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8話 住宅街に咲くは、歩くキノコ

 月曜日の朝。

 俺、西条修一(市役所防衛課・現場統括係長)は、通勤途中で珍しく渋滞に巻き込まれていた。

 青柳市にしては不自然なほどの混み具合。車列がまるで動かない。


 そのとき、防衛課専用端末が震えた。

 内容はこうだ。


> 「市北部・第三住宅街にて、道路上に“巨大なキノコのようなもの”が生えており、車両の通行を妨害。異臭あり。歩いています」




「……歩く?」


 俺はウインカーを出して脇道に逸れ、市役所にUターン。

 平和な週明けは、またも幻と消えた。



 現場に到着したのは午前9時15分。

 のどかな住宅地の一角、通学路にもなっている市道の真ん中に――いた。


「……でっか」


 高さ約3.5メートル、傘の直径は2メートル強。

 ぬめりのある茶色の表面は、確かに“キノコ”っぽい。

 そして、その根本には、モヤモヤと伸びる“足”のような白い菌糸……それをぐにゃりと動かして、ゆっくりと道路を進んでいる。


「仮称“モルキノ”。特性:低速移動、胞子拡散、地形適応」


 現場でドローン映像を確認しながら、分析担当の真壁が言う。

 その直後、斉藤が顔をしかめた。


「くっさ……何の匂いですか、これ」


「カビの一種と思われる揮発性物質。高濃度では神経系に作用。簡易マスクでは不十分だ。防護装備を」


 技術担当の大村が、トランクから防護ゴーグルとフィルター付きマスクを配る。

 マスク越しでも、どこか“湿った図書館の裏側”みたいな匂いがする。


「近隣住民、すでに10人が屋内退避。これ以上拡がるとまずいな……」


「……あれ、増えてませんか?」


 斉藤が指差した先、電柱の根元、植え込みの中、小学校のフェンス沿い……そこかしこに、モルキノよりは小さいが“ミニサイズ”の同種が出現していた。


「胞子が繁殖している。早急に中心個体を処理しなければ、周囲が“キノコ通り”になるぞ」


「処理……焼くしかないか?」


「不可。近くに小学校あり。風向きも住宅地に向いている」


「じゃあ冷却?」


「それも不可。ぬめりが氷を弾く。水分を逆に吸収する性質がある」


「……やりにくいな、こいつ」



 検討の末、俺たちは“足元の菌糸を断つ”という作戦を立てた。

 中心個体は、地下の菌糸網で周囲の小型個体とつながっている。ならば、物理的にその“地下ネットワーク”を断ち切れば、本体を弱らせられる。


 使用するのは――市の水道局が災害対策用に保管していた、高圧地中切断ノズル。

 元々は老朽化水道管の破砕用に使っていたが、今日はキノコ相手に出番だ。


「ノズル設置完了。高圧ジェット、送水開始!」


 地面に刺さった長さ1.5メートルのノズルから、地中に向けて高圧水流が発射される。菌糸網を狙って、四方向から同時に断ち切る。地面が濡れてゆるみ、モルキノの“足”がぬるりと崩れる。


 傘が、グラリと揺れた。


「動き止まりました!」


「今だ、頭部にスタン弾!」


 斉藤の撃ったエアキャノンの弾が、キノコの“傘”の中心を撃ち抜く。

 白い胞子がふわっと舞い上がるが、すでに風向きは変えてある。

 住宅街から外れた方向に風を誘導済みだ。


「活動停止確認……地面への菌糸の再接続も確認されず。完了と判断」



 回収班がモルキノを搬出し、周囲に散った小型個体は防疫班によってすべて焼却された。残された住民たちは、防災課の指導で自宅周辺の消毒を受け、幸い健康被害はなし。


「なんでまた、住宅街なんかにキノコ……」


「コンクリートの継ぎ目は、菌糸にとって“根付きやすい”構造らしい。あと、日陰が多くて、湿度も高い」


「つまり……“快適だった”と」


「そういうことだな」


 いつもの缶コーヒーを飲みながら、俺は道路の端に残った、キノコのぬめり跡を見つめた。


「住宅街にキノコが歩いてくるなんて、誰が想像するかね」


「僕、今朝の渋滞で遅刻しそうだったんですよ。でも、“歩いてるキノコで”って言ったら許してもらえました」


「それ、許した上司もすごいな」


 俺は残ったコーヒーをぐいと飲み干した。

 月曜の朝からこの調子だ。今週も、長くなりそうだ。

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