55話 はじめまして、防衛課です
四月の朝は、まだ少し肌寒い。
そんな中、防衛課の扉をノックする音が響いた。
「失礼します! 本日より配属されました、新入職員の芦田ほのかです!」
真新しいスーツに、まっすぐな背筋。
明らかに緊張しているその姿に、課内の空気が一瞬だけふわっと和らいだ。
「おぉ、来た来た。待ってたぞ」
斉藤が気さくに声をかける。
「ここが噂の“怪獣課”だって聞いて、ちょっと覚悟してきました!」
と、笑顔を見せた芦田。
年齢は22歳。市内出身。大学では生物学を専攻し、市役所の技術職として採用された。
「うちは正式名称こそ“防衛課”だが、実質“災害対応の最後尾”だ。怪獣も災害の一つと捉えてる」
西条係長がそう説明すると、芦田は深くうなずいた。
「はい、できることはなんでもやります!」
その言葉に、小野寺がぽそりと漏らす。
「……そのうち“なんでもやらされる”に変わるのよね」
課内に、笑いが起きた。
その日の午後、防衛課に出動要請が入る。
市内の外れ、旧市民プール跡地で、近隣住民から「コンクリ床が動いてる」との通報があったのだ。
「ここに来て……また“地面系”ですか」
真壁が苦笑いする。
「じゃあ、芦田くん。早速だけど出動だ」
「えっ、初日からですか!?」
「大丈夫、最初は後ろで見てるだけでいい。……ただし、メモ帳と懐中電灯は忘れずにな」
現場に到着した防衛課一行。
旧プールは柵に囲まれてはいたが、塀の内側にできたひび割れの中心に、黒ずんだ“円”が浮き出ていた。
「このパターン、怪しいわね。中心が少し沈んでる」
「体内で発熱してるようです。熱源は……直径2メートル以内の球状」
そして、次の瞬間。
コンクリ床を突き破って現れたのは――“ウニ”のような、針に覆われた球形の怪獣だった。
仮称:「トゲモール」。
自重を使って地面に潜り、内部の圧縮空気で一気に飛び出す跳躍型。
針には微量の金属イオンが含まれ、コンクリート構造物に特化した破壊能力を持つ。
「なんですか、あれ……針、全部動いてる!」
芦田が思わず声を上げた。
「落ち着け。まずは動きを観察だ。無駄に近づくなよ」
斉藤が遮る。
トゲモールは地面に跳ねるように移動しながら、コンクリート片を破壊していく。
その振動で生まれた音に反応し、まるで“自分の縄張りを拡大”するかのように暴れていた。
「対象の動き、一定間隔で跳ねてる。ならば、落下地点に“網”を張れるかもしれない」
「それ、やってみます!」
芦田が手を挙げる。
「跳躍の周期、観測できてます! 軌道予測、こちらです!」
驚いたことに、彼女が端末に入力した数式は正確にトゲモールの着地点を示していた。
「……生物学ってより、物理じゃない?」
真壁が呟く。
「跳躍系の昆虫の研究をしてたんです!」
芦田はそう言って、ネットガンを構える斉藤の横にデータを送る。
「行け!」
ネットが放たれ、トゲモールが次に跳ねた瞬間、その真上にピタリと重なった。
ガシャッ!
ネットが絡みつき、トゲモールは床に転がり、そのまま動きを止めた。
「……封じ込め、完了」
西条が静かに言った。
夕方、市役所に戻る道すがら。
「今日、芦田くんはなかなかよかったよ」
「ありがとうございます!」
「でも、これからは“ネット打て”って言われる側になるからね」
斉藤がニヤリと笑う。
芦田は、少しだけ顔を引きつらせて、
「……が、がんばります!」
と、気合を入れ直した。
春の風が少しだけ強く吹き、彼女の髪がふわりと揺れた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




