52話 地下街の音
市役所から徒歩10分の場所にある「錦町地下街」。
老朽化により10年前に閉鎖され、現在は出入り口も封鎖されている。
だが、ある日その地下街から――
「……音がする」と、苦情が入った。
「夜中にね、通気口のあたりから“カンカン”って音がするのよ。誰かいるのかと思って覗いてみたけど、真っ暗で何も……」
通報してきたのは、近くに住む高齢女性。
最初は誰もが「配管の劣化音か、小動物だろう」と思っていた。
だが、調査に訪れた清掃業者がこう報告してきた。
「スーツケースぐらいの大きさの“丸い塊”が動いてたんですよ。しかも、それが地面をカンカン鳴らしてたっていうか……」
この報告に、真壁がぴくりと眉を動かした。
「球体状の怪獣、また出ましたかね」
斉藤は腕を組んだ。
「地中じゃなく、今回は“閉鎖地下街”か……。逃げ場は少ないけど、視界も悪い。厄介ですよ」
西条係長は、静かに資料を閉じた。
「出るぞ。地下街の全図は持っていけ。あと、バッテリーは満タンに。暗闇の中じゃ、ライト切れが命取りだ」
午後2時、防衛課チームは地下街南口の非常通路から侵入を開始した。
通路の中は、10年分の埃とカビで充満していた。
誰もいないはずの通路から、わずかに「金属音」のような響きが返ってくる。
「左前方、振動感知……音、近づいてきます」
斉藤の端末に反応が出る。
次の瞬間――通路の先、曲がり角の奥から“カン……カン……”と、鉄パイプを叩くような音が鳴った。
「いた!」
真壁が前進する。
見えたのは、直径約50センチの“球体”――
仮称:「カンコロイド」。
金属反響型怪獣。
球体状の硬質外殻を持ち、地下構造物に共鳴することで「振動共鳴音」を発し、
自身の存在を“広げる”習性を持つ。
「……こいつ、地下街全体を“音で自分の体にする”つもりだな」
西条が低く呟いた。
作戦は“共鳴源の遮断”。
怪獣が音を伝えるには、一定以上の連続した鉄骨や床材が必要。
逆にそれを「切断」してしまえば、増殖を防げる。
「コンクリカッター班に連絡。音響拡散板を先行して展開。
それと、対象が“音に反応して跳ねる”ことがある。距離は絶対に詰めるな」
現場は緊張に包まれた。
通路の向こうで、カンコロイドが跳ねるたび、鉄骨が“ビィーン……”と鳴る。
地下全体が、まるで楽器のように共鳴する。
斉藤が耳栓をつけながら言う。
「このままじゃ、建物ごと“鳴らされて”崩壊しますよ……!」
「だから止める。“音”を逆手に取る」
真壁が、特殊音波装置を取り出した。
その装置は、防衛課と地元大学が共同開発した「逆位相共鳴音発生機」。
要するに、“鳴ってる音”を逆からぶつけることで、音の波を打ち消す装置だ。
「よし……いけるか?」
「いきます」
装置が作動。
地下に響いていた金属音が、突如“ピタリ”と止んだ。
カンコロイドの動きが止まる。球体が微かに揺れ、そして――
「いまだ! 捕獲網展開!」
即座に封じ込めネットが投下され、カンコロイドの跳躍を封じた。
中で、ひとつだけ「カン……」と、鈍い音が響いた。
その音を最後に、地下街は本当の静寂を取り戻した。
封じ込め後の搬出作業は慎重に進められた。
地下街の一角にあった空き区画が、すっかり“鳴り止んだ”ことを住民たちが報告する。
作業を終えて地上へ戻る途中、斉藤がぽつり。
「たまには、怪獣も静かにしててくれるといいんですけどね」
真壁が笑う。
「静かだと、それはそれで不安になるぞ?」
小野寺が言った。
「騒がしくて、黙って、また鳴り出す。
それが怪獣ってやつかもしれないわね」
そして西条が言った。
「“耳を澄ませる”のも仕事のうち、ってことだな」
春の風が、地下通気口から静かに抜けていった。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




