12・ドレスをデザインして頂きました
「それにしても困ったな……ツミキちゃんのドレスを用意したいけど、ドレスなんて王都にしか売ってないし……」
私が美味しい朝食で『飛ぶぞ』となったその後。
広い食堂のソファーに座ってのんびりしていると、隣りに座るモクレン様は腕を組んで
「どうしたもんか……」
と悩み始めた。
「ドレスですか? モクレン様のお心遣いを否定してしまい申し訳ございませんが、私には必要ありません。ローブが二、三枚あれば充分です」
王都のペールカルム伯爵家で管理されていた頃、私は常に魔獣の返り血にまみれていた。
そんな私にドレスなど必要無いだろうと思うが、モクレン様は
「まあまあそう言わず。気持ちと思って受け取ってよ。それにさ、ツミキちゃんはただでさえすげえ美女なのに、ドレスでお洒落したらもっとすげえ美女になるわけじゃん? 俺がそんなツミキちゃんを見たいだけ。だから、俺の我儘に付き合ってよ」
とお心遣いをくださった。
『俺の我儘』と言うのは、ドレスを贈ろうとしてくださるお心遣いと文脈が反するため、謙遜に似た意味を差すと予想できる。
だが、モクレン様の仰る『美女』と言う言葉は、褒め言葉であるとわかってはいるが、何かを審美するための心が無い私にとって、それは得体の知れない単語でもあった。
せっかくモクレン様に優しさとお気遣いを頂いているのに、その褒め言葉のありがたみが分からないのは申し訳無い。
モクレン様のお言葉をもっと理解するためにも、言語能力や会話技術の向上に努めたい所存だ。
「モクレン様。恐れながら申し上げますと、この資源に乏しいプルトハデス国において、ドレスは超高級品だと存じます。安価なものでも王都の家が買えるほどの値がありますから。私には勿体無き代物です」
確か、カルミア様は私に『パパとママやロスベール様はあたしのことが大好きだから、毎日新しいドレスを買ってくれるの! このドレス一枚で、平民が五年は遊んで暮らせるんだって! すごいでしょ!』と教えてくださった。
カルミア様は浄化の聖女だから、権威を保つために必要なのだろう。多分。
そんなことを思い出した、その時だ。
「別に、お金をかけなきゃ良いものは作れないってわけじゃないよ。デザインって意外と奥が深いんだから」
私の背後から、やけに気の抜けた声がした。
「ボクがドレスをデザインをして、それを証明してみせよう。仕立てるのは半日もありゃ余裕余裕」
「! レンゲ様! ……おはようございます」
いつの間にか背後にいたレンゲ様にご挨拶すると、モクレン様も
「レンゲくんおはよう……つかもう昼だけどな」
と続く。
そんなレンゲ様はモクレン様が座るソファーの肘掛けに腰を下ろし、細く長い足を組み、
「ツミキ氏、サロン・ド・オーヤマって知ってる? ボク、そこの息子なんだ」
と腰に下げた金属板の魔道具を手に取った。
「サロン・ド・オーヤマ……ですか? 恐れ入りますが、存じ上げません」
「そっかそっか。まあ、そんな名前のサロンが東の地方にあるんだけどね。王族貴族や資産家や芸術家みたいな金持ち相手に、ドレスを仕立てたり髪型を結ったりしてるんだ」
レンゲ様はそう言ったあと、金属板の側面に付いたペンで画面をつついた。すると、画面は光って一面白色になる。
「サロン・ド・オーヤマのデザインのテーマは『シンプルながらもアヴァンギャルドに。親しみやすく、記憶に残ること』なんだ。王都で流行ってるドレスはみーんな、サロン・ド・オーヤマのデザインを元に作ってるんだよ」
「なんと……! つまり、流行の最先端というわけなのですね」
「そう。でも、王都で流行ってるドレスは、宝石とかレースとかフリルとか高価な装飾を足しまくって、どれだけ値段が高いかでマウントを取り合う道具になっちゃってるのが現状でさ。悲しいね」
レンゲ様は少し悲しげな顔でそう言うと、ペンで白い画面に何かをサラサラと描き始めた。
この金属板は、携帯キャンバス型魔道具と言ったところだろうか。
「だから、サロン・ド・オーヤマの筆頭デザイナーのママ……アイリスも、金持ち共の我儘なオーダーに応えるのが嫌になっちゃったみたいでさ。だから、最近はもう話の分かるお得意様しか相手にしてないんだって」
「そうなのですか……」
そんな敷居の高いサロンのご子息であるレンゲ様にデザインして頂くドレスと言うのは、結果としてとんでもなく高額な価値を持つのでは。
事の重大さを認識した今、背筋が固くなった。
しかし。
「そんな緊張しなくて良いよ、ツミキちゃん。俺の騎士服もレンゲくんの作品だから、お揃いよお揃い」
そう言って笑うモクレン様の騎士服は、王都で流行している騎士服とは大きく異なっている。
左右対称で装飾が多い王都の騎士服に比べて、モクレン様の騎士服は左右で形が違っていたり、白い騎士服に鮮やかな黄色が差し色として使われていたり……といった新鮮さがあった。
なるほど。これがサロン・ド・オーヤマのスタイルなのか。
確かに、『シンプルながらもアヴァンギャルドに。親しみやすく、記憶に残ること』と言うテーマと合っていた。
「出来たよツミキ氏。いったん確認して、調整点あったら教えてくれる?」
レンゲ様はそう言って、金属板に描かれたドレスのデザインを見せてくれた。
「黒系統の中に、マグノリア地方の特産である紫を差し色にした、シンプルクールでアヴァンギャルドなデザインにしてみましたー。宝石とかレースとかフリルとか、お金のかかる装飾は一切使ってないから、安心して」
「確かに……色は黒系統に絞られており、王都では見たことのない装飾と形をした、不思議なデザインですね。……一度見たら、忘れないでしょう」
レンゲ様がデザインしたドレスは、黒と白のコントラストが多様されつつも視線が惑わないという、不思議なものだった。
しかも、本来なら衣服を締めるためのベルトが装飾品としてスカート部分に乗っていたり、黒いフェイクフェザーが袖に入っていたり……と目新しさと高級感に満ち溢れている。
カルミア様が『七号もこんな可愛いドレス着てみたいでしょ?』と毎日異なるドレスを着て見せて下さったが、レンゲ様がデザインしたドレスと似たものは見たことが無い。
「こ、これが……アヴァンギャルド……なのですね」
そう呟いてレンゲ様を見る。
確かに、レンゲ様の格好も王都の流行とは異なる雰囲気がある。
真っ青な髪はところどころ空色をしていたり、耳にはピアスが沢山空いていたり、白い花の模様が描かれた女性用と思われる上着を着ていたり⋯⋯と、アヴァンギャルドであった。
そんなアヴァンギャルドなレンゲ様は、
「それと、もし良かったら、ツミキ氏の髪もボクに任せてくれる? ボク一応理髪外科医……流行りの言葉で言うと美容師の免許持ってるからさ」
と仰った。
確かに、私の髪は伸び放題で鬱陶しい。
それが解消できるならありがたいことだ。
でも。
「よろしいでしょうか? モクレン様」
モクレン様に許可を頂かなくては駄目だろうと聞いたら、彼は不思議そうな顔をした。
「え、どしたの? ツミキちゃんの髪だから、君が自分で決めて良いんだよ」
「そうなのですか? ロスベール公爵からは『お前はモクリエールアレンの所有物として、死ぬまで奉仕し続けろ』と言われました」
「……マジか」
モクレン様は表情を無くした真顔になられた。
「ツミキちゃん。俺達は『人』であってモノじゃないよ。⋯⋯人をモノ扱いして所有する権利なんて誰にも無いって、俺は思うんだ。……だから、君の髪は君の判断に任せる」
「! 私の、判断……」
そう言えば、モクレン様は私にツミキと言う名前を与えて下さった際、
『これは提案だから断ってくれて良いんだけど』
『もっと良いのが思い付いたら変えて良い』
と、最終判断は私に任せてくださった。
私は、モクレン様に人として扱われていたのだと、今この時初めて気付いたのだ。
モクレン様だけではない。
ホオノキ様やレンゲ様も、私を人として扱っていたのだろう。
そう思うと、何故だろうか。いつもより背筋が伸びて、呼吸がしやすくなった。
「モクレン様。……今、私は初めて自分に関する最終決定権を持ちました。……すると、なんでしょう。……背骨とはまた別の、真っ直ぐな芯が背中に通ったような気がします」
「自分に関する決定権を持った瞬間、背中に通ったまっすぐな芯か……それって、自我なのかもしれないね」
「自我、ですか? 心無きユーフォルビア一族の私に……自我?」
納得出来ずにモクレン様の顔を見ていると、彼は
「まあ……俺は心の医者でも専門家でも無いから上手く説明出来るかわからんけど」
と前置きした。
「例えば……船ってさ、船長と舵輪があるじゃん。ほら、面舵一杯〜っ! とか叫んでくるくる〜って車輪回すヤツ」
「はい。絵本で見たことがあります」
「でしょ? それを人に置き換えてみると、『船長が自我』で、『舵輪が心』って感じにならないかな。……ほら、船長って船の行き先を決定する人でしょ? んで、ツミキちゃんもさっき『自分に関する最終決定権を持った』って言ったわけで。……つまり、船の最終決定権を持つ船長……それが、自我ってことで……大丈夫そう?」
「なるほど。……そう言われてみれば、髪を切るかどうかの判断を目的地に置き換えたら、航路の最終決定権を持つ船長は自我と同等であると言えますね」
「良かった〜。……正直、もっと上手い言い方があるとは思うんだけど、俺にはこれが限界だわ。…………んで、次は舵輪の話だね」
モクレン様は舵を回す動作をしつつ、説明を続ける。
「んで、舵輪が心ってのは……嬉しい状態になるとき、面舵一杯〜みたいに嬉しい一杯〜ってなるって考えてみ? そうすると、嬉しい一杯〜から悲しい一杯〜って舵を真反対にぶん回したら、船の進む方向が無茶苦茶になるでしょ?」
「確かに。急に真反対へ方向転換したら、航路は乱れ船が揺れてしまいます」
「そう! それに、岩にぶつかったり嵐に煽られたら、その影響で舵が真っ直ぐ取れない時があるじゃん。……それらを、悲しい出来事やムカつく出来事に置き換えると、心が揺さぶられて破茶滅茶になるってのも何となく説明が付くかと思うんだけど、どうかな?」
「ああ……! なるほど」
私と言う船に、ようやく船長が現れたのだ。
そう考えると、『頼みますよ、船長』と挨拶したくなった。
だが。
「……私の船には、心……つまり、舵輪がありません。……それに、外的要因……例えるなら風を受けて進む帆も無いのでしょう。……だとすると、私は船と言うより、筏のようですね」
せっかく芽生えた船長が、筏の上で膝を抱えている図が浮かんだ。申し訳ない。
そんな想像をしていると、モクレン様はにっこり笑って
「そんならさ、その筏を色々改造してカッコいい船にしちゃおうよ。どんな帆を付けるか、船首は何にするか、甲板や船壁はどうするか……。そんな感じで、ドレスも髪型も良い感じにしてみよう」
と私の両肩を優しく叩いたのだった。
どんな船にしたら、船長は喜んでくれるのだろうか?
私は、筏の上で膝を抱えている船長のことを考えた。
◇◇◇
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