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こてつ物語1  作者: 貫雪
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その四

 その時土間は、すでに辰雄派がかまえている事務所を訪れていた。辰雄と正面から向き合う。

「大事なお知らせがあります。組長が跡目を和夫さんに譲ると決めました」

 辰雄は目を丸くし、周りにいた辰雄の取り巻き達がざわざわと騒ぎ出す。

「悪い事は言いません。今すぐ組長と話し合って下さい。今ならまだ間に合うかもしれません。言っておきますけど、あの薬は和夫さんのもとへは届きませんよ。全てわかった上での事ですから」

 辰雄はガックリと肩を落とした。隣にいた男が叫んだ。

「冗談じゃねえ若は先代組長の実の息子だ。それを女組長の一存で、傍流の奴にかっさわれてたまるか!」

 他の男たちも喚き散らす。


 土間は一括した。「だまれ!」


 そしていつも着ている仲居の着物を脱ぎ棄て、肌襦袢姿になる。

 そこにはぐるりとダイナマイトが巻いてあった。

「死にたくない奴は組長の所へ行きな。組を平気で割るような奴は、ここで私と道連れさ。さあ! どうすんだい!」

 叫ぶ土間に男の一人が「女のくせに舐めやがって!」と、殴りかかろうとした。とっさに土間がかわし、手にしたライターをかざしてみせる。

「本気だよ」


「だからどうした!」

 他の男が土間の手を取ろうとしたが、土間は女とは思えない怪力で、男をねじ伏せ。蹴り倒す。他の男たちも一斉に襲いかかって来た。


 その時事務所の扉がバタンと開き、良平が現れた。電光石火。あっという間に男たちが良平に倒されてゆく。


 もちろん土間も応戦した。良平の足の効かない隙を狙おうとした者は、全て土間の怪力にねじ伏せられた。全ての男たちが倒れてしまうと、土間は辰夫に詰め寄った。

「辰雄さんに薬や金を、用意していたのは誰なんです?」

「おっ俺は分らないんだ」

 そういう辰雄の視線が、隣に延びている男に向かう。良平はその男をさらに締め上げた。

「さあ、誰なのか言え」

「れ……麗愛会の副組長だよ」それだけ言うと男は気を失ってしまった。土間は辰夫に向き直った。

「辰雄さん、私を思い出していただけませんか?」土間はいつもより低い声で話しかける。

 辰雄の目の色が変わった。これは聞き覚えのある声だ。

「……聡次郎兄ちゃん?」土間は目を細めた。

「やっと思い出していただけたんですね。そうです。子供の頃、よく遊んだ聡次郎ですよ。今はこんな姿ですから、分からなくて当然ですが、長い年月、ずっとあなたを見守らせていただいてました。お願いです。どうか組長のもとへ行ってください。辰雄さんを見守っていたのは私だけではありません。組長はあなたのために死ぬお覚悟です」

「なんだって?」

「死んでしまったらお詫びも言い訳も出来やしません」


 そう言われて、辰雄は母親の元へ向かって行った。頭の中は混乱していたが、ただ一つ。このまま母を死なせたら後悔するという事だけは、はっきりしていた。

 必死の思いで母の部屋へ駆け込むと、そこには母が、華風組の女組長が倒れていた。 その横に書きかけの手紙がある。上には「遺書」と書かれた封筒が投げだされていた。辰雄はわっと泣き出した。


「すまない、済まなかったよお袋。俺がこんな情けない息子だったばっかりに。でも俺に組長は向かないんだ。ごめんよお」

 辰雄は母にすがりついた。その横へ御子が寄り添った。

「辰雄さん安心して下さい。組長は死んでませんよ。私に宛身をされて気を失っているだけです」辰雄の涙がぴたりと止まる。

「気を……失っている?」

「そうです。間一髪で間に会いました。時期に気が付かれるでしょう。大丈夫ですよ」


 御子の言葉を聞いて辰雄がその場にへたり込んだ時、土間と良平が部屋へ入って来た。

「土間、無事だったのね。組長は大丈夫よ」御子はホッとした顔を見せた。

「ええ、でもこのままじゃ辰雄さんの身が危ないわ。この一件、麗愛会がかんでいるのよ」


「御子、あなたに聞きたい事はあるけど、今は辰雄さんを守らないと。利用価値がなくなればただの邪魔者。火種は徹底的に消す。それがあそこのやり方だから」

 土間はまだ緊張を解いていなかった。そして悲しげな視線を御子に向け、「真柴を巻き込みたくなかった」と言った。


 辰雄の事務所で起こった事は、その日のうちに麗愛会の副組長の耳に入った。知らせを聞いた副組長は細い神経質な目を一層細くした。

「あんなボンボンは最初から切るつもりだった。しかし事が表に出たのはまずいな。さっさと華風を二分しておくべきだったか」細い目に一層冷たい光が宿る。

「とにかく辰雄はすぐに処分しろ。あんな男でも華風の血をひく男だ。いつかつぎあげられるか、判らんからな。おい、和夫!」奥から華風組の和夫が出てくる。

「お前がぼやぼやしているから、こんな事になったんだぞ」

「すいません。薬を運んだ男をノシて、辰雄の事務所に警察を向かわせるつもりが、男は姿を消すわ、事務所は大立ち回りが起こるわ、予想外の事ばかりで」和夫は小さくなっている。

「いいわけはいい。辰雄の事務所に薬は置いてきたか?」

「それが例の騒ぎで近づけず……」

 和夫が言いかけたとたん、副組長の顔が歪み机をガンと蹴りたてた。

「それまで何をぐずぐずしていたんだ! 全てを辰雄の嫉妬のせいにすると言い出したのはお前だろうが! 早い所華風を吸収しねえと俺が組長にとって代わるどころか、組長とこてつ組に目を付けられる!」

 副組長のいらだちに脅えながらも和夫はいい訳を続ける。

「しかし、あの消えた薬だけでも三億はくだらない物でした。またさらに用意すると言っても時間がかかったんですよ」

「それはお前の命と華風組を道連れに出来る程度の時間だったのか?」和夫は青くなる。

「とにかく事がこれだけ大きくなれば、こてつ組も動き出すかもしれん。お前は辰雄をさっさと始末しろ。こうなったら奥の手だ。会長の女房に人質になってもらおう。何としてでも女房を連れてこい。俺の所の腕の立つ奴を連れて行け」


 そんな事が起こっているとは知らずにいる由美は、今日もこてつを連れて日課の散歩をしていた。

 由美は午後になると少し長めの散歩をするのが、習慣になっていた。そのつもりがなくても意外と遠くへ足を延ばしてしまったりして、夫によく注意されるが気に留めない。

 由美にとって夫は少し心配過剰な、古風で優しい人柄の普通の男だった。仕事で重要な地位にいるらしいが、それは由美には遠い世界で、あくまで家庭人として自分やこてつに優しい夫。それが由美の知る夫の姿で、地域一帯を占める組長などとは夢にも思っていなかった。


 夫である組長、今は会長も、妻に自分の正体を明かす気は無かった。彼にとっても家庭は本業とは別の、安らぎの世界であった。もちろん妻には自分は会社の経営者と言ってある。実際こてつ組は「kotetuコーポレーション」と言う名で会社として登録されていた。夫に特別な何かがあるらしいが、それなら自分も人とは違うとよく言われたので、由美は気にしなかった。

 その日は天気が良く、由美はついつい遠回りをしてしまった。

「そろそろ帰ろうか、こてつ」由美がこてつに話しかけたが、こてつはその場を動かなくなった。

「こてつ?」

 その時こてつが由美を引っ張るように走り始めた。その少し先の角に男達が待ち構えていた。

「ちきしょう! 追え!」男達が慌てて飛び出したが、そこに偶然勇治が居合わせてしまった。


 勇治が逃げ出そうとすると、男達も勇治に気付いた。男の一人が勇治に殴りかかった。勇治の身体が宙に浮く。他の男が勇治へ殴りかかった時男の額に小石がぶつけられた。

「誰だ!」

 男達が一斉に石の飛んできた方へ向き直る。

「大勢で一人をなぶるなんてみっともないねえ」礼似が姿を現した

「あんたらの相手はあたしだよ」礼似は男を一人すくい投げた。

 それを見た男達は一瞬ひるんだように見えたが、すぐに

「女が粋がっているんじゃねえ!」と一人が礼似に向かってくる。それをひょいと交わしながら男の足をはらい、前のめりになった男の身体の下に身をかがめると、肘をみぞおちへ突き立てた。

 男は「うっ」と小さく唸ったまま気を失う。その身体が崩れ切らないうちに礼似は先に投げた男の腹にひざ蹴りを入れる。

 他の男がその後ろに近付いた時、礼似は振り向きざまに小石を投げ、男が眼を閉じた隙に男の背後に回って後頭部を殴りつけた。


 そして近くにあった木の枝をボキリと折ると、それを木刀のようにかまえ

「骨、折られたくなけりゃ、とっとと消えな」と凄んで見せる。

 それでも男の一人が突っ込んでくると、礼似はひらりとかわして男のわき腹を太い枝でたたきつけた。

「忠告はしたのにね」

 そこへ最後の一人が駆け寄っていく。その手にキラリと光るナイフが見えた。

 勇治は「あぶない!」と叫んで男の腕につかみかかった。勇治が目に入っていなかった男は慌ててナイフを勇治に向けて降り上げようとした。

 勇治の腕がナイフで切りつけられる。その直後、枝が男の腕をしたたかに打ちつけた。ナイフが地面に落ちると同時に、背中を打たれた男は気を失ってしまった。そこへハルオが駆け付ける。

「れ、礼似さん! すんません。こ、こいつの帰りが遅いと思ったら」

「ちょうど良かった。この子を連れて行って頂戴。怪我をしたわ」礼似はそう言って自分のハンカチで勇治の傷を抑えてやった。

「意外と度胸があるじゃない。助かったわ」と笑いかける。

 その時こてつに引っ張られて由美がこちらに向かう姿が見えた。

「じゃ、頼んだわよ」そう言うと礼似は由美の方へ向かって歩いて行った。


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