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64話 商業ビルを背に吠える

その日は、いつもと同じ始まりだった。

西条係長が午前中の定例会議を終え、芦田が天気予報の自動巡回をチェックし、斉藤が資料の束をテーブルに積み上げていた。


「市内中心部の地磁気が微妙に乱れてますね。工事か、地下の何か……?」


芦田がモニターを睨みながらつぶやいた直後、警報が鳴った。


──ドンッ!


「……今の音、聞こえましたか?」


「振動だ。建物が揺れてる」


続いて届いたのは、警備課からの映像フィード。

商業ビル街の中心にそびえる駅前プラザ、その向こうに、巨大な影が映っていた。


赤黒い皮膚、太い両腕、突き出た背骨のような突起。

いわゆる“怪獣”の姿だった。


「これは……でかいぞ」


真壁の声が低くなった。


仮称:「ロックノグラ」。

重量型直進破壊怪獣。

都市部の高層構造物に反応して進行、直線的に進みながら自動車や建造物に被害を与える。

特定の人工光源に過剰反応を示し、ショーウィンドウやガラス面を標的とする傾向がある。


「駅前広場を抜けて、地下街方面へ向かってる! 地下道に入り込んだら手に負えないぞ!」


作戦は、「進行ルートを限定し、人工光源の操作で“意識”を誘導する」こと。

正面対決は不可能。街全体の照明を操り、誘導先で仕留める。


「対象、現在は駅北口前のカフェエリア。ディスプレイ窓が多数。

 照明操作班、東側ビルのライト点灯、南側消灯。西へ誘導します!」


芦田が現場の電力制御図を操作する。

怪獣の眼が光に反応し、確かに動きを変えた。


「食いついた! 移動速度は時速12km、トロいけど重い!」


「建物を押しつぶしながら来るぞ!」


商業ビル街の通りが、ごうっ、と音を立てて揺れた。

看板が落ち、ガラスが砕け、人々が避難していく。


防衛課の車両は、怪獣の進路先にある広場へと回り込んでいた。


「最終遮断ポイント、ここです。地下には何もない、厚い基礎構造だけ」


「つまり、“落とす”こともできないってことか」


斉藤が苦々しげに言う。


「なら、“転ばせる”しかない」


真壁が提案したのは、道路下に仮設の液状凍結層を構築する方法だった。


「凍結剤を撒いて、滑らせる。足を取れば、重みで転倒する」


「そこに冷却ネットかけて、動き止める……か」


「滑るかどうか、読めるか?」


西条が聞くと、芦田が頷いた。


「可能です。路面温度と怪獣の体温差が大きい。今なら凍結効果が高いはず!」


怪獣が進んでくる。

ビルの隙間から、その巨体が見えたとき、誰もが息をのんだ。


吠えるような音。振動する地面。

それはまさに、誰もが子供のころに絵本や映画で見た“怪獣そのもの”だった。


「凍結範囲、作動!」


噴霧装置が作動し、道路全体に白い霧が吹きつけられる。


ロックノグラが足を踏み入れた瞬間──

ぐらっ、とバランスを崩し、巨体が横倒しになった。


「今だ、ネット展開!」


巨大な冷却ネットが空中から広がり、倒れた怪獣の上に覆いかぶさる。


「体温、急低下! 動き停止!」


「……沈静化、完了!」


斉藤が力を抜いた声でそう言った。


防衛課に戻る途中、芦田がつぶやいた。


「……これぞ怪獣ってやつでしたね」


「怖いけど、ちょっと……かっこよかったかも」


小野寺が笑うと、斉藤が言った。


「憧れは、見るだけでいい。

 本当に来ると、大人は疲れるのよ」


西条が短くまとめた。


「だが守った。壊れた分より、“残った街”を見てくれ。

 それが、今日の成果だ」


巨大な影は消えた。

でもそれを倒したのは、誰でもない、“この市役所の人間たち”だった。

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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