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6話 庁舎裏に出た異臭、その名も“カンバンムシ”

 午前10時15分。

 市役所の裏手から「異臭がする」との通報を受けた俺たちは、ちょうど会議室で“怪獣対応時における緊急備品調達フロー見直し会議”を始めるところだった。


「……もう中止でいいよな、これ」


 そう言って俺――西条修一(防衛課・現場統括係長)は、テーブルの上にあった資料をさくっとまとめ、立ち上がった。市役所の裏で異臭。しかも、業者でも清掃でもない。となれば、あとは……もう、アレしかない。


「現場は、駐車場奥の資材倉庫。職員2名が体調不良で搬送。匂いは“腐った接着剤のような”臭い、とのことです」


「うわ、絶対ヤバいやつだ……!」


 新人職員の斉藤が顔をしかめる。

 大村係長(技術担当)、真壁(分析担当)もそれぞれ装備を確認し始めた。


「今回は防護装備を強化していく。呼吸器つけろ。あと、忘れるな――“臭い系”のやつは、意外とすばしっこい」



 資材倉庫に近づくと、すでに簡易フェンスが張られ、保健衛生課の職員がマスク越しに顔をしかめていた。


「くっさ……なにこれ」


 斉藤が言うまでもなく、悪臭は半端なかった。

 腐ったゴムと、焼けたビニールと、酸化した油の匂いを同時に浴びたような、そんな刺激臭。しかも鼻の奥にずっと残る。


「倉庫の壁に、“何か”が張りついてるって……」


 保健衛生課の職員が震える指で指した先には――いた。

 高さ2.5メートルほどの、巨大な“虫のようなもの”が、まるで市役所の外壁に広告でも貼りつけるような体勢で張りついている。


 体色は看板と同じような薄グレーで、遠目には見逃してしまいそうな保護色。背中には大きな平たい板状の突起があり、その表面には――


「……文字?」


「カ、ン、コ、ク、グ……?」


「韓国語? いや、漢字……『感染広告具』? なにそれ、怖……」


「仮称、“カンバンムシ”でいこう。どうやら自分を“目立たせたい”本能があるっぽいな」


 真壁の分析を聞きながら、俺たちは距離を取りつつ行動開始。


「体表に強力な接着力あり。臭気は“注意喚起フェロモン”の可能性あり。人体に対して軽い神経系への刺激あり。要するに……“貼りついて自己主張したがる厄介な奴”だ」


「SNS中毒の虫版、みたいな感じですね」


「言い得て妙だな。だがそれが市庁舎に出るってのが、問題だ」


 匂いのせいで数名の市民も吐き気を訴えており、何より、テレビ局が“変な生物が市役所に!”とカメラを持って来そうな気配すらある。


「まず剥がす。接着剤分解剤、あるか?」


「持ってます。前回、下水で使ったやつです」


 斉藤が取り出したのは、建設課でも使用されている高粘着剤用の中和スプレー。外壁用の塗料や広告の剥離にも使えるやつだ。


「一気にいくぞ。壁を壊すなよ」


 スプレーを使い、4方向から一斉に吹きつけると、カンバンムシはギギッと嫌な音を立てて身をよじる。そして――ずるり、と外壁から剥がれた。


「いまだ、捕獲!」


 ネットガンを斉藤が発射。絡まった瞬間、カンバンムシは甲高い音を出して暴れたが、すぐに鎮静スプレーが打ち込まれた。

 ……そして、静かに動かなくなる。


 その身体の裏側は、まるでゴム製の広告板のように平らで、なにやらQRコードのような模様まで刻まれていた。


「うーん……デジタル時代って感じですね」


「これ以上デジタルにされても困るわ」



 午後2時。カンバンムシは解体回収チームに引き取られ、外壁は高圧洗浄と消毒が行われた。被害は軽症者2名、におい成分による嘔吐・めまい。市役所は“設備不具合による清掃”として処理された。


「しかしまあ、なんであんな目立ちたいタイプが、よりによって地味な市役所に出てくるんですかね」


「……逆に言えば、目立ちたいやつには目立てない場所だったんだろ。あいつなりに、自分を“映える背景”に貼ったつもりだったんだよ」


「地味でも、被写体になった市役所の気持ちも考えてほしいですけどね」


「まったくだ」


 俺たちは裏庭のベンチに座って、今日も缶コーヒーで一息つく。

 風に乗って、まだかすかに、あの接着剤の臭いが漂ってきた。


「……今夜の市役所、夢に出るな。でっかいポスター貼られたやつ」


「俺はもう、壁見られないっす」


 夕方の空は、やけに透明だった。

 市庁舎は静かに立っている。壁も、もう、何も貼られていない。


 ……たぶん。

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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