58話 赤い風船、空を裂く
防衛課の昼下がり。
窓の外に、ふわりと浮かぶ赤い風船が見えた。
「……なんか、最近よく見るよな、風船」
斉藤がポツリと呟く。
「子ども向けのイベントでもあるんですか?」
芦田がモニターから目を上げると、真壁が首をひねった。
「いや、確認されてない。むしろ“目撃情報が増えてる”だけで、出所不明だって」
「怖……」
小野寺が顔をしかめた。
「しかもこれ、風の流れと全然合ってないんだよね。
まるで自分で飛んでるみたいに」
その瞬間、庁舎の屋上から警報が鳴った。
「気象観測機器が誤作動。……いや、誤作動じゃない。空中で“圧縮波”検知!」
真壁の目が鋭くなる。
「それ、上空からの“突風”じゃなくて、“圧”か。浮いてるやつが原因だ」
西条がすっと立ち上がる。
「現地確認。風船を見たという住宅地に向かうぞ」
郊外の住宅地に到着した防衛課の車両。
通報があった公園には、誰もいない――と思いきや、風船が10個以上、木の間を漂っていた。
「……浮き方が、変」
斉藤が双眼鏡をのぞく。
「風船の“中心”、動いてる。……違う、これは“中に何かいる”!」
芦田がセンサーを構える。
「上昇するエネルギー源、確認。中に小型の発熱体がいます!」
そのとき、風船のひとつが「パシュッ」と弾けた。
中から現れたのは、丸くて赤い浮遊型の生物。
皮膜の内側に筋肉組織を持ち、空気圧で浮かぶ。
仮称:「フロート」。
浮遊型散布怪獣。
集団で浮遊し、空中から微弱な圧波を散布して気圧障害やめまいを引き起こす。
静かな侵略タイプ。
「発見……数十体!」
「これ、全部“風船に見せかけて”、空から街にばらまかれてたのか……!」
作戦は、“地上から音波を使って浮力を乱し、地表に落下させる”というもの。
ただし、相手は無数。ひとつひとつを狙うのは非効率だった。
「じゃあ、どうやって……?」
芦田が提案する。
「地表の“気圧”を強制的に変える装置があります。
上昇気流を発生させることで、逆にバランスを崩して落ちるはず!」
「誘導用にドローン使えるな。中心にまとめて、気圧弾で叩き落とす」
西条が頷く。
作戦開始。
街区の上空でドローンが小型の電磁波を発射し、“フロート”たちを1カ所に集めていく。
「もう少し……今、だ!」
装置が作動し、突風とは逆の方向に渦巻く上昇気流が発生。
ぐらり、と浮遊体が揺れる。
「バランス崩した! 落ちるぞ!」
次々に、風船だったものが“素”の姿を現して落下し、ネットで受け止められていく。
「回収、完了……全個体、無力化」
斉藤がため息をついた。
庁舎に戻る途中、芦田がぽつりとつぶやく。
「……あれ、なんで“赤い風船”に偽装してたんでしょうね」
「子どもが安心するものを選んだんじゃないか?」
「それ、逆に怖いんですけど……」
小野寺が苦笑する。
「安心に見えて、実は一番近くにいたってことだよな。
静かに広がる侵略って、じわじわ来る」
西条は最後に言った。
「見慣れたものほど、警戒を緩める。
だが、我々はその一瞬を見逃さない」
遠く、空を漂う最後の赤い風船が、ゆっくりと地面に落ちていった。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




