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1・忌み嫌われた死神令嬢

「罪深きユーフォルビア一族の七号! お前との婚約も今日で破棄だ! 魔獣を殺すしか能の無い死神令嬢を嫁にするなど反吐が出る!」




夕方。

ポーラリス公爵家の応接室に呼び出された私は、婚約者であるロスベール公爵にそう言われた。



ユーフォルビア一族の七号。


それは、私を示す固有名詞。



私は、このプルトハデス国が毒に汚染され魔獣が蔓延はびこる元凶となった、狂戦士ユーフォルビアの子孫。


祖先の罪を償うべく魔獣を殺すために、私は生まれてきた。


毎日毎日大鎌を振るい魔獣を殺すだけの日々を送る私を、人は死神令嬢と呼ぶ。




「相変わらず生気の無い不気味な目だ。お前達の祖先であるユーフォルビアのせいで、このプルトハデス国は絶望の国となったと言うのに。罪悪感すら無いというのか?」




プルトハデス国は百年前、魔法科学の国と呼ばれていた。


生命力の化身である『根源の大樹』によって育まれた自然の下、人とエルフが協力してこの国を発展させたのは百年前の話。



今では『根源の大樹』は枯れ腐り、毒を撒き散らすだけの存在と成り果てた。


そして、その毒により森は汚染され、大地を腐らせる『死毒しどくの森』へと変化したのだ。


さらに、『死毒の森』は毒を垂れ流し大地を汚染するだけでなく、地面に張り巡らせた根の節から魔獣を生み出す始末。



こんなものが発生した全ての元凶が、罪深き狂戦士ユーフォルビアだ。




「この私、ロスベール・ポーラリスはこの国を創生した女神の末裔であるぞ!!!! その選ばれし血族である私が、どうして罪人の末裔である化物と番わねばならぬのだ!!」


「それは、国教であるプルトハデス教によって決められ」


「うるさい! 口答えするな化物が!! そもそもお前の祖先であるユーフォルビアが穢れた心を根源の大樹に捧げなければ、この国が毒に侵されることは無かったのだ!!」




確かに、ロスベール公爵の言う通りだ。


何故ならこの惨状は全て、殺戮をするためより強い力を得ようとした狂戦士ユーフォルビアが、その穢れた心を根源の大樹に捧げたのが原因だから。



そのせいで根源の大樹は枯れ腐り、プルトハデス国は毒と魔獣が蔓延する絶望の国となった。



この国は、罪深き狂戦士ユーフォルビアの穢れた心のせいで終わりつつあるのだ。


故に、プルトハデス人は穢れた心と言うのを忌み嫌い、美しい心と言うのを神聖視する傾向がある。




「罪深きユーフォルビア一族の七号、貴様は見るも悍ましい化け物だ。魔獣の返り血と油で固まった汚らしい黒髪に、毒に染まった赤い房が触手のようにうねり生えている。なんと醜い化物なのか」




ロスベール公爵の言う通り、私は化け物の如き醜い姿をしている。

髪と目には毒による色素沈着によって赤く染まった部分があり、周囲の人はそれをひどく不気味がった。


表情が一切無く、光の無い濁った目をしていることから、死体が動いているようだとも言われている。



私は目にするのも悍ましい化け物であるので、常に黒いローブを着用し、人々に姿を見せないよう命じられていた。



一方、豪華な黒い騎士服を着たロスベール公爵は、漆黒の髪と青い目を持つ国一番の美青年であると人々から賞賛されていた。

彼は美を追い求める芸術家によって造られた彫像と似ているから、多分そうなのだろう。



そんなロスベール公爵の表情は、眉間や鼻骨の上にシワを寄せ、目と歯を剥き出しにすると言ったものだ。

まるで魔獣の威嚇のような表情から、ロスベール公爵は怒っていると予想できた。




「全く。見るも悍ましい化物だというのに、貴様らユーフォルビア一族は『心無き』化け物ではないか。そのような者を娶れなど冗談ではない!」




『心すら無い化け物』



その通りだ。



私達ユーフォルビア一族には、心が無い。


その理由は、百年前の戦争にて、狂戦士ユーフォルビアが力と引き換えに穢れた心を根源の大樹に捧げたせいである。

これが、子々孫々に受け継がれてしまったのだ。



心が無いため、表情どころか喜怒哀楽が無い。

何かを美しいと審美する心もなければ、生きる喜びも死への恐怖も無い。


何も感じず考えず、ただ大鎌を振るって魔獣を殺すだけの日々を送る私は、人々の目に死神と映るだろう。




「ロスベール公爵、貴方と私の婚姻は国から定められたものです。それを破棄するということは、それ相応の代替案が無いと厳しいと存じますが、ご用意はありますか?」




そんな罪深きユーフォルビア一族の血族が絶たれることなく続いている理由はただ一つ。



ユーフォルビア一族が持つ『毒への耐性』と『鋼鉄のような骨格と筋肉』に、価値があったからだ。


毒に汚染された空気の中で魔獣を駆除することが可能な戦闘要員は、このプルトハデス国に必要不可欠だとされてきた。




「私達ユーフォルビア一族は、祖先の大罪を償うべく、魔獣を殺すために生まれて来ました」




私の母となる個体は、先代のユーフォルビア一族である六号だ。


六号は、毒に耐性を持つ手練れの騎士であったペールカルム伯爵と国から婚姻を命じられ、私を誕生させている。



私達は、そうして生まれてくるのだ。




「国によって私の種役に選ばれたロスベール公爵がこの婚約を破棄するならば、公爵と似た素質を持つ適合者が必要となりますが、その点についてはどうお考えですか?」




私の質問に、ロスベール公爵は片方の口角を吊り上げて左右非対称に笑った。


笑顔とは左右対称であると学んでいるが、こう言うニヤリとした歪な笑顔もあるのか。笑顔にはたくさんの種類があると知った、その時。




「ロスベール団長、失礼します! ご報告がございます!」




応接室に、ロスベール公爵の部下である若手の聖騎士が駆け込んで来た。

ロスベール公爵は、聖騎士団の団長でもある。

数多くの天才騎士を従え、自身も最強の騎士と称されるロスベール公爵は、文武二道であると称されていた。




「ロスベール団長!! この王都から北の方角にある死毒の森付近に、魔獣が出没しました!」


「そうか。ならば、この七号に駆除させよ。聖騎士団は現場の安全を確保次第、大地の浄化に赴く浄化の聖女の護衛に付け」




ロスベール公爵はそう言ってから、私に出撃命令を出した。




◇◇◇




月も星も無い曇り夜に、血の雨が降る。


鬱蒼とした樹海の深緑は、血の赤に塗りつぶされた。


勿論、血の雨は私にも降り注ぐ。


何故なら、この血は私が大鎌で斬首したヒグマの魔獣から吹き出た血だったからだ。



その血を拭うことなく、地面から突き出した巨大な触手の如き根の元へ近付き、丸く膨れ上がった節から魔獣を吐き出す『死毒の根』を真っ二つに切除した。




「任務完了。魔獣の駆除……及び、死毒の根を切除致しました。それでは、浄化の聖女様による毒の浄化を願います」




血の匂いには、もう慣れた。



そして、血の匂いに慣れきった私を化け物と呼び、石を投げつけてくる聖騎士達にも、慣れていた。




「罪深きユーフォルビア一族の『七号』……相変わらずキッショい化け物だなあ。黒い大鎌で魔獣の首を狩る姿はまさに死神。…………死神令嬢とはよく言ったもんだ」




そう言って、私に石をぶつけた聖騎士は吐き気を堪えるような声で言う。




「おい七号。浄化の聖女様がいらっしゃるんだ。さっさと引っ込め。醜いうえに臭えんだよお前」


「かしこまりました」




聖騎士の言葉に従い、太い木の陰に下がる。




「まあ、いくら臭くてきったねえとは言え、お前みたいな血と毒で穢れた奴、風呂に入れたら浴場ごと腐っちまうか」




また何かが飛んできたと思えば、聖騎士が吸ったシケモクだった。



「こっち見てんじゃねえよクソ七号!! 同じ空間にいるだけでこっちも腐りそうだってのに、目が合ったら病気移されんじゃねえのか? おえ、吐きそう」




聖騎士は吐く真似をした。


皆、私を見るとそうする。



浄化の聖女を護る気高い聖騎士達にとって、罪深きユーフォルビア一族の私など、先ほど斬首した魔獣と同等かそれ以下なのだろう。


吐き気を催すなら見なければ良いと思うが、それを指摘すると酒ビンが飛んでくるので、無言を貫いた方が得策だと学んだ。



そんな時である。



先程切除した死毒の根の影に、殺したはずの羆魔獣の幼体が隠れているのを発見した。



私は大鎌を握る手に力を込め、羆魔獣の幼体へ近付く。

その姿はまるで熊のぬいぐるみのようである。


だが、魔獣だ。


魔獣は殺す対象である。



私が大鎌を振り上げた瞬間。




「やめてぇぇええええっ!!!」




少女の高い声が森に響いたかと思えば。




「七号!! 何でこんな酷いことするの!? この子が可哀想だよっ!!! こんなに怯えてるのに!! こんな酷いこと、『浄化の聖女』として見過ごせない!!」


「カルミア様、道をお開けください。それは魔獣の幼体であり、殲滅の対象です」




『浄化の聖女』カルミア様が、私から魔獣の幼体を庇うように、両手を広げて立ち塞がった。


美しいクリームブロンドの髪と空色の瞳を輝かせるカルミア様は、容姿も心も国一番に美しいと称され、全国民から愛されている。


お召になっている白いドレスと相まって、絶望の国に舞い降りた天使のようだと言われていた。




「七号には命の尊さや大切さがわからないの!? こんな可愛い子を殺そうとする死神令嬢なんて、あたしが許さないんだからっ!!」




カルミア様はそう叫んだあと、羆魔獣の幼体を抱き上げ頭を撫でた。




「ごめんね、七号が酷いことをして⋯⋯っ! 怖かったよね。ほら、あたし特製のアップルパイだよ」


「⋯⋯カルミア様。恐れながら申し上げますと、魔獣に人の食べ物を与えてしまうと、魔獣はその味に魅入られるだけでなく、人は食べ物をくれる存在だと学習する恐れが⋯⋯、!」




私がそう言った瞬間。


真横から石が飛んできた。


私に投げられた石は返り血を吸って重くなったローブと伸び放題の髪が緩衝材となり、負傷するには至らないので問題は無い。



石が投げられた方向を見れば、顔を歪めた聖騎士達が、


「この国を死に腐さらせた大罪人の子孫がッ!! 浄化の聖女カルミア姫に何舐めた口利いてんだよ!!!」


と声を荒げた。



それに続き、他の聖騎士も



「この国の自然を返せよユーフォルビア一族!!」


「大体魔獣が出てんのもお前の祖先のせいじゃねえかよ!!!!」



と怒鳴り出す。


こうなったらもう止まらない。




「この国を破滅させた大罪人の末裔がよぉ!! 魔獣にさえ慈悲を与えるカルミア姫の心の美しさを見習えってんだよ!!!」


「いやーそれは無理だろ。心が無い化物の七号に、カルミア姫の美しい心を見習えなんて無理無理」


「だよなー。カルミア姫は心も見た目も国一番に美しいんだ。魔獣を殺すしか能が無い化物と比べるのはカルミア姫に失礼だよな!」




聖騎士の私に向けられる怨嗟が、カルミア様への賛美へと落ち着くのは、いつもの流れである。



そんな賛美の声の中、カルミア様は



「それじゃあね、おチビさん! もう七号みたいな悪い人の前に来ちゃだめだよっ!」



と羆魔獣の幼体を森の奥へと逃がしてしまったのだ。



私に出来るのは、味が濃い人の食べ物を与えられた魔獣の幼体が『人=食べ物』と学習しないよう祈ることだけである。




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