87・ご都合主義か、神の罰か
白薔薇の花びらとガラスの破片が散らばる研究室にて。
もう少しモクレン様に横抱きにされていたい⋯⋯と思うが、壁から生えた太い根が球体ガラスに満ちた毒に絡み付いている異様な光景を見て、自分が置かれた状況を思い出す。
名残惜しいがモクレン様の腕の中から降りると、
「状況の整理を手伝って頂けますか?」
と頼んだ。
モクレン様と情報交換をして全てを知ったあと、シドウ様の情報を学習したロスベール公爵相手に、レンゲ様とサラサ先輩が私の救出のため時間を稼いでいると知る。
私達はすぐにレンゲ様達が待つ大部屋への出入り口に向かい、通路を塞いだ瓦礫を蹴り飛ばす!
すると、
「ツミキ氏ぃいいいい!!! お帰りそして早く助けてぇえええええ!!!」
と、床に座り込み、両手から発する雷魔法でロスベール公爵の槍を防ぎながら大泣きしているレンゲ様が、こちらを見て絶叫する。
そして。
「ロスベールっ!! 自分が誰であるのか思い出せ!!!」
レンゲ様を槍で突き殺さんとするロスベール公爵の肩によじ登っているサラサ先輩が、必死に彼の耳へ怒鳴り散らしていた。
「サラサ先輩!! レンゲ様!! 今助けます!!!」
私は片手に大鎌を生み出し構えると、お二人の救出に向けて駆け出した。
一方、モクレン様は
「ファウストは俺に任せて!」
と声を張り上げ、研究室内にあるテーブルや様々な機械を駆け上ると、室内の中二階へ辿り着く。
ならば、私はロスベール公爵を制圧するのみ!
「ロスベール公爵、失礼いたしますッ!」
私はロスベール公爵の槍を大鎌で絡め取るため、彼の右方向から大鎌を振り下ろす。
しかし、ロスベール公爵はシドウ様のような跳躍力で飛び退き、私目掛けて槍を突き出した。
だが、容易く回避できた。
本物のシドウ様に比べて、ロスベール公爵の動きは鈍いから。
それに、息も上がっている。
「レンゲ様の話だと、シドウ様は遅筋型で、モクレン様は速筋型でした。ならば、モクレン様と似た体格のロスベール公爵も、速筋型なのでしょう。シドウ様とは真反対の体質です」
それなのに、ロスベール公爵はずっと、シドウ様のように槍を振るい動き回っていたのだ。
筋肉はズタボロで限界に近いだろう。
「今のロスベール公爵はまるで、短距離走の選手に長距離走をさせているようなもの。⋯⋯シドウ様の『ような』動きは出来ても、本物のシドウ様にはなれない。⋯⋯ならば、私にも制圧することは可能」
私は肩で息をするロスベール公爵へ駆け出し、大鎌を振り抜く!
だが、ロスベール公爵は背後へ飛び退き回避するが、これこそが狙いだ。
わざとロスベール公爵に派手な動きをさせ続け、筋肉が限界を迎えるのを狙う!
⋯⋯我ながら脳筋戦法である。
「ロスベール公爵ッ!! 貴方はシドウ様ではない!!」
声を張り上げ、大鎌で袈裟切りしようとロスベール公爵へ飛びかかり、距離を詰める!
とにかく大きく大鎌を振るい、ロスベール公爵を回避させ続けた。
すると、ロスベール公爵の動きはどんどん鈍くななってゆく⋯⋯そんな時だ。
右側の中二階から、モクレン様の声がした。
「逃げんじゃねえファウストッ!!!」
なんとモクレン様は、ファウストが座っている巨大な車椅子魔道具に飛びかかったのだ!
◇◇◇
「てめぇファウストッ!! 今すぐ兄貴のハッキングを解けコラァッ!!!」
俺は、研究所内の機械を駆け上って中二階に辿り着くと、どさくさに紛れて逃げ出そうとするファウストに飛びかかり、奴が座る巨大な車椅子魔道具の操縦桿をでたらめに動かす!
下の階では、ツミキちゃんが兄貴と戦っている。
俺も俺で、やることをやらねば!
「なあファウスト!! フェレスさんの人工知能が俺をツミキちゃんのとこまで導いた意味が、お前に分かるか!?」
「⋯⋯さぁ。⋯⋯学習が足りなかったのでしょうね」
「フェレスさんならきっと俺を助けただろうってことだよ馬鹿ッ!!!」
フェレスさんの人工知能が言ってた通り、ファウストが乗っ取った肉体は朽ち欠けているんだろう。しかも、今は兄貴のハッキングをしている最中。
ファウストは限界が近い。だからフェレスさんの人工知能が勝手な行動をしたのを感知する力も無く、この場から逃げる選択をしたのだ。
そんなら、俺がコイツにハッキングされる可能性は低いと言える。
俺はファウストから巨大な車椅子の制御を奪おうと、操縦桿を無茶苦茶に動かしながら叫んだ。
「お前これ、どうすんだよこの大量の命!! お前がハッキングするため殺してきた大勢の命は!!! 全部責任取れんのかッ!?」
「⋯⋯ぉやおや⋯⋯私には、悲しい過去があるじゃないですか⋯⋯それに免じて、許してもらえません?」
まるで死体が無理矢理喋ってるみたいなファウストは、最期の最期まで人の心を逆撫でするようなことを言う。
「お前にどんな過去や事情があってもな!! やらかしたことがあまりにも酷過ぎんだよ!! 相殺出来るわけねえだろアホボケカスコラぁあああッ!!!」
ファウストの生ぬるい手の上から操縦桿をでたらめに動かすと、車椅子のデカい車輪が中二階からガクンと外れ、そのまま一階へ飛び出してしまう!
「うわぁっ!!!」
まるで、かっ飛ばしたチャリが勢い良く坂から飛び出したみたいだ!
結果、俺とファウストを乗せた巨大な棺みたいな白い車椅子は、壁を数枚ぶち抜きながらツミキちゃんが捕まっていた部屋まで吹っ飛ぶ!
飛び散る白薔薇とガラスと共に、車椅子のパーツはバラバラに大破し、大きな車輪が転がって倒れる。
一方、俺はファウストの首根っこを掴んで車椅子から飛び退き床に滑り込むように倒れたため、大怪我をせずに済んだ。
あとはファウストを司法の場に引きずり出し、すべてを明らかにするだけ。そう思って、奴にまだ息があるか確認しようと顔を見――
「え」
朽ち欠けたファウストはうつ伏せのまま上半身を起こし、死体の濁った目で俺を見ながら、肉が腐り骨が見える人差し指と中指をこちらに向けていた。
「体だけハッキングするなら、殺す必要は無いんですよ。⋯⋯意識と心は、残ったままですが」
ヤバい。そう思った次の瞬間。
「ロスベール公爵!! 目を覚ませッ!!!」
ツミキちゃんの凛とした怒鳴り声、そして。
バキンッッッと言う金属がへし折れる音と共に、兄貴が吹っ飛ぶ。
兄貴は先ほど車椅子がぶち抜いた壁の穴へふっ飛び、白薔薇とガラスが舞う。
その手には、『切っ先が折れた』槍があった。
ヒュンヒュンヒュンヒュンと何かが宙を舞う音。
そして、宙を舞うそれ――『ツミキちゃんが叩き折った槍の切っ先』が、回転と落下の勢いを付けて。
切っ先はまるで雷のように、地面に伏せたファウストの心臓目掛けて落下して。
奴の背中ごと、心臓を貫いた。
「ぁがっ⋯⋯ぁ、あ」
心臓を貫かれたファウストは、うめき声をあげる。
サラサは確か、雷を神の怒りと呼んでいた。
ならば、この奇跡のようなご都合主義は、神の怒りなのだろうか。
戦争が終わってからも人を殺し続け、命を弄び続けた悪魔への因果応報⋯⋯なのだろう。
◇◇◇
「モクレン様! ご無事ですか!?」
ロスベール公爵を殺さない程度にぶっ飛ばし、大鎌で槍を叩き折ったら、切っ先がモクレン様の方へ飛んだので。
その切っ先が彼に刺さっていないかと心配しながら駆け寄ると、切っ先は彼ではなくファウストの腐りかけた肉体に刺さり、背から心臓を貫いていた。
この肉体も、ファウストが殺して奪ったのだろう。
肉体の本当の持ち主――名も知らぬ彼も、私やユーフォルビアのように死にたくないと泣き叫んだことだろう。
その哀しみが、胸の奥を――心をギュッと締め付ける。
「ファウスト。貴方は、本物の悪魔だ」
「⋯⋯グレートヒェン、それに、フェレス。⋯⋯なんだ、こんなとこにいたんだ」
ファウストは光の無い濁った目で、私とモクレン様を見て嬉しそうに微笑む。
そんなファウストを、私とモクレン様は無言のまま眺めていた。
「⋯⋯二人とも。今日は、久しぶりに休戦日だ。⋯⋯みんなで、美味しいものでも⋯⋯食べに、行こうよ⋯⋯」
ファウストはゆっくり瞼を閉じ、肉体はボロボロと崩れ、灰になって消えてしまった。
悪魔の最期は、あまりにも静かだった。
◇◇◇
「⋯⋯あの、これから⋯⋯どうしたら」
ファウストと言う悪魔が消滅したあと。
私達は勝利を喜ぶ気にもなれず、この室内の両側に敷き詰められた大量のガラス管を眺めた。
そこには、ロスベール公爵と全く同じ姿形をしたホムンクルス達が、一糸纏わぬ姿で膝を抱え、赤子のように眠っているのだ。
「このホムンクルス達は⋯⋯これからどうなるのですか?」
ボロボロになった地下研究所に重苦しい空気が漂う――その時。
「ふざけるな」
震えた低い声がした。
それは、ロスベール公爵の声だった。
「ふざけるな。ふざけるな」
壁に激突した巨大な車椅子が、数枚の壁を破って空けた穴の向こう。
先ほど、モクレン様が私を助けてくださった、白薔薇の花びらとガラスの破片が床に散らばる部屋にて。
球体ガラスに満ちた毒を護るように、根源の大樹の根が壁を突き破って生えている、その近く。
ロスベール公爵は、顔を伏せたまま立っていた。
「私は⋯⋯一体、何のために生み出されたんだ? お前らの玩具になるためか? なあ? 答えろ!!!!!!」
そう叫んだロスベール公爵の両目からは、血が流れていた。
それは、私にぶっ飛ばされた時に額に負った怪我から流れる血なのか、ロスベール公爵の激しい哀しみによる血の涙なのか。
「殺す。全て殺す。殺してやる。お前達全員国ごと殺してやるッ!!!!!」
ロスベール公爵はそう叫ぶと、根源の大樹の根が護る球体ガラスを拳で突き破り、毒の中に手を突っ込んだ。
「聞けッ!!!! 根源の大樹よ!!! 私は全てを貴様に捧げてやる!!! だから⋯⋯っ! プルトハデス国を殺戮する力を私に与えよ!!!!」
そんな馬鹿なと思った。
だが、今のロスベール公爵は、電気椅子の雷に打たれ続けただけでなく、無理矢理シドウ様のような戦闘を強いらたため疲労困憊だ。
しかも、私にふっ飛ばされ怪我もしている。
瀕死⋯⋯に近いのだろう。
そんな瀕死のロスベール公爵に呼応するように、死毒の根は彼に巻き付き、その傷を毒が塞ぐ。
ロスベール公爵の髪は伸び、私の髪と同じ赤い房が混ざり生える。
青い目にも、毒の色素沈着による赤が混ざり、目から頬にかけて根源の大樹が根を張ったような赤い模様が走り出す。
それはまるで、血の涙のよう。
根源の大樹の根を取り込んだロスベール公爵は、毒に染まった片手を私達に突き出すと。
その手にはなんと、私と同じ大鎌が出現したのだった。
「根源の大樹よ、この国を終わらせよッ!!!」
ロスベール公爵の叫びと共に、根源の大樹の根が暴れ出す!
暴走する根は研究所の壁を次々と破壊し、天井すらぶち抜く!
その時、モクレン様が咄嗟に
「机の下に逃げろッ!」
と声を張り上げた。
すぐに避難できたお蔭で落ちてくる瓦礫の下敷きに成らずに済んだが、それでも絶望的な状況は変わらない。
何故なら、ぶち破られた天井から見えたのは。
「根源の大樹の根が⋯⋯暴走している!?」
根源の大樹が赤黒い瘴気を帯びて、触手のように蠢かせた枝で王城に食らいついている。
プルトハデス国の生命の源が、化け物に成り果てた瞬間だった⋯⋯!
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「これどうなるんですか!?」
「ファウスト……お前……」
「ロスベール、お前、それってまんま大罪人ユーフォルビアやんけ」と
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