22・僭王の勝利……?(ロスベール視点)
「モクリエールアレン。貴様は市民を煽り暴動を起こし治安を乱すと言う愚行を犯した。……よって、煽動罪として起訴することも可能であるが、異論はあるか?」
聖騎士団駐屯基地の会議室にて。
私――ロスベールは、カルミアと共に愚弟モクリエールアレンへ取り調べを行っていた。
暴動の主犯である愚弟を聖騎士達に逮捕させ、近場の聖騎士団駐屯基地に連行したのだ。
その際、七号と異様な風体をした青髪の男は私へ異議を申し立てたが、愚弟の所業は触法に該当することを伝えると、連中は大人しく引き下がった。
久しぶりに見た七号は同一人物なのかと疑うほど見違えており、人々からも完璧な美女と評価されていた。
だが不思議なことに、今の七号を娶れと言われても、鳥肌が立つほど悍ましいという思いは変わらない。
まあ、勝ち組の男として権力を表すお飾りの美女としてなら、傍に置いても良いだろう。
しかし、七号を手に入れる前に、まずは始末しなければならない相手がいる。
それは、テーブルを挟んだ向かいに座る、愚弟モクリエールアレンだ。
奴は、白豚の子供時代と全く変わらぬ、頭の悪そうな面構えをしていた。
「裁判したけりゃしろよ。その代わり、俺は法廷で全部ぶち撒けるぞ」
「貴様程度に弱みを握られる私ではない」
「ふ〜ん? これ見ても同じこと言える?」
モクリエールアレンは鼻で笑ったあと、懐から数枚の写真を取り出した。
「その写真がどうかしたか?」
「……どうしたもこうしたもねえよ」
モクリエールアレンは机の上に並べた数枚の写真を指で叩き、眉間に皺を寄せて怒りの表情を浮かべた。
「死毒の森から北西の城門を直線で結ぶように、聖騎士団が動物の死骸を置いてたんだよッ!! お前ら、ツミキちゃんに呪いの力があるって街の人達に思わせるために、わざと魔獣を誘い込んだだろ!! 証拠の写真は撮ったぞ。お前らの好きにはさせない!!」
机をドンッと殴ったモクリエールアレンは声を荒げた。
だが。
激昂するモクリエールアレンを、隣に座るカルミアが鼻で笑う。
「ふんっ。それならさあ」
カルミアは指をパチンっと鳴らし、光魔法で写真を焼いてみせた。
「何すんだお前! ぁあ、そんなっ!!」
「あんたバカぁ? そんな大事な証拠を軽々見せたら、そんなの消されるに決まってるでしょ!」
証拠とやらを燃やされ、絶望の顔をするモクリエールアレンは実に滑稽な負け組である。
それに、負け組の愚弟から取り上げたいのは七号だけではない。
先程見た、あの青髪の男が開発した魔道具の設計図だ。
先程カルミアが燃やした写真は、その男が開発した写真機魔道具によって撮影されたものだろう。
結婚パーティーにて愚弟は
『天才の友人が開発した高性能な通信型魔道具の呼び出し音であり、あの天才が次々と高性能な魔道具を開発しているため、部屋中設計図まみれ』
と言っていた。
遠く離れた相手と意思疎通が取れる魔導具と言うのは、歴史を変えるほどの発明ではないか!
ならば、そんな魔道具の設計図を奪い取り、こちらで量産し販売すれば莫大な利益が狙えるはず。
「モクリエールアレン。証拠を無くした貴様には、二つの道しか存在しない。その一、煽動罪を犯した犯人として裁かれること。その二、貴様の友人が開発した魔道具の設計図を私に献上すること」
恐らく、愚弟は設計図の献上を選ぶだろう。
私の本当の狙いは、これである。
まず、七号が呪いで魔獣を呼び寄せたと民に信じさせて捕縛したあと、七号の身柄と引き換えに設計図を献上させるつもりだった。
結果として、愚弟の悪足掻きによって脚本は崩れたが、愚弟は『暴動を起こした直後に姿を見せる』と言う愚行に走った。
まるで、『逮捕してくれ』と言わんばかりじゃないか。
凄まじい馬鹿さ加減に笑いが込み上げてくる。
こんなのと血が半分も繋がっているとは、私の唯一にして最大の欠点だ。
さすが、あの淫売の息子である。
他者に媚びへつらい人に付け入るのが得意なだけの、頭の悪い売女から生まれた男だ。
◇◇◇
「嘘でしょモクレン氏……ボクの開発した魔道具の設計図を全部ロスベールにあげちゃうなんて。……あれだけ大口叩いて勝てるって言ったのに!!! モクレン氏のばかぁっ!!」
モクリエールアレンは友人である青髪の男に胸ぐらを掴まれている。
目の前で愚か者共の友情が壊れる様を見るのはなんと面白いのか。
隣に座るカルミアも「だっさぁ〜い!」と笑っていた。
そんな愚か極まるモクリエールアレンは、手を震わせながら悔しげな顔で口を開く。
「一つだけ、条件がある」
「なんだ?」
「レンゲくんの設計図は……兄貴が所有権を持っている魔動結晶鉱山と引き換えにして欲しい」
「寝言は寝て言え。あれは我が国唯一の炭鉱で、莫大な利益を生む生命線でもある。貴様などにやれるか」
「ふざけるなよっ!! 兄貴は俺からなんでも奪いとるってのか!? なあ、頼むよ……ダチの作品を売り渡したんだ。……そんくらい、助けてくれ!!!」
モクリエールアレンは惨めったらしい情けない顔をして目に涙を浮かべている。
まるで、負け組の手本のような姿だ。
そんな負け組の極みである愚弟の友人は、奴の胸ぐらを掴みながら
「魔動結晶鉱山なんてこの国の生命線を貰えるわけないでしょ!? もし貰えたとしても……そんなの! ポーラリス公爵家が所有する劇場とか酒場とか図書館とか美術館とか…………それか、『印刷所』とか……鉱山に比べたら権力も稼ぎも負け組な施設しか貰えないって!!!」
と怒鳴る。
友と醜い争いをするモクリエールアレンは、まるで捨てられた犬のように惨めったらしく、私の足元に這い寄り土下座をして来た。
負け組と辞書で引けば、今の愚弟が出てくるだろう。
「お願いします兄上……助けて下さい。何卒……何卒ご容赦を……ッ! ……そうじゃないと俺、絶望して『何を喋るかわかりません』よ?」
確かに。愚弟の口八丁は警戒に値する。
実際、カルミアの提案で結婚パーティーに愚弟らを呼んだ際、現場は愚弟の口八丁で大混乱となったから。
「ならば、取り引きだ。モクリエールアレン。お前は友の作品である設計図を全て献上しろ。……そして、貴様にはポーラリス公爵家で所有するいずれかの施設のうち、好きなものをくれてやる」
私はモクリエールアレンのよく喋る口を封じる選択をした。
慎重で賢い選択と言えよう。
「酒場か? 劇場か? 美術館や図書館もオススメだぞ。印刷所も良いだろう。……どれも、ポーラリス公爵家が一代目の頃から続く、歴史だけは長い施設だ。……鉱山ほどの利益は産まない、負け組の施設達だからな」
私がそう言うと、モクリエールアレンは土下座の姿勢のまま、
「負け組の私めに、印刷所をお恵み下さい」
と涙声で言った。
その後、愚弟の友人は大量の設計図を私に献上し、モクリエールアレンには印刷所と言うチンケな施設を恵んでやり、それを法的に成立させる契約書にきっちりとサインさせたのだった。
やはり私は勝利した……が、一瞬。
ほんの一瞬。
モクリエールはニヤリと笑ったように見えたのは、気のせいだろうか。
◇◇◇
夕方。
負け組の愚弟とその友人を追い返したあと、私はカルミアと共に最高級の食事をとっていた。
「さすがですぅロスベール様ぁっ! だぁいすきっ!」
一級品の女から称賛を得つつ、一級品の食事に舌鼓をうちながら、愚弟の惨め極まる負け組な姿を思い出していると。
「ロスベール公爵!!! 失礼いたします!!!」
若手の聖騎士が血相を変えて部屋へと飛び込んで来た。
「貴様!! 無礼であるぞ!!」
「申し訳ございません!! ですが……新聞の夕刊が……大変なことに」
「新聞の夕刊? ……ッッッ!!!???」
なんと。従者から受け取った新聞の一面には。
『魔獣は聖騎士団による自作自演――か。死毒の森から北西の城門を直線で結ぶように置かれた動物の死骸』
と大きな文字で見出しが出ているではないか!!??
しかも、新聞の一面を覗き込み、カルミアが大声を出した。
「あーーーー!!!!! これ、あたしが燃やした写真!!!!! なんで、なんでこの写真が存在するの!!??」
写真の提供者を見ると、そこには新聞記者の名前があった。
「あの写真は愚弟の友人が開発した魔道具で撮影したのではない。…………『新聞記者によって焼き増しされたもの』だったのか……」
「嘘!? だってアイツ、写真を燃やしたらまるで『唯一の証拠が消されたみたいな顔をした』じゃないですか!!! ……まさか、あの狼狽は全部……演技? あたし達を、油断させて騙すための!?」
だとしたら、納得が行く。
だが、それだけではない。
どうして、何故、一体、何がどういう道理で、
新聞が聖騎士団と言う『我々側』を叩いているのだ!?
私はすぐ新聞局長へ抗議をするため、新聞社に向かった。
「貴様!! 一体どう言うことであるか!?」
「あー、やっぱり来ましたか、ロスベール殿」
すると、新聞社の局長の爺は室内でゲートボールをしながらへ呑気に答えたではないか。
「あのねえ。貴方はモクレン公に印刷所――つまり、『新聞を発行する手段』を『法的に譲渡した』じゃないですか。……うちだって商売なんです。いくら新聞を書いても『輪転機を止められたら印刷出来ない』でしょ? そしたら『新聞が売れない』じゃないですか。だから、これからは貴方じゃなくてモクレン公の機嫌を損ねない記事を発行することになったんですよ」
「は……?」
コイツは何を言っているんだ?
「貴様それでも記者か!? 記者の役目は真実を伝えることだろう!! 恥を知れ!!」
私が真っ当なことを言うと、局長は驚くべきことを言いやがった。
「一つ誤解されてますよ、ロスベール殿。……新聞屋は『真実を報道する集団ではありません』……『真実という大きな氷を削って、お客好みのシロップをかけて販売するかき氷屋に過ぎない』のです」
「は? 真実そのものを報道するのでなく、読者好みの真実を提供する……だと? 貴様それでも記者か!?」
私が怒鳴ると、局長の爺はため息を付いて
「はあ〜。モッちゃんの言う通りだ。すぐ怒るなこの人」
と言ったではないか。そもそも『モッちゃん』とは誰だ!?
「良いですか。あんたはうちの国で唯一の印刷所をモッちゃんに譲渡したんだ。つまり、新聞を印刷する輪転機をモッちゃんに握られてるんだよ!! この国唯一の情報源はもう、モッちゃんに掌握されたんだ!!」
「だからそのモッちゃんとは誰だ!?」
私が局長の爺に掴みかかると、爺は「ダッルいなー」と言ったあと、こう続けた。
「……記者人生五十年の経験で申し上げるなら、モッちゃんは悪魔だよ。マグノリアの白い悪魔」
「マグノリアの……白い悪魔……? まさか、そいつは」
私の脳裏に、モクリエールアレンのニヤケ顔が浮かんだ。
「モクリエールアレン……奴は、まさか……『初めから新聞社を抑えるため、印刷所を狙っていた』のか!?」
「多分そうだろうなあ。いや〜彼は怖い怖い。最初は清掃員のバイトとしてウチに来たと思えば、あっという間に皆の人気者になって。面白い子だからなあモッちゃんは」
局長の爺は「私のような親父は、ああ言う愛嬌溢れる若者に弱いんですわ」と、まるで孫の自慢をするかのように語ったのだった。