5話 観光PR映像に、謎のシルエット
青柳市には、いちおう観光名所がある。
“ちょっと有名”な温泉街に、“まぁまぁ綺麗”な湖。
そして市役所では、観光課が中心となってPR動画を撮影していた。
ロケ地は、市の西にある展望丘。木造の展望台からは湖と町並みが見下ろせて、夕日が差すとちょっとしたインスタ映えスポットになる。
「うんうん、これはいい絵になるぞ〜!」
ドローンを飛ばして映像をチェックしていた観光課の課長がそう叫んだのは、午後2時。
だが、ドローンの映像には……おかしな“何か”が映り込んでいた。
「……なんだ、あの黒い影。丘の裏から……動いたぞ?」
◆
市役所防衛課・現場統括係長、西条修一。
缶コーヒー片手に資料室で過去の対応報告を読んでいた俺は、観光課からの通報を受けて、冷蔵庫に入れたばかりのプリンを諦めた。
「ドローン映像で、巨大な“黒い影”を視認。展望丘の裏手に出現したとの通報。形状は不明、動きは鈍いが大きいそうです」
「斉藤、大村、真壁。出動だ。念のため、動物対策班にも連絡しとけ。熊だったら怒られる」
「熊にしちゃデカすぎるそうです」
「じゃあたぶん、うちの仕事だ」
◆
現場に着いた俺たちが見たのは、想像以上の“異様さ”だった。
展望台の裏斜面に、半ば埋まるようにして横たわる巨大な“物体”。
全体は黒く光沢のある膜に包まれていて、まるでゴミ袋を何重にも巻いたような見た目。体長およそ11メートル。山肌に合わせてうずくまるように存在していた。
「……動いてる。呼吸してるな、あれ」
真壁が双眼鏡を覗く。鼓動のように、ゆっくりと表面が上下している。
「形が変わってる……変形してるんだ」
言われてよく見ると、黒い表面は常にわずかに波打っていた。まるで内部の構造を“模索”しているかのように、時折、手のような突起や脚のような形状が浮かんでは沈んでいく。
「観光PR動画のドローンが最初に捉えたとき、あれ……“人型”だったらしいです」
「……見られて、変形を止めたか。観察されると活動が止まるタイプかもな」
「仮称、“モノマネグロ”。擬態・模倣型の可能性あり」
「また真壁のネーミングが直球すぎる」
ともかく、今のところ攻撃性はなし。だが、問題はこれが「展望地にいる」ということだ。SNSで拡散されれば、パニックは不可避。
「まず、封鎖だ。道路も通行止め。観光課には“地滑りの可能性あり”って言っとけ」
「了解!」
「真壁、あれの行動原理、もう少し詳しく見てくれ。こっちは……」
そのとき、モノマネグロが動いた。
にゅる、と体表から長い棒状の“脚”を4本伸ばし、ゆっくりと展望台に向かって歩き始めたのだ。
「移動! 早くないが、はっきり“目的地”がある動きだ!」
「展望台……つまり、ドローンを飛ばした地点……あいつ、自分を“見た目で捉えた機械”を模倣しようとしてる?」
「学習型+認識模倣タイプ。まずい、止めなきゃ!」
展望台には誰もいないが、あそこは観光名所だ。すでに何人かの市民が「なにかやってるんですか?」と近づきつつある。
「斉藤、展望台の下に誘導用のスタン弾を撒け! あいつの注意を逸らす!」
「了解!」
斉藤が持ち出したのは、閃光型の非致死兵器。強烈な光と音で怪獣の“興味”を誘導する装置だ。
パァン! パァン! と2発が爆ぜ、モノマネグロが脚を止めた。しばらく“考える”ようにその場で揺れていたが、やがて――方向を変えた。
「……誘導成功。展望台から遠ざけるぞ。あのまま、山林側へ!」
◆
モノマネグロは、その後も5回ほど姿を変えながら、山林に向かって移動を続けた。最後は、沢のほとりに“倒れる”ようにして沈黙。
大村が採取したサンプルによれば、表皮の材質は植物性繊維を含んでおり、地場の植物を取り込んで模倣していたらしい。活動停止の直接原因は、温度低下と水分過剰とのことだった。
「生き物というより、“反応する素材”に近いかもしれんな……」
「でも、あれ、人間を真似しようとしてたんですよね」
「そうだな。……でも真似して、何をしたかったのかは、分からない」
◆
午後、観光課から再び連絡が入った。
「すみません、PR動画、使えなくなりました……なんか、影が……怖すぎて」
「そりゃそうだろ」
苦笑いで返しつつ、俺はいつものように缶コーヒーを開けた。
ドローンが映したあの黒い影。あれを見て、「見てはいけないものを見た」と思った市民がいても、不思議じゃない。
「観光名所に怪獣が出るって、どういう町だよ……」
「でも、“出たあとも観光できる町”って、案外レアですよ」
「……お前は、ポジティブすぎる」
そう言って、俺はコーヒーをぐいっと飲み干した。
静かな湖に、今日も夕日が差す。
でも、その水面下にも、何かが潜んでいそうで……俺はそっと、視線を逸らした。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。