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9話 音のない通学路

 その日、防衛課に最初の通報が入ったのは午前7時45分。

 登校中の中学生から、こんな連絡が寄せられた。


「通学路で音が消えるんです。自転車の音も、自分の足音も。耳がおかしくなったみたいで、気持ち悪いです」




 ……耳の異常? 最初はそう思った。


 だが、同じエリアで“複数の生徒”が同様の訴えをし始めたとき、防衛課はすぐに動いた。


「現場は第四中学校西の通学路、住宅街の中ですね」


「今のところ、怪獣らしきものの“目撃”は?」


「ありません。ただ……みんな、“誰もいないのに、音が吸い込まれてる感じがする”って」


「……見えないタイプ、か」



 俺、西条修一(青柳市防衛課・現場統括係長)は、音響分析班の担当とともに通学路へと急行した。

 時間は午前8時18分。現地ではすでに警察と学校側が通学路を封鎖し、迂回ルートが敷かれていた。


 音響班の三谷がマイク付きの測定器を通路に向けると、機器の針が――妙な動きをした。


「通常、無音の状態でも空気振動はわずかにあります。ところがここ、完全にゼロです。これは“吸音”というより、“消音”です」


 現場は幅4メートルの生活道路。両脇に低い民家が並び、電柱が等間隔に立っているだけの、ありふれた通学路だ。


 その中央に、ひとつだけ異質なものがあった。


「……あれ、マンホール?」


 舗装されたアスファルトの中に、ポツンとひとつだけ浮くように存在する銀色の金属蓋。だが通常のマンホールとは明らかに違う。表面に模様がない。番号もない。周囲の舗装も、少しだけ沈んでいる。


 そして、その真上だけ――音が、一切、しない。


「仮称“シジマ”。性質:静寂吸収型、定在型、捕食目的は不明」


 分析担当の真壁が、静かに言った。

 珍しく、やや緊張した声だった。


「音があるものに反応し、それを“奪う”ようです。通る人の足音、自転車のブレーキ音、呼吸の音――すべてが、ここに吸収されています」


「……音だけ?」


「今のところは、音だけです。ただ、音を“奪われた”生徒のうち2人が、その後、一時的に言葉を失ったそうです。声を出そうとしても、出なかったと」


「……まずいな。それ、吸収が脳に影響し始めてる可能性あるぞ」



 “見えない系”は厄介だ。直接的な攻撃力はなくとも、生活に潜り込み、人の感覚や機能に干渉してくる。


「どうやって処理する?」


「相手は“音”に反応する。ならば、“音をおびき寄せて固定し、その後、感知機能を破壊する”。これしかない」


「具体的には?」


「実験段階だった“共振型スピーカー”を試します。特定の周波数を使って相手を刺激、興奮させ、活性化したところで中和波をぶつける。鼓膜ではなく、構造そのものに負荷をかける」


「なるほど。やるか」


 学校から離れた場所にスピーカー車を移動し、音響班が周波数を操作。

 市が開発中だった“獣害対策用音響装置”を改造した試作品だ。


「再生、開始!」


 低くうなるような不協和音が流れると、マンホール……いや、“シジマ”の中心にある何かが、かすかに“ぴしり”と音を立てた。


 それは、まるで鼓膜が割れるような、乾いた小さな亀裂音。


 同時に、周囲で測定されていた空気振動が、一気に戻る。


「音、戻りました!」


「成功……?」


 俺たちが確認に近づいたとき――シジマは、もう、そこになかった。

 マンホールのような金属板は、まるで最初から“存在しなかった”かのように、ただの舗装された道路に戻っていた。



 午後。通学路の封鎖は解除された。子どもたちの健康被害は確認されず、症状が出た生徒も徐々に回復傾向にある。


「結局、あれ……何だったんでしょうね」


 斉藤が缶コーヒーを飲みながら言った。

 俺は、自分の靴音がアスファルトにカツンと響くのを確認してから、答えた。


「さあな。ただ……“誰かがそこにいることを確かめるために音を奪う”っていう存在だったとしたら……怖いな」


「……え、どういう意味ですか?」


「音があってはじめて、人は“自分が存在している”って感じられるんだよ。足音とか、声とか、呼吸とか。

 でもそれを全部吸われたら……存在してても、“いない”みたいになるだろ?」


 斉藤はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。


「じゃあ、あれ……“静かに人を消す”タイプだったってことですか?」


「消すまではいってない。たぶん、まだ“試してた”だけだ」


 俺たちは並んで歩く。

 さっきまで何でもなかった通学路。そのど真ん中を――無言で、ゆっくり通り抜ける。


 ……そのとき、風も吹いていないのに、背中をすっと冷たいものが撫でたような感覚があった。


 思わず、振り返る。だが、誰もいない。


 いや――


 音が、少しだけ。

 また、薄く、抜けたような気がした。

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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