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こてつ物語1  作者: 貫雪
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その一

 作者がツイッターを始めたのは、あと少しで四月を迎えようとしている頃だった。

 始めてからひと月もたつと、ただのつぶやきが、だんだんフォロアーとの会話へと変化してゆき、ついには、まるで井戸端会議の場所のようになっていた。

 ゴールデンウイーク直前のその日も、作者はいつものようにパソコンによるツイッター上でのお喋りを楽しんでいた。

「ねえ、由美の家って、面白いものがいっぱいあるんだって?大きな置物や、変わったもの。特に驚いたのがなんだと思う?」

 ツイッターの画面に、いつものたわいないおしゃべりが書き込まれる。


「何々? 由美のところは旦那さんが独特の趣味、持ってるからねー」

「それがね、本物の、鎧かぶとがあるんですって。特注品の」

「ええ? 五月の節句用の飾りものじゃなくって? それ、すごいわねー」

「あ、私、模造刀も飾ってあるって聞いた」

「うっわー。まるで武士の家みたいじゃない!」

 当の由美が嫌がるにもかかわらず、その手の飾りものは増える一方らしい。

「ねえ。これはまるで男の世界と言うのを突きぬけてるよね」

「うん。まるで任侠道の世界」

 皆、人の家の事だと思って、面白がって言いたい放題になってきた。


「きっと家には時折、ブラックスーツにサングラスで身を固めた男達が、たまに出入りしてるのよ」

「うん、うん。ありそう」

「巨大なクマのぬいぐるみを由美にお土産に持ってきて、実は中には……」

「あ! きっと、金の延べ棒だ!」

「わー、それっぽい! で、悪代官みたいな顔した政治家あたりが、今度の選挙は私にぜひ……とか言ってたりして」


 そのうち、空想が具体性まで帯びて来た。

「夜な夜な料亭みたいなとこで、怪しい取引とか、したりして」

「こてつ組の組長さんにはいつもお世話になってます。とか、言ったりして」

「こてつ組? なんで?」

「由美、こてつっていう柴犬を飼ってるじゃない。だからこてつ組」

「で、旦那さんはこてつ組の組長さんか。でも由美はそれに気付いていない……」

「あー、由美ならありうる! でね、私達はドマ、レニ、ミコのドレミ三婆って呼ばれる仲居なの。延べ棒入りのぬいぐるみは、料亭で受け渡しされていて、私達は延べ棒を取り出して中に綿を詰め直す」

「で、三人がかりで縫い閉じるの? すっごーい!」

「そうそう。で、金はジェラルミンケースに入れられて、いずこかへ持ち去られ、何食わぬ顔でぬいぐるみを組長が持ち帰る。それを何も知らない由美が自宅で受け取る」

「今もそのぬいぐるみが、由美の家にあるって訳ね。ねえ、yukiちゃん。これでお話書けない? 絶好のネタよ」

「うーん。そうねえ。ちょっと書いて見ようか……」

 こんな、冗談半分なやり取りから、この話は生まれ出す事になったのだ。本当に、ちょっとずつ。



 ド・レ・ミ三婆はただの仲居ではなく、各組の組長による極秘女スパイだった。こてつ組会長就任によって、不利益を伴う他の組織の動きを監視し、会長の泣き所である、由美と愛犬こてつを身の危険から守るため、ツイッターを通して、由美との接触を計っていた。


 ドレミ三婆は、料亭の庭で、掃除をしながら、ひっそりと話し合っていた。

「なにか、おかしくない?」


 金塊はいつも通り、裏取引に定評のある、とある、ルートによって現金化した。ぬいぐるみも、完璧に縫い閉じた。しかし、長年の勘が、彼女たちに、何かが起りかけている事を教えていた。


 その頃、会長の家にあったはずの巨大なぬいぐるみは、とある廃墟に持ち込まれていた。ガラの悪い男が、重そうにはこんでいる。


「金塊を運んだこいつで今度はヤクをか……しかし少し重すぎないか?」その時ぬいぐるみから一匹の犬が飛び出してきた! その犬は、白い粉の入った袋を加えたまま、走り去ってゆく。男が必死に追いかけるが、人の足がかなうはずもなく、その場にしゃがみこんだ。

 

 犬は料亭の庭へと駆け込んだ。三人は気づいた。あれは、ツイッターに写真が載せられていた「こてつ」ではないのか? 朗らかな笑顔を見せる犬に、三人は確証した。


「これは……」土間ドマが、袋を手に取った。

「こてつ組に何か重大な事が、起こったんだわ。」土間が小声で行った。

「なにか、裏切りの匂いがするわ」三人は黙ってうなずき合うと、料亭の中へと姿を消した。


 一方由美はこてつの姿が見えなくなった事に気をもんでいた。

「ああ、私が寝込んでいるうちに、こてつが居なくなるなんて。こてつに万が一の事があったら……」

「大丈夫ですよ。こてつは必ず戻ってきます。利口な子ですから」


 タエが優しくとりなした所へ呼び鈴が鳴った。タエが玄関へと急ぐ。しばらくすると「奥様! こてつが、こてつが戻ってきました!」と、タエの叫び声がした。こてつは由美のもとへと駆け寄り、腕の中に飛び込んだ。そして、玄関には一人の女性が立っていた。


「よかったわ。飼い主さんのもとに帰れて。」女性はにこやかに話した。

「あなたがこてつを保護して下さったんですか?」

「そんな大げさな事じゃありませんよ。私の勤める店の庭にこの子が迷い込んだんです。この子、自分でここまで帰って来たんですよ。お利口ですね」


 女性は礼似レニであった。迷子の犬を届けに来た、通りすがりを装いながら、由美の表情をうかがった。

「ありがとうございます。普段はとてもおとなしい子なんですが、私がかまってあげられなかったのですねてしまって。とにかく上がって下さいな、タエさん、お茶を」

「いえ、お構いなく。私は仕事中ですので」礼似は由美の言葉をさえぎった。自分があまり由美に近づき過ぎては、危険だ。


「その代わり、時々このワンちゃんに会いに来てもいいかしら?」

「ええ、それは勿論。いつでも歓迎しますわ」由美はにこやかに言った。


 その頃、御子ミコは、こてつが運んできた袋を、自分の組の組長に見せていた所だった。

「どう、思われますか?」

「わしとこてつ組の会長とは長い付き合いだ。今度の就任と、我々のこてつ組への傘下入りも、あの男だから合意したのだ。決してこのようなもので、我々を危険にさらすような男ではない」


「ではやはり……」御子は緊張した。

「こてつ組の中に裏切り者が居るのであろう。けっして、彼の細君に手を出させてはならん。愛犬にもだ」


 一方土間は、PCの前に居た。たった今、由美とのツイッターでの会話を終えた所だった。礼似が無事にこてつのもとへ通えるようになった事を確認すると、とある部屋の前でドアに聞き耳を立てていた。罪悪感が土間の心を襲う。


 そこは自分の組の組長の息子の辰雄の部屋だった。この組は実は分裂の危機に立たされていた。若いころから問題の多い辰雄と、有能で有名ないとこの和夫。現在は亡き前組長の妻が、暫定的に組を納めている状態だった。今度のこてつ組傘下入りは、夫の遺志をついでの決定だった。


 土間はそっと壁に耳を当て、中から漏れ聞こえる声を聞きとった。

「……これで、こてつ組の信用はがた落ちだな。後はあの政治家が旨い事警察を炊きつけるだろう。おふくろと和夫の面目もつぶれて一石二鳥だ。」辰雄の低からぬ声が聞こえてくる。


「大体あの組は今時古臭い。武家の出だか何だか知らないが、政治家の爺なんかあてになるかよ。これからは経済の時代さ。人なんて信用したら馬鹿を見る。……あの使いっぱしりは大丈夫か?」

「すいません。金で動かせる奴じゃ、あんなのしかいませんで」


「まあいい。用はこてつ組から和夫にまずい品が取引された事になればいいのさ。これでほかの連中もこの華風組の後継ぎは直系の俺がふさわしかったと思いなおすだろうよ。俺をコケにして来た奴らは後悔するぜ。」

「若、声が……もう少し低く」


 土間はその場からそっと離れた。この組に長くいる土間にとって、辰雄は息子のような存在であったが、ここに至っては心を鬼にするしかない。土間は悲しい決意を胸に、華風組女組長のもとへと向かった。


 その頃こてつは弁当袋を加えて庭の垣根の隙間に首を突っ込んでいた。そこにはあの、ぬいぐるみを運んでいた男が首をうなだれ、しゃがみこんでいた。

「おまえ、また来てくれたのか」こてつに気付いた男が首を上げてつぶやいた。


「最初は馬鹿にされてると思ったよ辰雄さんの所にはもう戻れねえし、行き場がなくて結局この辺をうろうろ。腹を減らした俺に弁当を運んでくれる。どうなってるんだ? しかも、この弁当の味、やたらと懐かしい味がするんだよな」


 こてつはじっと男が弁当を平らげるのを見ていた。その姿を礼似がが隠れ、見つめていた。

「ありがとな。作った人に礼を言ってくれ……あ、お前は話せないか」男は笑ってこてつが庭の奥に去るのを見送る。


 礼似はこてつの後を追った。

 その先に居たのは家政婦のタエであった。こてつから袋を受け取り、頭をなでる。

「タエさん」

 礼似の声にぎくりとしたタエが振り向いた。


「あなたは……やっぱり只者ではなかったのね」タエは肩を落として言った。

「ええ、私はこてつ組傘下、麗愛会の者よ。あの男は何者なの?」

「あれは……昔捨てた私の息子です」

「息子さん?」


「くだらない恋のために、私はあの子を捨てました。顔を見せる事なんてできません。それでもあの子がこてつ組にご迷惑をかけるのを黙って見ている事は出来ませんでした。あの子は出入りの宅配業者として、あのぬいぐるみにクスリを詰めて、華風さんに渡すよう、ことづかっていたんです。華風組の男が、あの子に持ちかけるのを私、聞いてしまったんです。初めは自分でクスリを旦那様にお見せするつもりが、あの子が旦那様の手にかかる事にでもなったらと思うと……」タエの目から涙がこぼれる。


「あなたがこてつ君をぬいぐるみに入れたんですね?」礼似の問いにタエはうなずいた。

「なぜ、私の事に気づいたんです?」

「あなた、この間ぬいぐるみの中身のわたを、衣類に隠して捨てたでしょう? ああいう隠し方、かえって目立つものよ」

「あの時から……なぜ今まで見逃して下さったんですか?」この問いに礼似は答えに詰まった。


 前にタエの息子がこてつに「お前の笑顔は不思議と気持ちが和らぐな」と言っていた。自分もこてつの笑顔を見るとただ単に任務をこなしている自分に疑問が湧いてくる。


「さあ? 私も分からない。でも、こてつ君やこの組の雰囲気には、真剣に守らずにはいられなくなる、何かがあるのね。不思議だわ」

 しかしこのままと言う訳にもいかない。礼似は思案に暮れてしまった。


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