71話 線香の匂いと午後の怪獣
昼下がりの防衛課。
珍しく通報も少なく、書類整理の時間が流れていた。
「なんか今日は静かですねぇ。こうも平和だと逆に不安になるんだよな」
斉藤が伸びをしながらつぶやく。
「その発言、前にも聞いた気がするけど?」
小野寺が笑いながら書類を閉じる。
「静かな日は、次に来る波が大きいって相場が決まってる」真壁が淡々と言う。
「そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ……あっ」
芦田のタブレットが異常反応を示した。
「熱源ではありません。むしろ低い……でも、奇妙な揺れ方です。これは……匂い反応?」
「匂い?」
西条が顔を上げる。
「はい、市内東部の寺院周辺で、“香煙が逆流している”との通報が複数……。煙が風と逆方向に流れ、人の周囲にまとわりつくと体が重くなる現象が出ているようです」
「怪獣由来だな」
西条が立ち上がる。
「寺かぁ。線香と怪獣って、なんか相性悪そう」斉藤が肩をすくめる。
「現場急行します。状況、不気味すぎます」小野寺がメモを取り始めた。
寺の山門に到着すると、境内全体が白い靄に包まれていた。
「……線香の匂いとは違う。もっと湿った感じ」真壁が鼻をならす。
「通報にあった“逆流”ってこれですかね……風、完全に逆です」芦田が風向計を見て絶句する。
「住職さんは 退避済み?」
斉藤が警官に確認すると、「寺の奥で立ち往生してる」とのことだった。
「助けに行くぞ。煙の成分が怪獣由来なら、長時間吸い込むのは危険だ」西条が指示を出す。
境内に足を踏み入れると、靄は人の動きに反応するようにゆらゆらと揺れた。
「音も反応してる……声を出すと寄ってくる可能性あります」
芦田の声は低い。
「静かに行きましょう。ほら……あそこ」
小野寺が指したのは、本堂の前に落ちている“何か”。
淡い紫色の、一見すると長い布切れのような……いや、
「……動いたぞ」斉藤が身構えた。
その布は、煙を吸うたびに脈打ち、形を変えている。
「怪獣“エンノカタリ”。煙状の媒体を操り、人の呼吸を奪うタイプだと思われます」芦田が震える声で分析を続ける。
「つまり吸わせたらアウトってことか。最悪だな」斉藤が顔をしかめる。
「真壁、冷却剤。煙の流れを止められるか?」
「やってみます」真壁が装置を構えた。
冷却剤を散布すると、煙の動きがわずかに鈍った。
「今だ!住職さんの救出に向かう!」
西条の号令で、斉藤と小野寺が本堂へ駆け込む。
中では、住職が壁にもたれかかり苦しそうに呼吸をしていた。
「大丈夫ですか!外へ出ましょう!」
小野寺が声をかけ、斉藤が肩を支える。
しかし、背後から“エンノカタリ”がするすると迫ってくる。
「おいおいおい!増えてないか!?」斉藤が叫ぶ。
「煙に乗って自分を拡散してるんです!急いでください!」芦田が外から声を張り上げる。
外に飛び出した瞬間、真壁が追加冷却を展開。
「斉藤、小野寺、住職さんを安全圏へ!」
西条の声が飛ぶ。
3人が山門に向かって走る間にも、煙は形を変え、まるで手のように伸びてくる。
「うわっ……本当に掴んでこようとしてない?」
小野寺の言葉に、斉藤は怒鳴った。
「煙に掴まれたくないって初めて思ったわ!」
「エンノカタリ、中心部に核が存在します!位置は……本堂前!あそこです!」
芦田が指したのは、境内の中央で脈動する大きな煙の塊。
「真壁、核狙いで凍結!」
「射程内です。発射」
真壁の放った凍結弾が、煙の中心に吸い込まれるように命中した。
境内が一気に冷え込み、煙が薄れ、まるで霧が晴れるように視界が開けた。
「おお……止まった?」斉藤が周囲を確認する。
「活動反応ゼロ。完全に凍結しています」芦田が安堵の表情を浮かべた。
住職は救急隊に引き渡され、一命を取り留めた。
帰り道、寺の石段を降りながら斉藤が言う。
「にしても、煙の怪獣とか怖すぎだろ。逃げられないタイプじゃん」
「でも線香に紛れてたって考えると、寺ならではって感じで少し趣きはあるわね」小野寺が苦笑する。
「趣きなんて求めてないよ。俺らの仕事は地味に命がけなんだよ……」
「でも助けられました。住職さんも、市民も。今日は十分な成果です」芦田が柔らかく言う。
西条は境内を一度振り返り、短くつぶやいた。
「怪獣は形を選ばない。煙だろうと影だろうと、街に出れば脅威だ。……次も備えていくぞ」
山門に差し込む午後の光が、静かに揺れていた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




