53話 茶畑の底に眠るもの
朝8時、防衛課に一本の連絡が入った。
「うちの茶畑に、でっかい穴が開いてまして……中が、なんか、動いてるような……」
通報者は郊外の茶農家。市内南部の丘陵地帯に広がる茶畑の一角に、直径6メートルほどの“陥没穴”が現れたという。
「穴の周りの地面が……ちょっと膨らんでる気がするんですよ。まるで下から息してるみたいで」
その言葉に、西条係長の表情が変わった。
「似てるな。以前の霞ヶ丘と」
真壁が端末で地図を開く。
「地質はあそこより柔らかいですね。粘土質で、水はけが悪い。ってことは、“地下で動いてるやつ”が上がってくるには最適」
斉藤が腕を組む。
「いっそ“地面ごと”飲み込んで出てきそうな予感がします」
「調査に出るぞ。念のため災害課にも連絡しておけ。今回は“地盤沈下”の顔もしてる」
西条の判断は早かった。
現地に到着したのは午前9時すぎ。丘陵に広がる茶畑の一角、整然と並ぶ茶の木の中に、ぽっかりと空いた黒い穴がひとつ。
周囲には波打つような土の盛り上がりが見える。
「……いますね。穴の中、熱感知に引っかかってます。地熱が不自然に高い」
真壁が機材越しに言う。
「動いてる。間違いない」
西条は地図を確認しながら指示を出す。
「想定よりも穴が浅い。浮上は時間の問題だ。斉藤、茶畑の所有者を避難させて。小野寺、北側の水路を閉じろ。流れ込むと、地下がもっと軟らかくなる」
10分後、地面が鳴った。
「ギィ……ギィィィ……」
土の擦れる音が、静かな丘陵に響いた。
そして――その中心から異形の頭部が、突き破るように現れる。
仮称:「チャコラマンダ」。
地中遊泳型の怪獣。
全長15メートル級。茶畑の地下を螺旋状に削りながら移動・呼吸し、地熱で地盤を軟化させて“溶かして喰らう”。
最大の特徴は、茶褐色の繊維質に覆われた体表。遠目には土の塊にしか見えない。
「……あれ全部、体じゃないか?」
斉藤の言葉に、全員が一歩後退する。
「今、完全に浮上する。体を“乾かす”ために出てくる。冷却に弱いはずだ」
西条は即断した。
「スプリンクラー装備、東側から回せ。農業用水路を活用する。冷却ミストを噴射して、活動を鈍らせる」
使用されたのは、高圧ミスト冷却システム。
農業用スプリンクラーを拡張し、茶畑全体に霧状の水を噴射する。
「よし、照準よし。真壁、出力最大!」
ミストが吹き出す。チャコラマンダの体表は湿気で縮み、動きが鈍くなる。
繊維質が水分を吸って、逆に表皮が固まっていく。
「動きが鈍い!」
「いまだ! 捕獲ネット投下!」
空から投下されたカーボン製のネットが、うねる背中を包む。周囲から杭を打ち込み、固定。
怪獣がもがいて茶の木を1本なぎ倒したが、それ以上の反撃はなかった。
「……封じ込め完了!」
午後1時、すべての装備が撤収された。
「畑の損壊範囲は約8メートル四方。所有者の方には復旧補助が出るだろう」
西条が端末を操作しながら言う。
斉藤は畑の外れで空を見上げる。
「怪獣って、なんでこんな平和な場所ばっか選ぶんですかね」
真壁がスコップを手に笑った。
「静かだから、“生き物の声”が聞こえるんじゃないか? 俺らには聞こえなくても」
小野寺は湿った土を見て、ぽつり。
「土の下に眠ってた怪獣って、なんだか少し、哀しいね」
「哀しんでる暇はないぞ。次、田んぼだ」
西条の一言で、全員の顔が軽くひきつった。
午後の陽射しが、濡れた茶の葉にきらめいていた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




