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こてつ物語1  作者: 貫雪
10/13

その十

 こてつ家ではタエが身の縮む思いで待っていた。礼似はタエに

「もうすべて話すしかないわよ」と言ってやった。

 タエは覚悟を決めた顔で勇治と向き合った。

「解りました。お話します」



 タエの話は長かった。


 私が勇治を生んだのは十八の時。父親は二十歳でした。若い親と侮られたくなくて夫はいくつもの仕事を掛け持ちし、私は不慣れな子育てをしていました。

 一人取り残される時間が増えるにつれ私は孤独に落ちて行きました。甘い言葉をかける悪い男に引っ掛かった揚句何千万も借金させられ、私は途方にくれました。

 勇治と心中も考えましたがこの子を殺すぐらいならと一人で姿を消すことにしました。

 借金の名義を出来るだけ自分に書き換えて私は家族を捨てこの街から出て行きました。しばらくお金を送り続けましたが夫が再婚したのを知りそれも止めました。

 私は各地を転々としていましたが新聞の難病患者の特集で勇治の妹が難しい病気だと知りこの街へ戻ってきました。勇治は口にしませんがこういう家族は病気の子に意識が向かいがちで勇治は孤独感を感じているようでした。

 私は昔の自分を思い出して嫌な予感に駆られましたが、案の定、華風組が勇治に近寄っているのを知ってしまいました。あとは皆さんご存じのとおりです。

 唯一意外だったのは勇治が礼似さんにのぼせあがった事。少なくとも私より人を見る目はあったみたいです。

 私、身入りのいい仕事を求めて訳ありの家、専門で家政婦をして来たので人を見る目だけはは養われたんです。礼似さんは任せて安心できる人だと一目で解りました。やっぱり見込んだ通りの人でした。

勇治の命を助けて下さって本当にありがとう。


 タエは礼似に頭を下げた。そして勇治に向き直り

「私はあなたの命を奪おうとし、あなたを捨て、あなたの人生を目茶目茶にした女です。一時憎んでも、どうか私の事は忘れて下さい。」


 頭を下げるタエに勇治は背を向けたまま言った。

「俺の人生は俺が決めて来た。別にあんたのせいじゃない。俺に母さんは一人いれば十分だ。ただ俺の心配をしてくれる人間がこの世に一人でも多くいる事には……感謝してるよ」


 勇治の背中にタエは頭を下げたまま「ありがとう」といった。


 勇治は背を向けたまま答えようとはしなかったがその場の暖かい空気を誰もが感じ取っていた。

「礼似さん」勇治が礼似に向き合った。

「俺、あんたに今まで以上に憧れてます。惚れ込んでるって言ってもいい。……ただ、この間のような気持じゃ無くて」

「解ってるわよ」礼似が言葉をひったくる。

「私の気風に惚れ込んでくれたんでしょ? その方がずっと嬉しいわ。ただ、私みたいなのと一緒にいたら命がいくつあっても足りないでしょうね」そう言ってにっこり笑って見せた。


 そこにハルオが口を挟んできた。

「タ、タエさんを、だ、騙した性悪男は、い、今どうしてるんでしょうね」完全に怒り口調だ。

「それなら知ってますよ」

 タエの言葉に皆「え?」という顔をした。

「だってその男は、今は麗愛会の副組長をやっているんですもの」

 それを聞いて、誰もが思わず目を丸くしていた。



 その副組長は大いにあせっていた。

 麗愛会を乗っ取り、こてつ組を脅かすどころか、自分がよりどころとしていた麗愛会が解散するというのだ。

 しかもそれは組長の独り決めによるものらしい。次々と事が運ばなくなった所を見ると、自分の狙いは組長やこてつ会長側にバレてしまっているのだろう。かなりヤバい橋も渡ってきた以上、ここで負けるわけにはいかなかった。

 そこへ手下の一人が情報を持ってきた。

「副組長、どうやら組長は極秘入院しているらしいです。解散、譲渡式には一時退院で出席するらしいです」

「本当か? それは」

「間違いありません」

 まだ運は尽きていないようだ。副組長は気を取り直して言った。

「それは好都合だ。何としても組長を式に出させるな。式場に向かう事が出来なければどうにもならんはずだ。今すぐ人を集めろ。何としても解散を阻止するんだ。一時退院はいつなんだ?」

「明日です。式の前日です」

「よし、急いで手配するんだ」

 副組長はほくそえんだ。(今に見てろよ)


 あせっている男はもう一人いた。和夫である。華風組での自分の立場は風前の灯だ。

 和夫の有能さの陰には麗愛会副組長からの資金提供があった。金回しと立ち回りのうまさが和夫の立場を支えていた。つまり、そこが断たれれば辰雄と比べられていた時はともかく、人望など無いに等しい。

 副組長も麗愛会が無くなる以上失態続きの自分を見逃すとは思えない。わが身を守るためにも求心力が必要だ。

 それでも華風組は古風な組員が多いから縁のない人間をいきなり組長にはできないはず。辰雄さえいなければ自分にも巻き返すチャンスはある。



 和夫は死に物狂いで辰雄の行方を捜した。そしてついに「クラブ・ドマンナ」に押し入った。


「土間、辰雄がここにいるのは分ってるんだ。店が大事ならとっとと辰雄を渡せ」

 後ろには屈強そうな男達が身構えている。

「あんたらなんかにこの店をどうこう出来るもんか。早く帰った方が身のためだよ」と土間は笑ったが


「お前らが用があるのは俺だけだろう、店の人間に指一本触れてみろ。ただじゃおかない」

 と言いながら奥から辰雄が出て来た。

 これがあの辰雄かと土間は一瞬感慨にふける。

「辰雄、あんたが出てくる必要はないよ」と言う土間に

「そっちが必要無くても俺には辰雄が邪魔なんだよ」

 和夫が言い終わらない内に男の一人が辰雄にナイフで襲いかかった。

 土間は素早くその手をつかみねじあげる。

 他の男達も踊り子たちに一斉に襲いかかるが見た目はともかく、毎日鍛え上げられた身体を持つ元、男の踊り子たちは想像以上に強かった。

 俊敏な身のこなしで身をかわしたかと思えば、相当な腕力で相手をねじ伏せて行く。辰雄が呆然とする間に和夫らは全員土間達に抑え込まれてしまった。


 すると店の中に大勢の警官達が入って来た。土間が警官に声をかける。

「ご苦労様です。よろしくお願いします」そして和夫に向かって言った。

「あんた達はね、薬物取締法違反の容疑が掛かってるんだって。たたけばもっと埃が出そうな身の上だと思うけどね。しばらく刑務所でゆっくりしてらっしゃい」

 すると踊り子の一人がふざけて和夫のズボンを下げた。

「あたしらに掘られたくなけりゃ、二度とここに来るんじゃないわよ!」

 と言って和夫の尻を蹴飛ばすと、けらけらと笑いだす。

「さあ、クラブ・ドマンナ開店するわよ!」

 土間が高らかに宣言した。



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