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こてつ物語1  作者: 貫雪
3/13

その三

 ハルオの話によると、この店の店主の妻が難病にかかり借金をしたが、借りた相手は麗愛会の息がかかっていたらしい。

「い、異常なまでの、れ、連日の取り立てと、つ、妻の病状の悪化で、や、止むなく夜逃げしたらしいんだ。お、俺がこんなだから、れ、麗愛会の奴ら、な、なめてかかったんだ。か、かわいそうに、お、俺のせいで、て、店主を追いこんじまった」ハルオの目に後悔の念がにじむ。

「お、俺が、りょ、良平兄貴みたいだったら、う、有無を言わさず、ノ、ノシてやったのに」

「良平さんは強いんすか?」

「りょ、良平兄貴は、つ、強いさ。そ、そこらのチンピラじゃ、あ、相手になるもんか。そ、それに、ど、度胸もある」

 ハルオはつかえながらも、良平の武勇伝を自慢げに語った。腕っ節がいい事、賭博のインチキは一発で見抜くこと、それがもとで十人以上のチンピラに囲まれても、あっという間に倒して今も語り草になっている事。ついには組員を麗愛会にごっそり引き抜かれた時、たった一人で乗り込んで片足を銃で撃ち抜かれながらも、組長ののど元にドスをあて、真柴組に手を出させなかった事。

「そ、それに比べりゃ、お、俺なんて、た、たこやきや一つ守れや、し、しなかった。や、やぱり男は、う、腕っ節だなあ」ハルオは小さくため息をついた。

「……お二人は真柴組の方だったんすか」

 勇治は何となく合点がいった。真柴組がどんな組かは勇治も漏れ聞いてはいた。


 真柴組のうわさはけして勇治の心を躍らせるものではなかった。

 地味で気の弱そうな者達の集りで、台所事情が悪く、真柴の組長のお情けにすがった者の集りのように言われていたからだ。どの道勇治は金のなさそうな真柴組に興味は無かったのだが。

「そ、そうさ、お、俺は真柴の組員さ。い、今じゃそれしか、ほ、誇れるものなんかありゃしねえ」

「誇りっすか。うらやましいな」勇治はぽつりと言った。

「お、おめえには、ほ、誇れるものが、な、ないのか?」ハルオの問いに勇治は黙って首を振った。

「そんなもんで腹が膨れるわけじゃないっすからね。俺は金が欲しかったんすよ。俺には妹がいるんでね」

「い、妹さんかい。そ、そりゃ可愛いだろ」

 勇治は天を仰いだ。

「どうかなあ? 血のつながらない、入院ばかりのあまり顔も合わせない妹さ。あっちにして見りゃ、俺みたいなのが兄貴だなんていい迷惑だ。そいつが病弱でね、親父も俺にとっちゃ育ての母親も、必死に働いてそいつの治療費を稼いでるのさ。俺がこの世で尊敬できる奴がいるとすれば、その母親さ。妹の事で手いっぱいのはずなのに、俺にも優しくしてくれたんだ」

 母親の話が出てきて、ハルオは少し戸惑った。勇治にとっては育ての母への思いが強いようだ。礼似さんがもし名乗りを上げても、勇治の心が向くには難しいかもしれない。だからそっと見守る事にしているのだろう。ハルオは一人で納得していた。勇治は話を続ける。

「親父でさえも、病気持ちの妹に気を取られがちだったのに、母さんは俺によくしてくれたよ。正直妹のためより、母さんを楽にしてやりたいと思ってたんだ。……なのに苦労がたたったのか、母さんの方が死んじまった。俺、母親に縁がないんだ。だけど母さんが最後に俺に頼んだんだ。妹を頼むって。だからあいつの病気を何としても直したいんだ。どうしても金が欲しかったんだ」

「じ、実のおっかさんに、あ、会いたくないのか?」ハルオが探りを入れたが、

「母さんは一人で十分だよ」と勇治は答えた。


 たこ焼き屋での日々が続くうち、勇治はこの店に毎日欠かさずやってくる女性客の事に気がついた。

 いつも店が一番空いている頃に現れて、少し落ち着きのない態度を見せる。時折、品の良い女性と来ることもあるが、たいてい一人で来ることが多い。

 年は多分三十代か? どうやらそのの女性の家の住み込み家政婦らしいが、二人の会話では長年一人身で女性の家につかえているようだ。

 この客はいそいそと買い物に来るのに、ハルオや自分から視線をそらし、そのくせ立ち去り難そうに、いつまでも店を見つめて帰らない。勇治は考えた。

 もしかしたらあの客は、ハルオに気があるんじゃないだろうか? たこ焼きを買いに来る時は生き生きと目を輝かせてくるし、帰りは未練ありげに店の方を眺めている。気弱そうなハルオは年上女性には可愛らしく映るのかもしれない。それをハルオに話してみたが、

「バ、バカな事言うんじゃない」と、顔を真っ赤にして否定したまま、まるで取り合わなかった。

「まあ、俺には関係ないか」と勇治もさほど気に留めなくなっていた。この客こそ、自分の母、タエだとはこの時の勇治には思ってもみない事だった。


 その頃御子は、昔暮らした神社の境内にいた。手には土間が愛用しているペンが握られている。

「ごめんね土間」御子はそうつぶやくと、ペンに意識を集中させた。

 土間が最近目にしたであろう出来事が、目に浮かんできた。華風組の女組長と対峙しているらしい。


 御子が力を使うのに、まず土間を選んだのは、こてつが薬をくわえて来た時、土間が微かに動揺したのを感じ取ったからである。それが何かは分らなくても、彼女には思い当たる節があったに違いなかった。とにかくそれを確認したかったのだ。

 土間は自分が立ち聞きしていた内容を、全て組長に話して聞かせた。その心が情けなさでいっぱいになってゆくのを御子は感じていた。話し終えると土間は自らの感情を抑え込みながら、既に解りかけている返事を組長に促すかのように問いかけた。

「辰雄さんは明らかに組を裏切ることをするつもりです。どう処分しましょう?」

 組長は一瞬ためらいの表情を見せたが、出てきた言葉は冷徹だった。

「辰雄を組から追い出しましょう。この家はもちろん、この街にも居られないようにしなさい」

 思った通りの返事だった。


 辰雄が家から出されるのはこれが初めての事ではない。甘ったれでプライドの高い辰雄に身の程を知らせようと、これまでも幾度か組の外へと出した事があった。

 しかし辰雄の威を借りる者や、面倒事を嫌う者たちによって、結局はまた組に戻しては厄介払いが出来たと胸をなでおろされて、後はうやむやにされてしまうのだ。


 そんな扱われ方に辰雄は一層反発して、亡き父親や、組への恨みにつながっていった。

 幼い頃辰雄を組の事で手いっぱいだった両親に変わり、わが子のように面倒を見ていた土間には辰雄を何とかしたい気持ちが強かったが、今回とうとう組にあだ成す結果となってしまった。


「組長、辰雄さんに薬を用意する金も才覚もあるとは思えません。辰雄さんが誰かに利用されているのは明らかです。この街から出したからと言って、解決できるとは思えないんですが」

 と言う土間の問いに、組長は

「それは分っています。この街を追い出すというのは、この街の人間で辰雄にかかわった者は全て命がない物と思え、と言う事です。この事はこてつ組にも知らせましょう。お前は辰雄を操る人間が今度は辰夫の命を狙う事を恐れているのでしょう? 組に見放されれば、あの子はただの世間知らず……でもこれでいいのです。あの子に少しでも知恵があるなら、命懸けになれば生き延びる事もあるかもしれません。どの道このままではこの華風の示しがつきません」


 土間は組長の言い分を頭で理解しながらも、心で不審に思っていた。組長として言っている事は分る。しかし仮にも自分の息子に、まるで死刑宣告のような事が出来るのであろうか? 組長は話し続ける。

「それから、私は組長を降ります。あとめは和夫に継がせましょう。本来もっと早くそうするべきでした。この落し前は私が着けるしかないのです。どちらさんにも迷惑はかけられません。母親として最後の務めです」

 土間も、その心を覗く御子にも、この言い回しはひっかかった。

 その瞬間土間の心に燃え上がるような物がたぎっっていくのを御子は感じ取った。


「組長、まさかご自分の命を引き換えに、けじめをつけるおつもりじゃないでしょうね」

 土間が思わず詰問するような、声色を出した。

「私の知らせがもとで、組長や辰雄さんの命に何かあったとなれば、この土間、一生の不覚です。辰雄さんは今すぐ私が何とかします。辰雄派の連中には四の五の言わせません。組を二分するような真似はしませんから、決して早まった真似、しないでください」

 そういうと土間は部屋を飛び出した。御子は土間の心に並々ならぬ覚悟が広がるのを感じた。(辰雄派を道ずれにして、私が死のう)土間の心がそう叫んでいた。

 大変だ、土間を助けなければ。御子は慌てて携帯電話を開けた。間に合うのだろうか?

「もしもし、良平? すぐに華風組に向かってほしいの! 私もすぐに向かうから……」そういいながら御子はすでに駈け出していた。


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