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60話 その声は、泡と消えた

──午前10時、私は市役所1階の自販機の前にいた。


「また、お茶売り切れか……」


一息つきたくて階段を降りてきたのに、目当てのほうじ茶が売り切れだった。仕方なくレモン水を買うと、上から斉藤先輩の声が聞こえた。


「芦田ー! 早く戻ってこーい! なんか、また変なの出たぞー!」


変なの、とはまたざっくりした表現だけど、先輩がそう言う時は大抵“マジ”の時だ。

私は缶を握りしめ、早足で階段を駆け上がった。



会議室には課長以外のメンバーが全員揃っていた。

モニターには、川沿いの市民公園の映像。

水面から不自然な“泡”が定期的に浮き上がっている。


「朝から市民から通報がありまして。『魚が浮いてくる』『泡が止まらない』って」


真壁さんが映像を操作する。


「こいつ、泡を“呼吸”として出してる。普通の水流と逆方向に押し返してる」


「下に……何かいるってことか」


私はふと、空気の揺らぎを感じた。


「これ、泡に“音”があります。周波数にパターンがあるかも」


自席に戻ってデータを解析すると、確かに泡の音はランダムじゃなかった。

同じテンポで、“低→高→低”の3段階に分かれてる。


「これ……“言葉”に近いかもしれません」



現地に着くと、公園は封鎖されていた。川の水面は異様に静かで、だが泡はずっと立ち上っていた。


「こっから先は、観測ブイ出して確認だ」


私は小型のセンサーを川に浮かべた。

すぐにデータが端末に届く。圧力、水温、酸素量。そして水中振動。


「……いる。底の岩の下に、何か……」


そのときだった。

ブイのすぐ脇で、水柱が立った。そこから現れたのは、柔らかそうな皮膚を持ち、身体全体で泡を生み出すクラゲのような生物。


仮称:「バブロス」。

水中泡発音型怪獣。

音波を泡の形で発し、通信や撹乱を行う。

発する音には、一定のパターンと周囲への“認知障害”を含む作用がある。


「言葉……喋ってる?」


斉藤先輩が呟く。


「いや、模倣に近い。“言葉のようなもの”を、泡で再生してる」


「録音してんのか、あいつ……?」


「むしろ、“聞き取った言葉を真似してる”。コピー型です」



作戦は、「泡の発信源を突き止め、拡声範囲を遮断する」こと。

それによって影響範囲を限定し、封じ込める。


「遮蔽板、設置開始! 音波逆位相も準備!」


私は川辺の機材を操作しながら、ふとあの声を思い出した。

泡の中に、確かに誰かの声が混じっていた気がした。


「“まもって”って……言ってた、気がします」


誰も答えなかったが、皆わかっていたと思う。

それは模倣ではなく、呼びかけだったかもしれないと。



遮蔽板が川を半分に分断し、泡は急激に減った。


「水圧、安定。発信、停止」


斉藤先輩が確認する。


水の中に、バブロスはもういなかった。

泡の最後のひと粒が、水面でぱちんと弾けて、ただ静かになった。



庁舎に戻った私は、報告書を書きながら少しだけ悩んでいた。


「……本当に、怪獣だったのかな」


「芦田」


西条係長が静かに言った。


「怪獣は“敵”じゃない。“危険”なんだ。

 何を思っていても、それが脅威なら止める。それが仕事だ」


「……はい」


返事をしながら、私はまだどこかであの泡の“声”を聞いていた。


“まもって”


まるで、誰かが言葉を失う前の最後の願いのように。

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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