67話 まちのパン屋と異常反応
「市内南部の住宅街で、気になる熱源反応が出てます」
芦田がタブレットを掲げながら言った。
「怪獣?」小野寺が立ち上がる。
「それが……定点監視カメラには映ってません。ただ、熱源の動きが不規則で、複数回、急激に膨張してるんです」
「その場所って、何があるんだ?」斉藤がのぞき込む。
「……パン屋さんです」
「パン屋ぁ?」斉藤の声が裏返る。
「毎朝行列ができるあそこか」真壁が短く答えた。
「まちの人気パン屋に怪獣が潜んでるとは思いたくないが……無視もできないな。調査に出るぞ」
係長・西条が腰を上げた。
陽の高い午前中、車は市内南部の住宅街へと滑り込んだ。
「現場は……あれか。確かに混みそうだな」
西条が指さしたのは、レンガ造りの温かな外観のパン屋『ほかほかベーカリー』。すでに数人が行列を作っていた。
「市民を避難させるには微妙な時間だな……営業開始直後じゃクレームもあるだろ」
斉藤が苦い顔をする。
「でも……ほら」芦田が指さした先、店の裏手にある小さな排気口から、黒い湯気が立ち上っている。
「通常の排気じゃなさそうね。煙にしては重い」
小野寺がマスクを取り出した。
「確認だけでもしておく価値はあるな。目立たず回り込もう」
西条の合図で、5人はパン屋の脇道から裏手に回った。
「……この排気、熱すぎます。赤外線センサーも警告出してます」芦田が検知器を見つめる。
「おい、見ろ」斉藤がつぶやいた。
店の裏、古い物置小屋の陰から、パン生地のような物体がもぞもぞとうごめいていた。
「……これ、まさか……」小野寺が絶句する。
「形状から見て、粘性生命体。仮称“モチモン”でどうでしょう」
芦田が小声で命名した。
「モチモンて……いや、なんか愛らしく聞こえるけどさ……」斉藤がつっこむ。
「サイズは半径80センチほど。今は硬直状態に近い。だが……」真壁が装備を構えながら警戒する。
そのとき、モチモンがぷるんと揺れた。
「動いた!」
「拡散するぞ!」西条の声に、全員が一歩下がる。
モチモンは突然ふくれあがり、人間大ほどの大きさに変化した。
「パン酵母の影響か……温度上昇で活性化した可能性があります」芦田がタブレットを操作しながら分析する。
「店の裏に放っておいたパンくずとかが栄養源かも」小野寺がつぶやいた。
「よし、急所を狙って収縮させる。真壁、吸着型麻痺弾!」
「了解」真壁が銃口を向け、低出力弾を発射。モチモンに命中し、白い煙がもくもくと立ち上る。
「動きが鈍った!今だ!」斉藤が網を取り出して飛びかかる。
「斉藤さん、待ってください、体液に含まれるでんぷん質が――」
芦田の警告が間に合わず、斉藤はモチモンに思い切り絡めとられた。
「うわあああ!もっちもちぃぃぃ!!」
「……何してんのよ」小野寺が冷たくつぶやく。
「真壁、網でまとめろ。小野寺、封鎖ルートの記録」
西条が的確に指示を出す中、芦田は斉藤の腕を引っ張りながらぼそりとつぶやいた。
「……もちもちって、警戒すべき感触ではないと思います」
封印完了後、モチモンは冷却装置付きのケースに収められた。
「とりあえず爆発もせず、繁殖も確認されず……」芦田が記録にメモを書き加える。
「見た目は無害だったけど、実際は店の発酵機と繋がってたらしい」小野寺がパン屋からの情報をまとめていた。
「つまり、パン屋の排気と湿度、室温が全部好条件だったと。まさに“理想の環境”だったのか」斉藤がつぶやく。
「今後、焼きたてパンの匂いで怪獣が集まるなんてこと、あるかもな……」
西条のその言葉に、全員が少しだけ顔を引きつらせた。
「……パン、買って帰ってもいいですか?」と芦田。
「全員、制服脱いでからにしろよな」斉藤が苦笑する。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




