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悪役令嬢は、欲しいものだけいただきますの!~宝くじより大当たりの転生でしたので、王子も乙女ゲームも必要ありません~

作者: T.M
掲載日:2026/07/23

悪役令嬢ものを書きたくなり、試しに冒頭を短編として書いてみました。

設定だけはどんどん膨らんでいますが、連載にするかは迷い中です。

目を覚ますと、天蓋があった。


白い薄布が幾重にも垂れ、金色の飾りが朝の光を弾いている。

天井も遠い。

寝返りを三回打っても端へ届きそうにないベッドには、柔らかな掛布がふんわりとかけられていた。


私はしばらく、それを見上げていた。


 天蓋。


これは、天蓋付きベッドというものではないだろうか。


「……当たった?」


掠れた声と一緒に持ち上がったのは、小さな手だった。

指が短い。皺も染みもなく、爪は可愛らしい桜色をしている。


恐る恐る頬へ触れてみる。柔らかい。乾燥していない。目尻に気になるものもなければ、顎の辺りを撫でても、いつの間にか生えている一本だけ妙に太い毛も見つからなかった。


肩も軽い。腰も痛くない。起きた瞬間から身体のどこかが重いという、あの馴染み深い感覚が消えている。


試しに両脚を上げてみた。

軽々と持ち上がった。


「おお……」


「レティ!」

 金色の髪を振り乱した男性が駆け寄ってくる。その後ろから、銀に近い淡い髪の女性が、長いドレスの裾をものともせず走ってきた。


二人とも、驚くほど顔が整っている。

男性は二十代半ば。女性は、それより少し若く見えた。


疲れた顔で横になっている誰かを起こし、食事や薬を気にする必要など、どこにもなさそうな若さだった。


「ああ、よかった! 目を覚ましたんだね! どこか痛いところはないかい? 苦しくは? 寒くないか? 暑くないか? パパの顔は分かる?」


「あなた、一度に聞いたらレティが困るでしょう。お水を持ってきてちょうだい。それから先生を。急いで。でも廊下は走らないで。転んだら困るわ」


「は、はい、奥様!」


部屋に控えていた侍女たちが一斉に動く。


指示を出す女性は、私の額へ手を当てた。

「熱は下がっているようね。レティ、お母様よ。分かる?」


お母様。


では、先ほどパパと名乗った美形男性がお父様。


私は自分の小さな手を見て、豪華な部屋を見回し、もう一度二人の顔を見た。


宝くじは買っていなかった。


仕事を辞めたいと思うたび、宝くじが当たればと何度も夢見ていたくせに、ここ何年かは売り場へ寄ってすらいない。


買っていないから当たるはずがない。


それなのに、どうやら私は、一等どころではない何かを引き当てたらしい。


「……レティシア?」


 その名前を聞いた瞬間、頭の奥で、白い光が弾けた。


 そうだ。


 私は死んだ。


前世で最後に何をしていたのかは、どうにも曖昧だった。

劇的な最期ではなかった気がする。

少なくとも、誰かを庇って車に轢かれた覚えも、世界を救って力尽きた記憶もない。


日々の大半は、仕事と家の往復だった。

帰宅しながら明日の献立を考え、寝る前に翌朝がゴミの日か確認する。

休みの日になれば、どこかへ遊びに行きたいとは思うのに、帰ってきた後の疲れや、その夜の食事や片付けを想像し、結局やめてしまう。

仕事に家事に介護。

目の前のことを一つ片づければ、次の用事が待っていた。


宝くじが当たったら仕事を辞めてやる。


そう思っても、売り場へ寄るために帰り道を少し外れることさえ面倒だった。

休日にわざわざ買いに出る気力など、もっとない。


そうして私は、宝くじが当たったら始めるはずの優雅な生活を想像しながら、当たる可能性が完全にゼロの毎日を送っていた。

その人生が終わった後。

私は、妙に空いている場所へ辿り着いたのだ。

     ◇


「次の方、どうぞ」


呼ばれて顔を上げると、窓口が一つだけ開いていた。

白い空間に、白い机。

向こう側には、白い服を着た人が座っている。

役所にも銀行にも見えたが、番号札を握って待つ人は一人もいない。

案内板もなければ、隣の窓口もない。


「空いてますね」


 思わず口にすると、白い服の人は手元の書類から顔を上げた。


「本日は珍しく、空いております」


「待ち時間、ゼロですか?」


「はい。すぐに承れます」


「ラッキー」


どこへ行っても待たされるのが当たり前だった身には、それだけで幸先がいい。


椅子へ座ると、相手は私の名前らしきものが書かれた紙を一枚めくった。


髪は白くも黒くも見え、若いようでも、年を重ねているようでもある。


男性か女性かも分からない。

ただ、この人が人ではなく、神様と呼ばれる存在なのだということだけは、説明されなくても分かった。


「あなたの前世は終了しました」


「やっぱり死んだんですね」


「はい」


「原因を聞いても?」


神様が書類へ視線を落とした。


「詳しくお知りになりたいですか?」


聞けば納得できるかもしれない。

しかし、聞いたところで元へ戻れるわけでもなく、何かの役に立つとも思えない。


「聞いても生き返りませんよね?」


「戻ることはできません」


「じゃあ、いいです」


「切り替えが早いですね」


「四十年以上生きれば、どうにもならないことへ使う体力が勿体なくなります」


「では、次の人生についてお話ししましょう」


 机の上へ、何枚もの紙が現れた。


「ご希望の世界、種族、能力などを、可能な範囲で選んでいただけます。剣と魔法の世界、科学技術の進んだ世界、平穏を重視した世界――」


「平穏なところで」


「即答ですね」


「戦争も魔物も疫病も、遠くで聞くだけなら物語ですけど、当事者になるのは嫌なので」


「魔物は存在しますが、人の暮らす地域はおおむね平穏な世界があります」


「それでお願いします」


神様が一枚目の紙へ印をつける。


「次に、特殊な能力についてですが」


「使わなくても暮らせます?」


「もちろんです。魔法を使えない者も珍しくありません」


「では、要りません」


「まだ説明していませんが」

「強い力をもらったら、何かを頼まれそうじゃないですか」


「例えば、類い稀な魔力や、あらゆるものの価値を見抜く鑑定能力、物を大量に収納できる力などもございます」


 確かに便利そうではある。


しかし、珍しい力を持っていると知られれば、使ってくれと言われる。

魔法が強ければ戦いへ呼ばれ、鑑定ができれば仕事が集まり、収納能力があれば荷物持ちにされそうだ。


「それを使って働くことになります?」


「使い方によっては」


「要りません」


「世界を救う使命なども」


「その世界、今すぐ滅びます?」


「その予定はありません」


「なら、専門の方にお任せします」


神様は黙って二枚目の紙を裏返した。


「では、どのような人生をご希望ですか?」


 待ってました。


私は椅子へ座り直し、両手を机の上で組んだ。


「まず、お金持ち」


「まず」


「はい。少し余裕がある程度ではなく、一生普通に使ってもなくならないくらい」


「ずいぶん率直ですね」


「貧乏から始めて努力で成り上がる人生は、希望していません。もう働きたくないので」


次の人生でまで、朝から晩まで働くつもりはない。


「それと、若くて健康な身体。家事をしなくていい生活。食事、洗濯、掃除をしてくれる人が最初からいるところ」


「使用人を雇える家、ということでしょうか」


「雇うところから始めるのは困ります」


現代で大金を得ても、家へ入れる人を探し、身元を調べ、契約を結び、仕事ぶりを確認しなければならない。

信用できる人かどうかも分からない。財産の管理を任せた相手が不正をしないか、個人情報を漏らされないかという心配も増える。


「お金だけあっても駄目なんです。財産を安全に管理できて、家を守る仕組みがあって、信用できる人が最初からいる生活がいいです」


「注文が具体的ですね」


「小市民として長く生きましたから。急にお金だけ渡されたら、それを守るのも仕事になります」


「なるほど」


「あと、家族は優しい人がいいです。できれば元気な両親で、私が誰かのお世話をしなくてもいい環境」


最後の言葉だけ、少し声が小さくなった。


介護をしたこと自体を、後悔しているわけではない。

ただ、次の人生でくらい、自分のことだけを考えてみたかった。

明日は何を作れば食べてくれるだろう。薬は飲んだだろうか。転ばないだろうか。仕事へ行っている間に何か起きないだろうか。

そんな心配をせず、行きたいと思った日に出かけて、帰宅後の食事も片付けも気にしない。

一度くらい、そんな人生を送ってみたい。

神様はただ、希望を書き留めながら静かに頷いた。


「兄弟姉妹は?」


「相続争いは嫌です」


「では、一人娘で」


「娘で家を継げますか?」


「法律上は可能です」


「では、正式な跡継ぎにしてください」


「結婚についての希望は?」


「今のところ要りません。必要になったら、その時に考えます」 


「子供は?」


「欲しくなったら、養子を迎えられますか?」


「制度はあります。ただし、宗教上の慣例が――」


「法律では可能なんですね?」


「はい」


「なら大丈夫です」


神様は、ほんの一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、結局そのまま筆を動かした。


「ほかにありますか?」


「老後の心配を、しばらくしなくていい年齢から始めたいです」


「転生自体は赤子からとなります。ただし、前世の記憶が戻る時期は選べます」


「では、意思疎通ができる五歳くらいで」


「承りました」


「条件に合う家はありますか?」


「一つございます」


 神様が紙の束から、一枚を抜き出した。


「大陸有数の資産を持つ公爵家です。まもなく一人娘が生まれる予定で、その娘が家督を継ぐことも決まっています。両親は健在で、領地の経営も安定しています。先代の頃から仕える忠臣がおり、使用人と護衛の管理体制も整っています」


「そこ!」


 思わず身を乗り出した。


「まだ説明の途中ですが」


「借金は?」


「ありません」


「親戚に財産を狙われていたりは?」


「現時点では問題ありません」


「両親が急死する予定は?」


「ありません」


「領地で反乱が起きたり、戦争へ巻き込まれたりは?」


「近い将来にはありません」


「決まり! そこにします!」


 神様は、三度ほど目を瞬いた。


「本当に特殊能力は不要ですか?」


「その家に生まれること自体が、もう特殊能力みたいなものでは?」


莫大な資産があり、信頼できる人がいて、働かなくても安定した収入がある。


下手な魔法より、よほど強い。


「では、手続きを進めます」


「お願いします!」


「新しい人生に、幸いがありますように」


神様が書類へ最後の印を押した。


白い光が視界を覆う直前、私は一番大切なことを聞き忘れた気がした。

けれど、何だったのか思い出せないまま、意識は光の中へ溶けていった。

     ◇

「レティ?」


呼びかけられ、私は天蓋付きベッドの上へ戻ってきた。


目の前では、美しいお母様が心配そうに私を見つめている。お父様は侍女から受け取った水の入った杯を持ち、今にも自分で飲ませようとしていた。


「お水を飲めるかい? 無理なら、パパが口移しで――」


「あなたは下がっていて」


「はい」


 お父様は素直に一歩下がった。


強そうに見えるのに、お母様には弱いらしい。


杯を受け取り、自分で飲んでみる。腕は問題なく動く。水も普通に美味しい。


「レティ、どこか痛いところは?」


「ありません」


「私たちが誰か分かる?」


「お父様と、お母様」


 二人の顔が一気に明るくなった。


「ああ、レティ!」


「よかった……!」


左右から抱きしめられる。


柔らかい。温かい。若くて元気な両親だ。


神様の説明どおりなら、私は大陸有数の資産を持つ公爵家の一人娘で、正式な跡継ぎ。

だが、念のため確認しておきたい。

大金が絡むことを、ふんわりした理解で済ませてはいけない。

前世の小市民として、それくらいは知っている。


「お父様」


「何だい? 欲しいものがあるのかい? パパの総資産の半分くらいなら、すぐレティの名義に――」


「あなた。既にいくつもの土地と事業をレティ名義にしているでしょう」


「半分もらっても、まだ残るの?」


「もちろんだとも!」


 お父様は胸を張った。


「うちに借金は?」


「ないよ」


「領地は赤字?」


「まさか! 昨年も過去最高の収益だったよ!」


「家を継ぐのは?」


「レティに決まっているじゃないか」


「私が女の子でも?」


今度はお母様が、不思議そうに首を傾げた。


「あなたは私たちの一人娘ですもの。ほかに誰が継ぐの?」


素晴らしい。


これだけでも宝くじ一等を何度も当てるよりすごい。


「ご飯は、誰が作るの?」


「料理人だけれど……何か食べたいものがあるの?」


「洗濯と掃除は?」


「使用人がいたします」 


「私は?」


「レティが?」


「洗濯したり、掃除したりしなくていいの?」


両親が顔を見合わせた。


お父様はひどく悲しそうな顔をして、私の手を握った。


「レティ。熱で怖い夢でも見たのかい? お前にそんなことをさせる者がいたら、パパが追い出してあげるからね」


家事、完全免除。


上げ膳据え膳。


私は今後、明日の献立を考えながら眠らなくていい。


外出から帰ってきた後の食事も、溜まった洗濯物も、翌朝のゴミ出しも気にしなくていい。


行きたいと思った日に出かけられる。


疲れて戻ってきたら、そのまま寝ても誰にも迷惑をかけない。


「お父様とお母様は、元気?」


「もちろんよ」


「長生きする?」


お母様が目を丸くした後、ふわりと笑った。


「レティがおばあ様になるまで、元気でいるつもりよ」


私が、おばあ様になるまで。


今の私は五歳。老後を心配するには、あまりにも早い。


若い。健康。金持ち。家事なし。介護なし。借金なし。両親健在。一人娘で後継者争いもなし。


次は、最後の大切な確認だ。


「アルフレッドは?」


私が名前を呼ぶと、部屋の隅に控えていた一人の男性が、音もなく前へ出た。


銀髪をきっちりと撫でつけ、銀縁眼鏡をかけた老紳士だった。背筋は真っ直ぐで、年齢を感じさせない。


「お呼びでございますか、レティシア様」


「アルフレッドは、うちに長くいるの?」


「先代公爵閣下の頃より、お仕えしております」


「うちのお金を持って逃げない?」


お父様が吹き出した。

お母様も口元を手で隠している。

だが、アルフレッドだけは一切表情を変えなかった。


「そのような予定はございません」


「お父様とお母様は、アルフレッドを信用してる?」


「命を預けられるほどに」


お父様は迷わず答えた。


アルフレッドは大袈裟に感動することもなく、深く一礼する。


長年仕える忠臣。本当にいた。


現代でどれほど金を積んでも、今日初めて会った相手との間に、代々積み上げた信頼は買えない。


それが、既にここにある。


「アルフレッド」


「はい」


「私はこれから、何をすればいい?」


「まずはお身体を休めていただきます。その後は、ご年齢に応じた教育を受けていただくことになります」


「一日中、勉強?」


「いいえ。お嬢様のご負担にならぬ範囲で」 


「大人になったら?」


「領地と公爵家の重要事項について、ご判断いただきます。日常の実務は、わたくしどもがお支えいたします」


「毎日、朝から夜まで働く?」


「そのような事態にならぬよう、使用人と官吏がおります」


そこまで聞いて、私は掛布の上で正座した。

 両親とアルフレッドを順番に見る。


「つまり」


「はい」


「よほど悪いことをせず、必要なことだけ勉強して、最低限の責任を果たせば……あとは好きに暮らしていいの?」


お母様は、当然だと言いたそうな顔をしている。


お父様もすぐに頷いた。


「もちろんだとも。どうして、そんなことを聞くんだい?」


「少し、怖い夢を見たの……」


「そうか。もう大丈夫だからね」


ただ一人、アルフレッドだけが、少し考える間を置いた。


やがて銀縁眼鏡を指先で整え、静かに答える。


「おおむね、そのご理解で問題ございません」


勝った。


私は掛布を跳ね飛ばし、ふかふかのベッドの上へ立ち上がった。


「おーっほっほっほっほ!」


突然の高笑いに、部屋中の人が動きを止める。


構うものか。


宝くじは買っていなかった。


それなのに、金だけでなく、若さ、健康、家族、相続権、安定収入、家事をしてくれる人、財産を守る仕組み、代々仕える忠臣まで、全部まとめて当たったのだ。


もう明日の献立を考えなくていい。


ゴミの日に起こされることもない。


誰かのために自分の予定を諦めなくていい。


外出したい日に外出し、疲れたら寝て、面白そうなものを見つけたら、好きなだけ楽しめる。


こんな人生、喜ばずにいられるものか。


「人生、勝ちましたわーーー!!」


「レティが壊れたーーー!!」


 お父様が叫んだ。


「先生を呼んで! 早く!」


お母様の声で、侍女が駆け出す。


「大丈夫! 熱は下がってますわ! むしろ人生が上がりましたの!」


「意味が分からないよ、レティ!」


「私にも分からないわ! とにかく先生を!」


両親が慌て、侍女たちが右往左往する中、アルフレッドだけが私を見上げていた。


ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。


「アルフレッド!」


「はい、お嬢様」


「私、この世界にある楽しいことを、全部試してみたいですわ!」


「全部、でございますか」


「欲しいものだけいただきますの!」


アルフレッドは、笑わなかった。


呆れもしなかった。 


ただ、いつもと変わらない落ち着いた動作で、深く頭を下げた。


「かしこまりました。お嬢様」


 最高の人生が、今、始まった。


 ――はずだった。


その日の午後。


熱が下がったことを医師が確認し、両親がようやく落ち着きを取り戻した頃、公爵家へ王家の紋章を掲げた使者が訪れた。


届けられたのは、国王直筆の一通の書状。


書斎で内容を確認したお父様の顔から、笑みが消えた。


「旦那様」


アルフレッドが静かに尋ねる。


「王家は、何と?」


お父様は書状を握り締めた。


「第一王子殿下と、レティの婚約を打診したいそうだ」


「婚約?」


両親の間でお菓子を食べていた私は、首を傾げた。


せっかく手に入れた最高の人生に、早くも余計なものが混ざろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
面白いお話でした♪ 幸せな第二の人生の筈なのに…(°д° )!! 続きが気になります~(*´罒`*)
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