表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こてつ物語1  作者: 貫雪
12/13

その十二

 翌日、こてつ組が経営するビルの一角に設けられた解散、譲渡式の会場にはこてつ組の主だった幹部と、昨日自首をした者以外の麗愛会組員が全て集まっていた。もっとも会場の案内には「kotetuコーポレーションによる、子会社麗愛興業吸収合併式典」という建前にはなっていたが。

 列席者が落ち着いたころを見計らって、こてつ会長が姿を現した。あとに続いて麗愛会の組長が会場に入ってくる。やつれも見せず、しっかりとした足取りである。そしてさっそく口を開いた。

「今日は皆さんにお集まりいただき、ありがとうございます。皆さんにご通達申し上げた通り、本日をもちまして我が麗愛会は解さ……」

 組長がここまでいいかけた時、会場後方の出入り口から、大きな声がした。

「ちきしょう! そうはさせるか!」


 そこには副組長がいた。一晩中さまよって歩いたのだろうか?服装はしわでだらしなく着崩れ、乱れた髪は汗でべっとりとしている。ただ、その目だけは異常なまでにギラついて狂気を蓄えていた。そしてその手にはドスが握られ、彼の荒い呼吸だけが静まり返った会場内に響き渡っていた。

 突然彼は走りだした。その手に握られたドスを組長に向けるようにして一直線に駆け出した。


 パーン。


 会場内に乾いた発砲音が鳴り響く。副組長の手からドスが弾き飛ばされた。音の方向に目を移すとそこには猟銃をかまえたこてつ会長が立っていた。

「くそ!」

 副組長がドスを拾おうと身をかがめかけるがすぐさまパーンと発砲音がして、足元の床に被弾する。

「動くな。おぬしのために当らないように打ってやっているのだ」

 しかし副組長はさらにドスへと手を伸ばそうとする。会長はさらに二発の銃弾を足元に浴びせ、副組長は全く動けなくなってしまった。

「俺の組なら……俺ならこてつ組をしのぐほどの組にまで押し上げる事が出来たのに!」副組長が叫ぶ。

「おぬしは目は節穴か? 周りを見てみろ」こてつ会長が組長の方へ首を振って見せる。


 そこには組長を守らんがためにぐるりと身を張って取り囲む麗愛会の組員達の姿があった。その目は副組長への冷たい視線であふれている。

「ここにおぬしの味方はいないのだ。誰一人な」

 副組長はガックリとひざをついた。そのまま首をうなだれる。

「二人とも入りなさい」こてつ会長に促されて二人の人物が会場に現れた。副組長の前で立ち止まる。


 そこにはタエと勇治がいた。タエは青ざめた顔で副組長を見降ろした。

「お前……タエか?」視線に気づいた副組長がタエに問いかけると、タエは黙ってうなずいた。

「お久しぶりね。ここにいるのはあの頃私が抱いていた赤ん坊だった私の息子、勇治です。あなたのために人生を狂わされた子よ」タエは厳しい視線を副組長に落し続ける。

 そして勇治は副組長に一歩近づくといきなり右の頬を殴りつけた。

「これは父さんの分」

 続いて左の頬を殴る。

「これは俺の分」

 そしてまた右頬を殴りつけた。

「これは……ここにいる、母さんの分だ」

 副組長は気を失った。勇治の両頬は涙で濡れている。

「これで終わったよ、母さん」

 そう言う勇治をタエは黙って抱きしめてやった。タエの頬にも涙が流れ落ちる。

 ふと、勇治は礼似の視線が自分に注がれている事に気が付いた。

「嫌だな。こんな顔は見ないでくださいよ」勇治が照れたように笑う。

「何言ってるの。涙の一つも流さないで一人前の男になれるわけ無いでしょう? さあ、タエさんを連れて早く帰りなさい」礼似が言ってやる。

「帰るって……?」

「あんたが帰る家は一つしかないでしょう? 一時帰宅してる良子ちゃんが首を長くして待ってるわ」

「でも、私は……」タエがためらいの声を上げる。

「タエさん、あなたも一度家族と話し合う必要があるわ。勇治に打ち明けた時の勇気があれば大丈夫。夫婦としてはともかく、二人とも勇治の親なんだから」

 タエは勇治の顔を見て、小さくうなずくと、二人揃って会場を後にした。


「どうです、これが今の礼似……麗愛会の組員の姿ですよ。あなたが築いたものは決して小さくはありません。これからは責任を持って、彼らを預かりましょう」こてつ会長が組長に話しかけた。

 組長に言葉はなかった。ただ、組員を見つめるその目にはうっすらと光るものがあった。


 会長の猟銃に目をとめた礼似は尊敬のまなざしを向けた。

「それにしても、素晴らしい銃の腕前ですね」

「これでも若い時から猟友会の会員でね。今では熊でも急所を一発で仕留められるのだよ。うちにある大量のはく製は玄関のシカの首を含めて全て私が仕留めた記念品だ。余計な傷が無い分価値は高いぞ。なんなら礼似、お前に一体やろうか?」

 礼似はひきつる頬を隠しながら、丁重にお断りした。


 その後、式典は滞りなく行われ、麗愛会は無事に解散し、組員はこてつ組に譲渡されたのである。


 あれから数日後、華風組は新組長を迎える事になり、襲名披露のためにこてつ、真柴、その他に近郊の街の各組長や幹部を集めた儀式を行うこととなった。今度の騒ぎで女組長がこのまま続けるのではないかという思惑も飛び交っていたが、結局は次の代へと受け継ぐ事になったらしい。


 この席に何故か御子と礼似も呼ばれていた。二人は地味なスーツ姿で一番末席に座らされていた。

(なんで私達がここに呼ばれているのよ?)御子が礼似に目で語った。

(私だって知らないわよ)礼似も無言で答える。二人ともけして無名ではないが幹部やそれに続くような立場ではない。その場にいるそうそうたる幹部らに囲まれて、二人は居心地の悪さに辟易しながら座っていた。


 最後に辰雄と女組長が着席すると、秘かに落胆のため息などが聞こえる。いくら辰雄が心を入れ替えたとはいえ、彼にはまだまだ信用が足りなかった。まして分裂しかけた組を立て直し、一致団結を計る中心的な人物を必要としているこの時に、何故女組長は代替わりなど考えるのかと誰もがいぶかっていたのだ。

 さっそく女組長があいさつを始めた。

「皆さん、本日は華風組の新組長襲名披露の席に足を運んで頂き、ありがとうございます。お恥ずかしながら先日、この組の身内による争いのために組が二分されるような危機があった事は皆さんご承知の事と思います。それゆえにこれからのこの組の事を想い、わたくしは組長の座を降りることとしました」

 女組長は隣に座る辰雄を見た。

「これからは一人の母親として、この不肖の息子を支えてやりたいと思います」

 この言葉に皆、落胆の色を隠さなかった。やはり跡目は辰雄が継ぐのか。華風組はそれでやっていけるのだろうかと、不安げな目の色で二人を見つめた。

「そこで、これから華風組を、この、新組長に託したく存じます。……お入りなさい」

 そう言われて部屋の中に姿を現したのは…… 


 土間であった。


 御子と礼似は呆然とした。部屋中にざわめきが広がっていく。

 真っ青な原色に色とりどりの大きな牡丹のあしらわれた着物に身を包んだ土間が、席を空けた女組長に変わって着席した。続いて女組長が説明をする。

「この土間富士子は今でこそこの姿ですが、元は亡き組長の妹、華風富士子の夫、聡次郎でございます」

「聡次郎? あの、血祭り聡次郎か」

「生かさず殺さずで、相手を斬りつけ、着ながしが常に血で赤く染まったという……」

「突然姿を消して久しいが……まさかこんな姿になっていたとは」

 幹部達が口々に騒ぐ中、土間は口上を述べた。

「只今ご紹介にあずかりました、華風聡次郎、あらため、土間富士子でございます。妻、富士子亡き後、思う所あって女に姿を変え、華風の名を名乗る事を控えてまいりましたが、このたび女組長のたっての願いとあって、華風組の組長を襲名させていただくこととなりました。以後、よろしくお頼み申し上げます」

 続けて女組長が付け加える。

「和夫が傍流なら、土間はさらに傍流。しかし私はこの組を今支えてくれるのは、この土間以外にいないと確信しております。彼……いえ、彼女の過去を知る方なら実力はご承知のはず。わたくしからも皆さんにお願い申し上げます。この土間を華風組の新組長として、華風組共々よろしくお願い致します」


 この説明に一同はしっかりとうなずいた。そして跡目襲名の儀式は着々と進み、各組組長や、御子、礼似の見守る中、土間は華風組の組長になった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ