16・本日の雑談~ヨーグルトアイスと共に~
夜。
夕食を終えて入浴したあと、ナイトドレスを着た私は食堂に向かった。
目的は、モクレン様との雑談である。
この前の朝食時にて、モクレン様から『これからは俺と飯食いながら雑談をしよう』とお誘い頂いたからだ。
「モクレン様。本日はよろしくお願いいたします」
「はいよ〜、ちょっと待ってね」
モクレン様はレンゲ様が開発した白い箱のような冷凍貯蔵庫型魔道具から、生クリームが添えられた白いアイスとブルーベリーが乗ったデザートグラスを二つ取り出した。
「俺特製のヨーグルトアイスだよ。まあ、苦手だったら俺が食うから、気軽に食べてみて」
「ありがとうございます」
「そうだ。今夜は風も無いし星と月が綺麗だからさ、バルコニーに椅子とちっさいテーブルを出して外で食べようか」
「かしこまりました」
両手がデザートグラスで塞がっているモクレン様の代わりに、バルコニーへの扉を開けた。
そして、椅子と小さいテーブルを外に出すと、モクレン様は
「助かる〜! ありがとう!」
と笑ってお礼の言葉を下さった。
私も、モクレン様の笑顔を見ているとありがとうと言いたくなるから不思議である。
◇◇◇
「ヨーグルトアイスと言うのはとても不思議ですね……!! 舌触りの優しい甘さのあとに来る爽やかな酸味がクセになります。甘さのあとには酸っぱさが欲しくなり、そうしたらまた甘さが欲しくなる……。一度口にしたら止まらない。まるで甘みと酸味の循環に囚われてしまうようです……!」
バルコニーにて椅子に座り、ヨーグルトアイスを食べると、冷たい甘さと酸っぱさに私は『飛ぶぞ状態』になった。
しかも、ヨーグルトアイスには冷たい生クリームが添えられている。
そうすると、ヨーグルトアイスの涼しい甘酸っぱさが生クリームと溶け合い滑らかな味わいとなる。
ヨーグルトアイス、恐るべし。
「ツミキちゃん、いつも美味しそうな食レポをありがとう。……ツミキちゃんがウチに来てくれてから飯作るのが楽しくって。……レンゲくんは何食わせても『美味と思われ』しか言わないし、そもそも生活リズムが滅茶苦茶過ぎて一緒に飯食うこともあんまないからさ」
「確かに……レンゲ様は魔道具開発に熱中されると、食事を取る余裕も無いというご様子ですからね」
騎士団の基地から帰宅後、レンゲ様は『こないだ廃棄場で拾ってきた部品で魔道具作りたいから、ボクの分の晩御飯は大丈夫』とだけ言って、地下室に籠もってしまわれたのだ。
「レンゲ様は廃棄場で拾ってきた部品と仰いましたが、魔道具の部品になるような物がそんなにたくさんあるのですか?」
「あ〜、それはね……」
モクレン様はヨーグルトアイスを一口食べてから、星空を見ながら言葉を続けた。
「廃棄場には、隣の聖ペルセフォネ王国から引き受けた魔道具の粗大ゴミが大量にあるんだわ。あっちの国の文明はエグいくらい進んでるからさ、聖ペルセフォネ王国が出したゴミも、この国からしたら最先端の魔道具の残骸ってわけよ」
「そうですか……。でも、どうして隣国のゴミがプルトハデス国に……?」
進んだ文明を持つ聖ペルセフォネ王国から引き取った魔道具ゴミの廃棄場にて、レンゲ様は部品を集めて独自に魔道具を開発されていたのだ。
だから、スマホだの円盤型掃除機だの冷蔵貯蔵庫だのと言った驚くような魔道具を開発することが可能だったのだろう。
だが、そんな粗大ゴミを何故この国が引き受けているのだろうか?
「答えは金だよ、金。ゴミを引き受ける代わりに金もらってんだよ、うちの国は。……そうでもしないと、この国は食ってけないから」
モクレン様はいつもの軽い調子で話している。
自分の国の現状を憂うでもなく怒るでもなく、淡々としていた。
「国土の三分の二が死毒の森に食い尽くされて、資源はジリ貧だし。……この国が絶望の国って呼ばれてんのは言い得て妙だね」
「…………申し訳ございません」
「え? どうしてツミキちゃんが謝るん?」
「全て、我々ユーフォルビア一族のせいです。この国の厄災は全て、我々が原因なのですから」
「…………ごめん、そう言うつもりで言ったわけじゃなかったんだ。……でも、ツミキちゃんからすりゃ、そう、思うよな……」
モクレン様は眉を八の字に寄せ目を伏せたあと、傍のミニテーブルにデザートグラスを置いた。
「ツミキちゃん、ごめん。……話題を選ぶべきだった」
「? なぜモクレン様が謝るのですか? 全ての原因は私達ユーフォルビア一族にあるのですから、断罪を頂くことはあれど、モクレン様が謝罪のお言葉を口にする必要はございません」
王都では、カルミア様やロスベール公爵や聖騎士団達や他の大貴族達から、この国を破滅に追いやった罪深きユーフォルビア一族として毎日叱責を頂いていた。
それは当然のことだと思う。だからこそ、モクレン様が悲しそうに謝罪の言葉を口にするのが、理解出来ない。
「カルミア様とご家族を始め、王都に住む貴族達からは、ユーフォルビアさえ生まれて来なければこんな事にはならなかったと毎日教えを頂いておりました。その子孫である私達は、プルトハデス国の温情によって生かされる人型戦闘魔道具だと言われております。ですので、モクレン様が謝罪する必要はありませんので、ご安心下さい」
「……人型……戦闘魔道具……だって?」
「? どうされまし――――!?」
ミニテーブルにデザートグラスを置いていて良かった。
何故なら、今。
「……モクレン様?」
私はモクレン様に抱きしめられたからだ。
しかも、モクレン様の腕はぎゅうっとして強い。
何が起きた? どうしてこのような事態になった?
モクレン様の体温と微量の汗の匂いと、意外としっかりした腕に抱かれる感触を覚える。
まるで、湯に身を浸けているかのように心地良い。
「ツミキちゃん、君は人だ。……人形戦闘魔道具なんかじゃない。……君は、人なんだよ」
「…………どうして」
「え?」
「モクレン様は、どうして私を抱き締めているのですか?」
私は罪深きユーフォルビア一族として、触れるどころか目にすることすら穢らわしいとされて来た。
そんな私をモクレン様はどうして抱き締める事が出来るのか。
私の疑問へ、モクレン様は少し変わったお答えをされた。
「ごめん、わからん。……わからんけど、なんか……言語化しようと頭働かせるよりも先に、体が動いたって感じ。……いや、マジでごめん」
モクレン様は何度も謝ってから、私からそっと離れてしまった。
あれ? 離れて、しまった……?
「私は今、モクレン様が離れて『しまった』と思いました。離れた、ではなく『離れてしまった』と判断したと言うことは……私は……モクレン様に抱きしめられる状況の存続を、望んでいると言うことなのでしょうか?」
「え……あ、あの……ちょ、ま、え……ぇえ」
「どうされたのです、モクレン様。私は何かおかしな事を申し上げてしまったのですか?」
「ド直球に言ったよ。もしこれがロマンス小説なら、『いやお前が恥じらうんかい』って言われるわな……。いや〜……吃驚した。……ツミキちゃんってさ、たまにとんでもない剛速球ぶちかまして来るよね」
「恐れ入ります」
夜空の下でも分かるほど、モクレン様は頬を染めて汗をかいている。
「まあ、ねえ。そりゃ、俺もさあ、ぶっちゃけ美青年ですしぃ。甘いこと言われたり、褒められたりすんのには慣れてるけどさ〜」
「はい。夜空に輝く星を溶かしたような白金色の髪と、夜明けの空を思わせる紫色の瞳持つモクレン様には、美青年と言う形容詞が当てはまるでしょう」
「…………また、そうやってド直球ぶん投げて来てさぁ。しかもツミキちゃんって、お世辞とか言えない系でしょ? それって、ガチってことじゃん。しかも、褒めるとこが髪と目って……それって」
モクレン様は頬を赤くしたまま、私から目を逸らした。
「ガキの頃から変わんないものだからさ。……髪と目だけは、ガキの頃の……ままなんよ」
「子供の頃……ですか?」
「ん。……ツミキちゃんはもしかしたら知ってるかもだけど。俺さ、ガキの頃……すげえ太ってて顔中ニキビだらけで、白豚だの歩く汚物だの至極真っ当な不細工って、言われてたわけ」
モクレン様は私から目を逸らしたまま、子供時代の話を始めた。
確かに、モクレン様と子供の頃に一悶着を起こしたカルミア様は、彼を
『ぶくぶく太って顔はニキビだらけの不細工な白豚男』
と言っていたと思い出す。
「ポーラリス公爵家にいた頃さ、大奥様とか呼ばれてる祖母さんと嫁入りしてきたロスベールの母ちゃんがクソ仲悪くて。そんな時、祖母さんの息子……ロスベールの親父が、俺の母ちゃんと不倫して、俺が誕生したわけで。……ロスベールの母ちゃんからしたら、俺って旦那の不貞の子だから存在するだけでも嫌なんよ」
モクレン様は自身の出自をどうでもいい世間話でもするように話した。
単位目的で教授の気を引く時はこの話を嘘泣きしながら語ったそうだが、本心ではどうでも良いと言う具合なのだろう。
「んで、祖母さんは自分の大嫌いな嫁――ロスベールの母ちゃんへの当て付けで俺を溺愛したわけ。……私の可愛い王子様〜なんつって、生クリームが詰め込まれた菓子とか油モンとか、食い過ぎると太るモンを小さい頃からめっちゃ食わせてくれてさ。……しかも、男が大人になる時って肌も荒れやすくなるからニキビとか超出来るじゃん。ただでさえデブなのに顔はニキビだらけでグッチャグチャ。……それがガキの頃の俺」
今のモクレン様は、白磁のような肌と健康的な肉体をされている。
きっと、ホオノキ様に引き取られてから、色々と変わったのだろう。
「だけどさ。ホオノキ婆ちゃんに引き取られて健康的になって、しかも背がぐーんって伸びて。そしたら女の子達に美青年とか言われたけど、中身はガキの頃のまんま。……カルミアに『気持ち悪い』って言われた時のままで止まってんの。……だから、顔とか外見を褒められても何も思わないし、寧ろ『お前ガキの頃の俺見て同じこと言えんのかよ』って思ってる」
「……モクレン様……」
「おかしいよね。俺はツミキちゃんのこと美女って褒めるくせに、自分が見た目のこと言われたら苛つくってさ。自分でも性格悪いなって思うんだわ。…………でも」
モクレン様は私の目を見て微笑んだ。
「ツミキちゃんが褒めてくれてるのは、髪と目じゃん。……髪と目だけは、ガキの頃から変わってないから。…………それに、ツミキちゃん前に言ったっしょ。『心が無いから顔の美醜がわからない』って」
「はい。私は顔を見て個人の判別する能力はありますが、顔の美醜の判別は出来ません。……何も、わからないのです」
私がそう言うと、モクレン様は楽しそうに白い歯を見せて笑った。
「だから、ツミキちゃんがド直球に俺の髪と目を褒めてくれるのが、すげー嬉しいんだよ」
「恐れ入ります」
美醜を判別出来る心を持った令嬢達の言葉へ苛立つモクレン様は、美醜が判別出来ない心無き私の言葉を喜んで下さった。
なんだかとても不思議な話だ。
だが、モクレン様が喜んで下さったのは、私も嬉しい状態になるので、それで良いかと思う。
「ツミキちゃん、ありがとね。ちょっとだけ、自分のこと許せるようになったよ」
「恐れ入ります」
「こういう時はさ、『どういたしまして』で良いんだよ」
「⋯⋯かしこまりました。では、どういたしましてと変更いたします」
私はそう答えたあと、溶けかけたヨーグルトアイスを食べた。
涼しい甘みと酸味が心地良い。
可能なら、明日も食べたい所存だ。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「ヨーグルトアイス、美味いよな」
「ツミキとモクレンが雑談する穏やかな空気、エモいぜ」と
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