でうなずく。組長の心が一時暖かくなるのを感じる。御子は現実の中へと帰って行った。
そうか、真柴の元組員達は甘言にのせられて出たのではなかったのだ。あの時点で戻るに戻れない所へ追い込まれた者たちが、それでも街の未来を想い、甘言にのせられた事にして麗愛会に組していったのだ。
それなら彼らがどんな厳命を下されても辰雄を殺せる訳がない。
おそらくこうした事態も覚悟の上で、死を覚悟して今度の同盟を守ろうとしているのだ。
御子は確信した。彼らは報復など望んでいない。
組長がゆっくりと口を開く
「御子、相手の心が理解できるのは千里眼ばかりではない。お前は自分の力を過大評価している。人が人を想って出す結論は、当らずとも遠からぬことも多いのだ。昔、お前は自分の力を恐れすぎる事は無かった。もちろんそれは、無知故の事だったかもしれん。しかし、お前の真っ直ぐだった心は、お前の力の本質をとらえていた。他者への強い共感だ。共に泣き、共に笑う事を誰よりも深く行う事が出来る。これからは勇気を持って他人の心に挑んでほしい。そして、相手を全力で受け入れてほしい。お前なら出来るはずだ」
自分の千里眼のような力が無くても他者との共感は出来る。
言葉では陳腐だが、そこに組長が大きな信頼を寄せている事が御子には伝わって来た。
そして私を想ってくれる人々は、私の思いに共感している……。
この事を私に心から理解させるため、組長は私を怒らせ、自らの心を覗かせたのだ。その懐の深さに御子は感謝をした。
「解りました。まずは組員達に今度の事情を伝えましょう。全員の心情に配慮して私が一人一人に伝えます。必ず解ってもらえるはずです」
組長はほほ笑みながらうなずいた。
「それから真柴は、滞りなく麗愛会をこてつ組に譲渡させる手助けをしなくてはならない。協力してくれるな?」
組長の言葉に、御子はただうなずいて見せた。
「ねえ、今の調子だと私をフォローしてる人のタイムラインが、私のお話で一定時間、埋め尽くされちゃうんだけど」
私はさすがにそこが気になってきた。これはもう、ツイッターで書いている話の長さではない。読んでる人にもどんな迷惑がかかっているか、私には分からない。
でも途中でやめようとすると止められちゃうし、私自身も、ここまで書いたら最後まで決着をつけたい気持ちになっている。
「それなら、ブログに書いて見たら?」
「私、ブログなんて持ってないよ。やった事もないし」
「簡単だって。ブログにすれば字数制限もずっと広がるし、今までの話もまとめられる。印刷して読み返す人までいるんだから、やってみたら?」
「うーん。そういう事ならブログ、作ってみようか。このまんまじゃ人様の迷惑だわ」
こうして私はこのお話を、自分のブログに書いては、URLをリンクさせるようになった。そしてそれは、続編を書き続けている、今でも続いているのだ。
こてつ会長から許可を貰った礼似は会長の家で由美に張り付いていた。
結局勇治もおまけに付けたままで。
由美も仕方なく日課の散歩をあきらめこてつを庭で遊ばせる日々が続く。タエは上機嫌で礼似や勇治の世話を焼いてくれた。
礼似は由美が庭に出るにも神経を使ったが、由美は意に返さない。その意味は間も無く解った。
礼似達がこてつ家に来た翌日、玄関で男の悲鳴がした。何事かと礼似達が駆け付けると、腰を抜かしたセールスマン風の男が
「助けてくれ!」と叫びながら這いつくばって逃げていく。
「あら、また出たみたいね」
「そのようですねえ」と由美とタエはうなずき合う。
「いったい何があったんです?」礼似は訳が分からず尋ねた。
「この家はとても古い家で、周りからお化け屋敷って呼ばれてるの。実際家人に迷惑な来客には落ち武者の亡霊が見えるらしいわ。私も見た時はびっくりしたけど今はどんな警備会社に頼むよりも安心していられるわ」と由美は答えた。
大の男が腰を抜かすのだから相当なものだろう。しかし由美とタエはのんびりとお茶おすすっている。
ここは別次元だわ。礼似と勇治は顔を合わせてあきれ返ってしまったが、確かに家にさえいれば由美の身の安全は保障されそうである。
「それにね、私本当に危険な時は何となく解ってしまうの。理由は分らないけど昔からやたらと勘がいいのよ。主人の事は特にね。だから主人は私と一緒にいると安心するみたい」
ここにも千里眼もどきがいたのか。こんな人間がゴロゴロいていいものなのかと礼似はあきれたが、なるほど 由美が会長にとって特別な存在なのは当然なことかもしれない。
しかし閉じこもった生活も三日も経つと辛くなるもの。
「せめてこてつだけでも散歩に出してあげたいわ」由美がそう、つぶやいたのを勇治は聞きつけた。
「俺、こてつを連れてこの辺を少し回りましょうか?」
そう言う勇治自身が飽き飽きしているのは明白だった。
「外にも見張りはいるはずだし、ほんの少しなら大丈夫。軽くひとっ走りしてきます」
止める間もなく勇治はこてつを連れてさっさと駈け出してしまった。
「大丈夫かしら」そう言い終わる間もなく由美は嫌な予感に襲われる。
「礼似さん、タエさん」由美は慌てて二人の名を読ぶ。由美から話を聞かされた二人は外へ飛び出した。
礼似達が出てみるとハルオと良平が倒され、こてつがリードを引かれて連れ去られようとしていた。勇治はとっさに護身用のナイフでこてつのリードを切り裂いた。
「こてつ! 行け!」
その声に弾かれた様にこてつは由美に向かって一目散にかけて行く。ホッとした勇治のナイフが相手に奪われ、近くに止められたワゴン車に向かって勇治は引きずられていた。
「勇治! 勇治!」
タエが狂ったように叫び続けるのを聞きながら勇治は車に押し込められ、連れ去られてしまった。
礼似が駆け出し、タエが後を追おうとするとハルオが這いつくばったままタエの腕をつかんだ。
「お、追っちゃ駄目だ。れ、礼似さんに任せるんだ」
由美がタエの目を見つめて言う。
「礼似さんに任せましょう。あの二人なら大丈夫。必ず無事に戻るから」確信に満ちた目だった。
「勇治……」タエは車が走り去った後を見つめていた。
礼似はとある自動車整備工場に駆け込んだ。
「礼似さん! どうしたんです? 突然」と訊ねて来たオーナーに
「今すぐバイク貸して!」と礼似は叫んだ。
勇治を乗せて急発進したワゴン車はスピードを上げながら海へ向かっていた。勇治の隣の男が運転中の男に話しかける。
「失敗したな。こいつで人質になるか?」
「いや、こんな奴じゃ無駄だ。こてつ会長が動くわけねえ。あっちは腐るほどの組員がいるんだ。チンピラ一人じゃ犬にも劣る」
勇治はカチンと来た。
「言いたい放題言いやがって。犬にも劣るのはてめえらの方だろ」
運転役の男が「フン」と鼻を鳴らす。
「もう吠えても無駄だぜ。てめえに利用価値はねえんだ。あんな所で殺すわけにはいかなかったんでね。ここでさっさと始末するさ。死体は海に投げれば一丁上がりだ」
そう言うと仲間の男に「やれ」と命令する。仲間の手にはさっき勇治から奪ったナイフが光る。
畜生、こんな物持っていなけりゃよかった。勇治は後悔したが今更どうしようもない。
男から離れようとじりじりと後ずさったが、狭い車内ではすぐドアに行き当ってしまった。
習慣だろうか? 勇治は思わずロックを外しドアを開けたが車は猛スピードで走り続けている。
飛び降りても命はないだろうがこんな奴に刺殺されるぐらいなら一か八かに賭けてみようか。
実際そこまで考えた時間があったかどうかは解らないが勇治は飛び降りる覚悟を決めた。
その時オートバイの爆音が響きあがった。
スピードを上げて近づいたバイクがワゴン車と並走する。
「礼似さん!」
バイクには礼似が乗っていた。
「勇治! 飛べ!」礼似が叫ぶ。バイクに飛び移れということか。
ワゴン車の中の男は唖然として身動き一つしない。
このスピードで乗り移るなんて正気の沙汰とは思えない。ためらう勇治に礼似は腕を伸ばした。
こんなスピードで並走中に片手を離すなんて無謀すぎる!
勇治は何も考えずに礼似に飛びついた。礼似の手が勇治の上着をつかみ勇治も礼似にしがみつく。
勇治が無事に乗った事を確認すると
「しっかり掴まってな」と言いながらスピードを殆んど落とすことなくUターンし逆走した。
ワゴン車も慌てて方向転換し礼似達を追いかけようとしたが、その向こうに数十台のバイクの群れを目撃した。
礼似がスピードを落としてバイクの群れの手前で止まると、他のバイクも礼似達を取り囲むように止まりワゴン車を睨む。
多勢に無勢は明らか。ワゴン車は逃げるように走り去って行った。
ホッとした空気がその場に流れると皆礼似に声をかけて来た。
「お久しぶりです」
「腕は衰えてませんね」
「まるで軽業師ですねえ」
「こいつ礼似さんの若いツバメですか?」
「何かパッとしないなあ」
「いや、なかなか度胸がある」
皆、口々に勝手な事を言っているので、勇治は思わず反論した。
「俺は礼似さんのツバメじゃないぞ。そもそもこの人は俺の母親だし」
それを聞いて礼似は思わず笑いだした。
「そうだった。あんたに言い忘れてた。あれは真っ赤なウソ。あんたをかくまう理由を詮索されたくなくて、出まかせを言ったの」笑い転げる礼似に勇治は呆然とする。
「もういいわね」礼似は勇治を見ると
「じゃあ本物の母親に真実を聞きに行きましょうか」そう言ってバイクを発進させた。