17.結婚パーティの招待状が届きました(後半ロスベール視点)
「ツミキちゃん、レンゲくん。今から緊急会議を始めるぞ! 議題は『ロスベールとカルミアの結婚パーティーの招待状が届いたけど、これからどうしたい?』だ!」
翌日の昼食時。食堂に集まった私達は、モクレン様主導の会議中であった。
モクレン様の元にロスベール公爵の従者から結婚パーティーの招待状が届いたのがことの始まりである。
しかも、モクレン様だけでなく妻となった私も強制参加だと書かれていた。
結婚パーティーという公の場にユーフォルビア一族が足を踏み入れて良いのか疑問であるが、強制参加と書かれている以上問題は無いのだろう。
私は昼食のピザトーストを食べながら、うにょーんと伸びるチーズに翻弄されつつ答えた。
「……むぐ。……ん。……モクレン様がご出席なさるのなら、私はお供いたします。以上です。……また話は変わりますが、このピザトーストは絶品です。甘酸っぱいトマトソースの上に乗ったピーマンの爽やかな苦みとベーコンの塩気の相性が抜群な上、カリカリとしながらももっちりとした弾力を持つトーストの香ばしい風味と味わいがたまりません。そして、このうにょーんと伸びる少し焦げたチーズはまさに『食ってみな、飛ぶぞ』と言う具合です」
「意見と食レポをありがとうツミキちゃん。そんじゃ、次はレンゲくん」
昼時になりやっと起きてきたレンゲ様は、欠伸混じりに紅茶をすすりながら
「断固拒ー否。ンなとこ行くくらいなら一日中カタツムリ見てる方がマシだと思われ」
と仰った。
「ありがとう、よくわかった。……んで、これは俺の意見だが」
モクレン様はテーブルの上に置いた招待状を指でトントンと叩きつつ、ニヤリと口角を吊り上げたではないか。
「俺は……ちょっとしたお礼参りが出来んじゃねえかなって思うわけよ。それに、王都の情勢が今どなってんのか知りたいし」
そう言ったモクレン様は、王都から発行される新聞をテーブルの広げ、一面記事を指でトントンと叩く。
「王都から出てる新聞には『北の死毒の森から下ってきた魔獣が【王都の城壁付近に出没】したものの、最強の騎士ロスベール公爵率いる聖騎士団が見事圧勝。その際、浄化の聖女であるカルミア様の結界が【国民を守護し、死者は出なかった】』ってあるけど……これ、矛盾してるよね」
「矛盾……ですか?」
矛盾とは辻褄が合わないことを指す言葉だ。
つまり、新聞の内容は辻褄が合わないとモクレン様は考えておられるのか。
私には何が何だかわからないが、取り敢えずこのピザトーストが飛ぶほどに美味しいことはわかる。
「よく考えりゃおかしいんよ。だって、『城壁付近に魔獣が出没』したってことは、カルミアの結界が魔獣に破られてなきゃ成立しないじゃん。カルミアの結界は王都に魔獣を近付けないためのものなんだから」
「確かに……」
王都の城壁付近に魔獣が近付いてしまった時点で最悪の事態と言えるだろう。
だが、新聞はそれを報じずロスベール公爵とカルミア様を庇うような内容を書いた。
これは一体、どういう事なのか。
そんなことを考えながら、私はピザトーストのチーズと格闘していた。
すると、レンゲ様は「ツミキ氏、フォークいる?」と聞いて下さったあと、
「ぶっちゃけさ、魔獣がカルミアの結界を破って王都にカチコミして、それをロスベール達聖騎士団がなんとか倒したけどその分ボッコボコにされたっていう無様な結果を隠したいから、わざとそう書いたと思われ」
とつまらなそうな顔でそう言った。
「まあ、なんやかんやで歴代最強の光魔法の天才であるカルミアと、めっちゃ強い聖騎士団を率いる最強の騎士ロスベールがいるなら大丈夫じゃない? 王都はあのロイヤルカップルにでも任せて、ボクらはカタツムリでも見てようよ」
レンゲ様はそう言ったあとカトラリーからフォークを取って、私のピザトーストに乗ったうにょーんと伸びるチーズを切って下さった。
「……むぐ。……レンゲ様。ありがとうございます。…………ですが、魔獣が王都に近付いてしまった以上、人々の安否が心配です。……幸い、王都には浄化の聖女であるカルミア様を始め、数多くのヒーラーがいますから、死者が出るとは思えませんが……でも」
それに、ロスベール公爵は国一番の騎士と称されるほど剣の腕がある方だ。
しかも、頭脳明晰である彼が率いる聖騎士団も、名門の家柄出身の天才騎士達ばかりである。
そんな彼らが魔獣に遅れを取るとは考えられない。
だが。
「王都の人々は、本当にご無事なのでしょうか。あの少年は……今、どうしているのでしょう。ただでさえ、自宅が火事になったというのに」
「! あの少年ってのは……話、聞いて良い?」
モクレン様にそう言われ、私は以前火事の中助け出した少年のことを話した。
「そっか……。そりゃ確かに、王都の人々のことは気になるよね」
モクレン様がそう言うと、レンゲ様も
「まあ……そう言われると……カタツムリ見てる場合じゃないと思われ」
と言って、ピザトーストの上に乗ったチーズとピーマンとベーコンをフォークで巻き取り、そこから食べ始めた。
レンゲ様は、ピザと相対する時は具と生地を分けてお召し上がりになるのだろう。
そんなレンゲ様と、再びうにょーんと伸びるチーズに弄ばれる私へ、モクレン様は仰った。
「正直俺も、王都の現状はこの目で見たいわけよ。……それにさ、もし新聞通りに無事だったら、それはそれで安心できるし。……だから、観光がてらに行ってみない?」
いつもの飄々とした様子のモクレン様へ、レンゲ様が鋭い目を向けた。
「……モクレン氏の目的は……それだけじゃないと思われ。……ボクもモクレン氏に全乗りするから、本当の狙いを言ってみなよ」
モクレン様の本当の狙い……?
それは一体何なのだろうかと、私は首を傾げた。
「レンゲくんには勝てねえな。……まあ、あくまでこれは杞憂だと思うんだけどさ。……魔獣が城壁に近付いてエライことになったと考えると、頭の良い兄貴ならきっと、この事態を【誰かのせい】にすることで悪意の制御……今風に言えばヘイトコントロールするだろうな。……それも、【絶対反撃してこない誰か】に」
モクレン様はそう言って、私を見た。
「そんなこと絶対にさせるか。先手取って裏をかいて…………現場をグッチャグチャに掻き乱してやる。兄貴がぶっ壊したマグノリア騎士団みてえにな。⋯⋯それに、気になる事もあるし」
モクレン様はそう言ってニヤリと笑ったあとピザトーストの齧りつき、丈夫そうな白い歯で野菜やベーコンやチーズ諸共を噛み千切ったのだった。
「兄貴ロスベールの天才的記憶力について、一つ確かめたいことがあるんだよ」
◇◇◇
「ロスベール様ぁ! あたしの結界が破られた理由は……死毒の化身であるユーフォルビア一族の七号が呪いをかけたからですっ!!! じゃなきゃ、あたしの結界が魔獣一匹に食い破られるなんて、そんなのおかしいじゃないですかっ!」
王都にあるポーラリス公爵家のロスベールの自室にて、ソファーに座る私――ロスベールの膝の上に乗ったカルミアは頬を膨らませながら、頑張って考えたのだろう拙い推理を聞かせてくれた。
だが、私は思う。
もしカルミアの言う通り、七号が呪いの力で魔獣を王都に呼び寄せ壊滅状態に出来るなら、ボロ雑巾のように扱われてきた七号は復讐のため、とっくの昔に王都を壊滅させているだろう……と。
だが私は、健気なカルミアの考えを否定しない。
何故なら、私にとってそれは『人の意見』ではなく『溺愛する子猫の甘い鳴き声と同じだった』から。
私にとってのカルミアは、可憐な子猫でしかない。
だからこそ、溺愛してやるのだ。
望むものは何でも与え、一切の労働も思考もさせず、甘やかし着飾らせて傍において可愛がる。
それこそ、女を幸せにしてやるということだ。
女を幸せにしてやることこそ、勝ち組の男として正しい行いなのだから。
「ぜっったい七号のせいなんですーっ!! 七号が呪いの力で魔獣を呼び寄せたに違いありませんっ!! それに、ここ最近王都に魔獣が死ぬほど増えたじゃないですか!! そのせいで、結界を何度も何度も貼り直すことになって⋯⋯もう疲れちゃいましたっ!! それもこれも、全部絶対七号の呪いのせいですーっ!!」
「カルミアは本当に可憐だ。美しく、無邪気で愛おしい」
そう言って頭を撫でれば、カルミアは頬を赤くして私を潤んだ上目遣いで見つめてくる。
「カルミア、お前の望みならば何だって叶えてやろう。……だから、私達の結婚パーティーに愚弟と七号の負け組夫婦を招待してやったのだ。……全く、お前は心優しい天使だな」
「だって、可哀想な七号に幸せのお裾分けをしてあげたいじゃないですか! 国一番の美男子であるロスベール様に溺愛されるあたしを見て、幸せな気分になって欲しいんですぅっ!」
「そうかそうか。お前は本当に心優しいのだな。身も心も美しい」
カルミアの心は美しい。
何故ならば、私と言う勝ち組の男に護られ所有されることを望むカルミアは、女として正しいからだ。
正しいものは美しい。
だから、カルミアの心は美しい
「あたしの花嫁姿とロスベール様のカッコイイ花婿姿を、七号にも見せてあげたいな〜。七号もきっと、ロスベール様の花婿姿を見て喜びますよっ! きっと、喜ぶだろうなぁ。だって、……自分の夫はあの白豚なんだから。……ぁはは」
カルミアは私の胸に顔を埋めながらそう言った。
「……そんなことをしたら、私とカルミアの仲に嫉妬した七号が、呪いの力で魔獣を呼びせるのではないか?」
「はっ! ぁ、あ……そうでした! あたしってば……もぅ〜〜!! ばかぁ〜〜!」
真っ赤な顔で恥じらうカルミアの額に口付けた瞬間。
「そうか……。七号が呪いの力を持っていると……断罪すれば良いのか」
ふと閃いた。
私にとって、カルミアは子猫だ。光魔法の天才ではあるが、知能面は子猫と同等である。
そして、王都にいる国民も、私の指示を聞かずにパニックを起こすような低知能共だ。
ならば、低知能共には、私という天才の言葉より、カルミアの意見の方がわかりやすいのではないか?
カルミアの結界が破られ、私と聖騎士団が壊滅し、王都が地獄絵図になった理由は、私とカルミアの中を妬んだ七号による呪いによるもの。
そうだと知った国民の悪意は、七号へと向けられるだろう。
「……カルミアは、本当に天使だ。天が私に遣わした幸運そのものだな」
私は頭脳明晰で、知能指数は140を超える天才である。
知能指数の平均は100であることから、私は天才の中でも特に優れた傑物であると自負している。
それに、一度見た書物は写真の様に覚えてしまう最強の記憶力を持つ。
そのため、今まで受けて来た試験は全て満点で、王都の大学の中で最高峰の難易度を誇る法学部も首席で卒業した。
周囲の人々は跪き、私を天才だと崇めるのが当然だった。
つまり、私は孤高の天才であったのだ。
だが、そんな孤高の運命も選ばれし者の宿命であると、私は理解していた。
――――――そんな孤高の天才ロスベールは、負け組と見下した弟が牙を研いでいることなど知る由もなく。
結果として、ロスベールは見下していた弟に完敗する運命にあることを、彼はまだ知らないでいた。