66話 夏の水辺にて
「怪獣、川に出たって?」
斉藤の声が、会議室に妙に響いた。
「はい。市内北部を流れる玉砂川。堤防から少し外れた支流に、異常な水位変化と泡立ち、異臭が確認されました」
小野寺が報告資料を配る。
「映像にも水面がぶくぶく泡立つ様子が映ってます。川に潜伏型の個体かと」芦田が補足した。
「水棲型か……川幅は狭いが、住宅がすぐ近くにある。広がる前に動くぞ」
係長・西条が腰を上げると、空気が引き締まった。
「出ましたねー、夏といえば水場の怪獣って感じで」
斉藤がぼやきつつ、防災ジャケットを羽織る。
現場に到着すると、玉砂川の一部が、墨汁のように黒ずんでいた。
「ここか。思ったより流れが遅いな」真壁が車を停めて言った。
「すでに魚の大量死が確認されてます。しかも異臭も強い……腐敗じゃない、生臭い感じ」
芦田がガスマスクを装着しながら検知器を取り出す。
「市民には近づかないよう拡声器で呼びかけてます。迂回路も警察と連携して確保済み」
小野寺が周囲を見回しつつ、スマホで記録を開始した。
西条は小さくうなずくと、堤防に登って水面を観察した。
すると、黒い水の中心から「ぶくっ」と大きな泡が立ちのぼり、
続いて、ヌメヌメした円盤のような生物が、川の表面に浮かび上がった。
「来たぞ。怪獣だ。仮称“ミズクラゲン”」西条がつぶやく。
怪獣はクラゲのような見た目で、直径約6メートル。
透明な触手を何本も垂らし、川の流れに逆らってゆっくり漂っていた。
「でも動きは鈍いですね。空気に触れて活性化するタイプかな」芦田がメモを取りながら言った。
「ってことは、今のうちに仕掛けるべきじゃ?」斉藤が興奮気味に前に出ようとする。
「待て。動きは鈍いが毒性は未知数だ。真壁、遠距離投射型の麻痺弾、準備できるか」
西条の指示に、真壁が無言でうなずき、車の荷台から特殊装備を取り出した。
「いきなり打ち込むのはリスクあるわ。まずは刺激を与えて反応を見ましょう」小野寺が制止する。
「じゃあ俺、音響装置でやってみます」斉藤が肩に担いだスピーカーを構え、試しに大音量で電子音を鳴らした。
すると、ミズクラゲンが「ぶぅん」と震え、触手がばさばさと水面を叩き始めた。
「おおぉ……反応した!」
「でも……これは、逃げてる?」芦田が眉をひそめた。
怪獣は川の上流に向かって、異常な速度で移動を始めた。
「ちょ、やばい!このままじゃ住宅地方面に――」斉藤が叫ぶ。
「芦田、あの先の水門、閉じられるか?」
「はい!市のインフラシステムから遠隔操作で……今!」
芦田が操作用端末を叩き、水門が音を立てて閉じた。
「逃げ場を塞いだ。今だ、真壁」
西条の合図で、真壁が麻痺弾を発射。弾が水面に着弾すると、ミズクラゲンの動きが止まった。
「……静かになった?」斉藤がのぞきこむ。
だが次の瞬間、水面から1本だけ、びゅっと触手が飛び出し、斉藤のヘルメットをかすめた。
「うわっ!いまの何!?俺、狙われてた!?」
「反射攻撃か……しかしもう弱ってるはず。囲い込みを急げ」西条が落ち着いて言う。
真壁が麻痺ネットを投入、小野寺が封印スプレーを補助する。斉藤は警戒しながらも、水際で様子を見守った。
やがてミズクラゲンはネットの中でしゅうしゅうと音を立てて縮んでいった。
夕暮れの堤防。現場処理も終わり、怪獣の搬送車が走り去ったあと。
「……ねえ、さっき俺のとこだけ狙ったよな、あれ」斉藤が落ち着かない様子でつぶやく。
「体温とか動きとか、何かに反応したんじゃない?動きすぎなのよ」小野寺が笑う。
「斉藤さん、触手に当たらなくてよかったです」芦田が真剣な顔で言う。
「なあ、真壁、次からも俺にだけ防具追加で頼むわ」
「……検討する」真壁は短く返した。
西条は、川のほとりに立ち、静かに言った。
「水辺の怪獣……これで終わりとは限らん。油断するなよ」
空はもう赤く染まり、夏の川は静かに流れていた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




