こぼれた私とこぼされた私
掲載日:2026/03/01
私は たくさんの小さな 小さな小さな 私のカケラを
ポロポロとこぼしながら 今の今まで 生きてきた
こぼれた私は きっと こぼれたままで
どこかに 置き去りにされて いて
それを 拾い集めたい と思うのは
私のエゴ であって こぼしたものは やっぱり
私そのもの かもしれない し
もう 私とは関係のない 単なる 私のカケラに過ぎない の
かもしれない
こぼれた私と こぼされた私
人とは きっと そのようなもので
いつも どこかで
こぼした自分を 想っている
それは ひとりぼっちでいる時には 悪くない戯れだけれども
言葉にして紡いではならない
こぼれた私のカケラを見つけた人が 何を どう 感じたのか
なんて わかるはずも ないのだから
そんな私は
だから
これを記している…
たぶん そのようなものでは ないのでしょうか?
数年前のノートから見つけたものを直して形にしてみました。
たくさんのワタシがワタシを形作っているという事実をついつい忘れてしまうのが私で、だから人は後悔なんてものをするのかもしれません。




