10・僭王の大敗(ロスベール視点)
「ロスベール公爵。ご命令通り、死毒の森は焼き払いました。残りの死毒の森も、今年中に全て焼却することをお約束します。次期教皇王たる貴方様のお力になれること……実に恐悦!」
ポーラリス公爵家の屋敷の応接室にて、豪華なソファーに足を組んで座る私――ロスベールと、その膝に座るカルミア達に向かって、豪華な白い祭服を着た数十名の老人達を率いる枢機卿長のファウストがそう言って跪いた。
ファウストは若くして枢機卿長となった優秀な男である。
片目の視力が悪いと言ってモノクルをかけているが、それ以外に欠点は無い。
そんなファウストに、残りの枢機卿達も続いて跪く。
私は連中に、ありがたい言葉をくれてやった。
私の家柄は、この国を創生した女神プルートの末裔である。
女神プルートを信仰するプルトハデス教にとって、私の存在は女神に等しいものだろう。
「ご苦労だった。馬鹿な連中は『焼かれた死毒の森の灰と火の粉が健康的な森を破壊し、太古の昔よりこの大地に自然の力を授けているエルフ族が暮らせなくなる』と反対し続けていたがな」
ようやく、私が考案した無駄を削減する政策が始められる。
これで、この国は救われるだろう。
「何が森に住むエルフ族への配慮だ。努力し人の社会に順応した個体がいるにも関わらず、努力不足の負け組のために、我々は今まで死毒の森を焼き払うと言う効率的な選択を取れなかったのだ。大体、森に住むエルフ族を肉眼で確認した奴は今まで誰一人いないだろう」
苛立ちながら吐き捨てると、膝の上に座るカルミアの華奢な肩を片手で抱きしめた。
「それだけではない。用無しの防御壁にユーフォルビア一族。……この国は、多くの無駄を放置して来た」
百年間、死毒の森に侵食されつつも、このプルトハデス国にはそれ以外の悪いことは何も起こらなかった。
それは、浄化の聖女が結界を張っていたお蔭だろう。
「百年間、この国を護ってきたのは防御壁でもエルフによる自然の力でもユーフォルビア一族でもない。浄化の聖女だ」
私がそう言うと、カルミアは
「そーだそーだっ! さすがですっ! ロスベール様ぁっ!」
と援護射撃をした。
カルミアは、国一番に美しいと称されるアクアマリンの瞳とクリームブロンドの髪を持つ女である。
最高級の女を所有し庇護下に置くことこそ、男として勝ち組だと言えるだろう。
一方、ユーフォルビア一族の七号は、実に穢らわしく醜い化け物であった。
何故、この私が。ロスベール・ポーラリスが!
女神プルートの末裔である選ばれた血統を持つこの私が、この国を破壊した大罪人ユーフォルビアの子孫と言う穢れた化け物と番わねばならないのだ!?
あの様な汚らしい化物と色を交わすなど、背筋が凍るほど気色悪いことである!
ああ、想像するだけで気持ち悪い。
「穢れたユーフォルビア一族という何の成果も出せない連中よりも、百年間この国を結果で護り続けた浄化の聖女を優先すべきだ。この国の問題は、光魔法の天才であるカルミアさえいれば全て解決するのだから」
頬を赤くし目を潤ませたカルミアは、惚けた顔で私を見上げる。
この国が百年間無駄なことをしたせいで、カルミアは不当な労働を強いられてしまった。
「新聞には、カルミアがどれだけ素晴らしい女であるのかを国民に知らせるべく、毎日お前を褒め称える記事を書かせているからな。⋯⋯この前、羆魔獣の子供に慈悲を見せたお前の天使のような行いは、この国の童話にすべきだ」
そう言って、カルミアの傷一つない柔らかな手に口付けた。
護るべき女に労働などさせてはならない。
女の手を労働で汚すなど、男として言語道断だ。
「それに、七号がおらずとも、魔獣など私が育てた聖騎士団が殲滅できる」
私が育てた才能溢れる五十名の聖騎士達は、剣の腕も頭脳も明晰で家柄も優れている。
才ある勝ち組を五十名も育てた己の手腕が誇らしい。
大罪人の末裔など比べ物にならないだろう。
「やはり、文武二道の私の妻には、存在自体が無駄な七号より、光魔法の天才であるカルミアが相応しい。そのことを理解し婚約破棄の提案に賛同した貴様らの選択は、称賛に値する」
そう言った私を、ファウストを始め枢機卿の老人達は跪きなから褒め称える。
そして、平身低頭と言った様子でぞろぞろと部屋から出て行った。
すると、カルミアが私へ飛び付いて来たではないか。
「やっと二人きりになれましたねっ! あの人達、もっと早く出て行ってくれたら良いのにぃっ」
そう言ったカルミアが頬を膨らませた。
まるで幼子のような言動をするカルミアは、護るべき女としてお手本のような存在である。
女は弱い生き物だ。
だからこそ、男が護らなくてはならない。
そのため、女は男の庇護を得るため美しく弱々しい存在であるのが正しいと言えよう。
そして、傍に置く女が美しければ美しいほど、そんな女を手に入れた勝ち組の男として称賛されるのが人の世だ。
子供の頃、人を導くためには勝ち組になる必要がある、と父上はお教え下さったから。
その教えに従い、私は幼き頃から天賦の才に甘えることなく努力を重ね、国一番の美女であり浄化の聖女カルミアを所有する勝ち組の男となったのだ。
「カルミアこそ私に相応しい姫君だ。私の女であると全国民に知らしめてやりたいくらいだ」
私は、カルミアの細い顎を片手でクイッと持ち上げた。
すると、カルミアは頬を真っ赤にして
「ひゃ……ぁ、あ……な、なに言ってるんですかっ! ロスベール様のすけべっ! へんたいっ!」
と、私の胸板をポコポコと叩いた……その瞬間。
部屋のドアが突然開かれ、聖騎士が慌てて乱入して来たではないか!
「ロスベール公爵! 死毒の森から発生した魔獣がこちらへ向かっています!」
従者は青ざめた顔で報告した。
だが、それがどうした?
「結界があるだろう。光魔法の天才であるカルミアの結界が破られるなど」
「それが……もう食い破られてます」
「……は?」
それしか言えなかった。
カルミアも目を丸くし、固まっている。
カルミアの結界が食い破られたなど、理解不能だ。
だが、それで混乱するほど私は愚かではない。
食い破られたなら、迅速に魔獣を対峙すれば良いだけ。
あの七号が瞬殺出来るほどの雑魚など、手塩にかけた聖騎士団と最強の騎士である私の相手ではない。
◇◇◇
巨大な羆の魔獣は、私が率いる聖騎士団が倒した。
しかし、聖騎士団の三分の二が重傷を負い、私自身も酷い大怪我を負う大惨事となった。
「何故……こうなった?」
一番最悪だったのが、逃げ遅れた住民がパニックを起こしたせいで現場の統率が取れなかったことだ。
恐怖と混乱に支配された子連れの住民が、よりによって剣を振るう寸前の聖騎士の前に飛び出し大怪我を負い、それがさらなる混乱を呼ぶという異常事態となってしまった。
しかも、羆魔獣は我々の予想を完全に超えた、とても奇妙な行動をとったのだ。
奴は、私達聖騎士団を無視して、一心不乱に果物屋の『りんご』やケーキ屋の『アップルパイ』に異様な執着を見せた。
その隙に羆魔獣を倒そうとすれば、私達聖騎士団の殺気を気取った奴は爆音波のような咆哮を上げ私達を吹き飛ばすと、なんと『カルミアや彼女に似た少女を執拗に追い回した』のだ。
まるで『カルミア=食べ物』と思い込んでいるような、そんな雰囲気であった。
泣き叫んで浄化どころではないカルミアと、逃げ惑う住民と、異様な行動を取る羆魔獣によって現場は大混乱となったが、プルトハデス教から大勢のヒーラーが派遣されたお蔭で、死者が出ていないのが唯一の救いである。
「何故だ……何故、最強の騎士である私と聖騎士団が壊滅しなければならない。……七号は、何匹もの魔獣を軽々と瞬殺していたと言うのに。⋯⋯それもこれも全て、私の指示を聞かずパニックを起こした低知能共と、異常な行動を取る羆魔獣のせいだ」
そう呟く私の隣で、カルミアは怯えて泣きじゃくっている。
まるで今日の晩飯はお前だと言わんばかりに羆魔獣から追い回されたのだ。無理もないだろう。
そんな絶望の中、数名の治癒師に治癒魔法をかけられている女の傍で、乾いた目をしている少年が私に向かってこう言った。
「お母さんは……なんで聖騎士に斬られたの?」
「それは貴様の母親が周囲を確認せず走り回ったせいだ。だが、混乱した状況下のこと。聖騎士の公務執行を妨害した罪は免除してやろう」
私は少年に温情を与えた。
隣にいるカルミアも「さすがロスベール様。なんて心優しいの」と続く。
しかし、少年は絶望を超えて苦笑いしか出てこないと言った表情で、言葉を続けた。
「僕、知ってるよ。お父さんから聞いた。……ロスベール公爵は『防御壁の修繕は無駄って言って、その為のお金を浄化の聖女に全部使った』んでしょ。……その結果が、これだよ」
「よく聞け少年、カルミアの結界を食い破るほどの魔獣の猛攻を、防御壁如きが防げるわけないだろう」
そもそも、防御壁などで魔獣など防ぐなど不可能だ。
私は心優しいので子供を論破することはしないが、『そんなことも分からないとは、なんて低知能なガキなんだ』と内心では思っていた。
……しかし、私の優しさがわからぬ低知能のガキは、体温の無い目を私に向けながら無礼極まることを抜かしたのだ。
「確かに、魔獣は壁くらいじゃ防げなかっただろうね。…………でもさぁ。防ぐことは無理でも『住民の避難のための時間稼ぎ』くらいには、なったんじゃないの? そしたら、現場が混乱することもなかったんじゃない?」
「……何を、バカなことを……っ! そもそも、貴様ら低知能共が私達の指示を聞かずに大騒ぎをしたから、このような壊滅具合になったのだ!」
「……それにさ、この前新聞に『美しい心を持つカルミア様が、怯える羆魔獣の子供にアップルパイを与えて慈悲を見せた』ってあったけど⋯⋯⋯⋯もしかして、その魔獣が大人になって、食べ物目当てで王都に来たんじゃないの? ねえ」
乾いた目をした子供は、人を小馬鹿にするような歪んだ笑みを浮かべている。
「アップルパイみたいに甘いカルミア様の結界だから、きっとパイみたいにサクサク食い破られたんだろうね。今度僕にもご馳走してよ」
「貴様ッ!! カルミアになんてことを!」
親の代わりに躾けてやるつもりでガキに殴りかかったが、傍にいたヒーラー達に「子供相手に何してるんですか!」と止められた。
その隣で、カルミアも
「ロスベール様に向かってなんて口聞いてるの!? 親の顔が見てみたいんだけど!!」
と怒っているが、ガキは
「そりゃこっちの台詞だよ」
と言うのだった。
倒壊した建物と、血飛沫と、大怪我を負った大勢の住民達と、壊滅した騎士団。
そんな状況の中で、ガキは呟いた。
「火事の時に僕を助けてくれた、黒髪の綺麗なお姉さんがいてくれたらな」
◇◇◇
ついに始まりました死神令嬢!
ちょっとでも「面白い!」「先が気になる!」「ツミキ美味い飯食え!!」「ロスベールとカルミアには因果応報を!」と
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