7話 駅前ロータリー、大混乱
土曜の朝。市役所の勤務は原則お休みだが、防衛課には「交代制の当番」がある。
そして今日は、俺――西条修一が当番だった。
「いやー、平和だな……」
そうつぶやきながら、市役所3階の防災センターで書類の整理をしていた午前10時8分。
市の西部にある青柳中央駅の駅前ロータリーで、最初の通報が入った。
「道路の真ん中に“牛みたいなでかいやつ”が立っていて、動きません!」
「さっきからトラックを追いかけ回してる!」
「あ、クレーン車に突っ込んだ! フロントが……!」
警察、消防、交通管理課……そして我々、防衛課に一斉連絡が入った。
「純粋に暴れてるタイプ……来たか」
◆
現場に急行すると、駅前はすでに封鎖されていた。
歩行者も車両も遮断。駅の構内放送が「ただいま駅前広場で一部安全確認を行っております」と言っているが、あれは完全にごまかしだ。
そして、いた。
駅前ロータリーの真ん中。タクシーの乗り場をなぎ倒し、横断歩道の白線を踏みつぶしているのは、全長約9メートル、ずんぐりした四つ足の“塊”。
「……見た目、トドみたいだな。ゴムっぽい皮膚で、腹が異様にでかい」
「動きは鈍いですが、突進力がすごいですね。車を3台吹っ飛ばしてます」
「仮称“バウラ”とする。特徴:衝動的、反復行動、周囲構造への強い反応」
無口な分析官・真壁が、淡々と名付けた。
バウラは、駅前のロータリーの円形をぐるぐると周回している。すでに3周目。どこかで見たようなと思えば、あれはきっと「大きな犬が散歩ルートを覚えた状態」に近い。
「なんでこんな場所に出る……よりによって駅前……」
「考えるだけムダっすよ。たぶん、舗装の匂いが好きとか、そんな理由だ」
技術担当の大村がうんざりしたように言った。
「周囲のビルガラスはまだ無事。やるなら、今のうちに」
「了解。まずは動きを止める。大型車両で進路封鎖、タイヤストッパーで囲む。車道誘導班は外周に回って」
「誘導車両は西口へ。迂回ルート確保済みです」
すでに連携は完璧だ。防衛課と交通管理課、警察の連携でバウラの動線は限定され、包囲されていく。
問題は――こいつの“突進癖”。
「斉藤、正面に立つなよ。あいつ、前方に動くと止まらんぞ」
「わかってます!」
だが次の瞬間、バウラが突如方向転換し、南口バス停の方へ突進を始めた。
「まずい、あそこには……!」
大型バスが停車している。まだ乗客が一部残っていた。
「急行停止指令! 発煙弾!」
斉藤が腰のホルダーから発煙筒を取り出し、進行方向に向けて投げる。白い煙が広がり、バウラの目を遮った。
その瞬間――バウラが足を止めた。
「止まった……?」
「煙に弱い? 視界が遮られると、行動を中断する?」
「可能性あり。つまり、こいつ“まっすぐ歩くしかできないタイプ”だ」
「じゃあ、目隠しして閉じ込めれば……!」
◆
視界を遮断するため、防衛課は市の舞台備品庫から“黒幕”を持ち出し、ロータリー全体をぐるりと囲う。
舞台用の遮光シートでバウラの視界を塞ぐと、やつはじっと止まり、動かなくなった。
……しばらくして、音もなく、その場に崩れ落ちた。
「体温低下。活動終了と判断」
「え、あれで?」
「突進による興奮状態が維持できなかった。言ってみれば……子どもが遊んでて、急に電池切れた感じです」
真壁の冷静な口調に、俺はようやく息を吐いた。
「駅前で突進型とか、悪夢だぞ……」
「でも、ガラス割られなかっただけマシじゃないですか?」
「それは確かに」
◆
午後2時、駅前ロータリーの復旧作業が始まった。タクシー乗り場は仮設に、破損した花壇は市緑化課の手で修復予定。市民への公表は「野生動物によるトラブル」として処理。
「また報告書、盛りだくさんだな……」
事務所に戻った俺は、ぐったりと椅子に沈む。
斉藤がコンビニのカフェオレを差し出しながら言った。
「でも、たまにはこういう“シンプルに暴れる系”のほうが、分かりやすくていいっすね」
「……もう少し、分かりやすくない暴れ方をしてほしいけどな」
窓の外では、静かな土曜の午後が戻っていた。
だが――交番のパトカーが、また何かを追って出動する音がした。
「……まさか、続きってことはないよな?」
俺はカフェオレを一気に飲み干した。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。