49話 霞ヶ丘の巨影 ― 兆し ―
霞ヶ丘団地に異変が起きた翌日――。
午前6時、防衛課の職員通信用チャットに、小野寺からの簡潔な報告が入った。
「2号棟下の地下圧、再び上昇。複数のセンサーが一斉に反応。緊急対応要請します」
西条係長の返答は、わずか一行。
「全員出動。現地集合。臨戦態勢で」
前夜から団地周辺には防護フェンスが設置され、住民はすでに一次避難済みだった。
とはいえ、街の外れにある団地の裏手は密林のような雑木林で、逃げ道の確保は難しい。
「昨日までと違うのは、“対象が地中から出る兆候を隠さなくなった”って点ですね」
斉藤が車内で淡々と言う。
「こっちの存在に気づいて、何か仕掛けようとしてるのかもしれないな」
真壁は機材ケースを膝に置いたまま、腕組みしていた。
小野寺は団地の地図を開いたまま、低く呟いた。
「この団地、5棟あるのに2号棟の下だけが、昔“地下室予定地”になってた。
結局その案は消えて、埋め戻したって書いてあるけど……」
「“その空間”を、あいつが今、掘り返してる――ってわけか」
西条の言葉に、全員が頷いた。
午前6時48分。
2号棟裏手の地面が、明確に膨らんでいる。
直径7メートルほどの円形に、地面のアスファルトが膨張しているのだ。
「呼吸が早くなってる……出るぞ、これ」
地上から見ていた我々の目の前で、アスファルトがバキバキと音を立てて割れ、
巨大な半球状の頭部が、ゆっくりと地上に姿を現した。
仮称:「ガノブロス」。
地下構造圧壊型怪獣。
直径12メートル超、球体のような上半身と、モグラにも似た“押し潰し型の前肢”を持つ。
特徴は体内の圧力変動によって地中を圧縮・膨張させ、地上構造物を“下から破砕する”性質にある。
「圧力変化で建物の基礎を割るタイプ……! 手早く外に誘導しなきゃ、団地全体が沈むぞ!」
西条の一声で、すぐに誘導作戦が展開された。
我々が準備していたのは、「南側空き地への圧力逃がしルート」。
舗装をあらかじめ剥がし、地下に“空洞状の抜け道”を用意してあった。
真壁と斉藤が音波装置と振動誘導板を起動。
「来いよ……こっちが、お前の“通れる道”だ!」
ガノブロスは、一度大きく頭を振り、鋭い前肢で地面を殴りつける。
その瞬間、2号棟の壁面に亀裂が走った。
「まずい! 建物に手を出す気です!」
小野寺が叫び、西条がすぐさま声を張り上げた。
「斉藤、誘導音を最大出力! 真壁、逃げ道の補助誘導を!」
次の瞬間、ガノブロスは頭部をゆっくり南側へ向けた。
「行く……!」
その巨体が動き出したのは、午前7時9分。
だが、想定よりも移動速度が速かった。
南側空き地の手前で、ガノブロスは一気に“潜る”動作に切り替えた。
その衝撃で、道路のマンホールが吹き飛び、周辺の地盤がひび割れる。
「沈むぞ、踏ん張れ!」
全員が後退しながら、緊急用の封じ込め網を展開しようとしたそのとき――
「駄目だ、支えがもたない! 逃げ道を自分で潰してる!」
地面が大きく沈下し、空き地の中央が“すり鉢状”に陥没。
ガノブロスの巨体が、そこへ完全に沈んだ。
地面が静まる。
誰もが息を呑んで、次の動きを待った。
「……消えた?」
「いや……」
斉藤が、携帯していた震動センサーを見て、顔を強張らせた。
「真下じゃない。移動してる……西、いや北西……!?」
小野寺がすぐに地図を確認し、口を開く。
「そっちには……学区外れの病院と、小中学校がある!」
真壁が呟いた。
「誘導失敗、完全に逃がしたな……!」
その瞬間、無線にノイズが入る。
『――こちら本庁、防衛課課長。全員、その場を保持せよ。』
一瞬、皆が顔を見合わせた。
「……課長?」
西条でさえ、珍しく困惑した顔を見せた。
『これより、緊急事態対応プロトコル“K-6”を発動する。
本庁より直通命令が下る。移動中、詳細を伝える。』
その声は低く、しかし決して揺るがなかった。
「……来るか。ついに、うちの“上司”が」
誰かがそう呟いた。
日が昇りきる前の霞ヶ丘の空に、不穏な静寂が広がっていた――。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




