46話 西条、言葉を選ぶ
水は止められない。
それが、この街の生命線だ。
市内最大の浄水施設「青柳水再処理センター」で異常な水位変動。
処理池の水面が、定期観測の20分間に7cm上昇し、次の20分で6cm下降。
しかも、施設内の流量計やタンク内圧センサーに「揺れ」が出ていた。
朝9時、防衛課に連絡が入った。
「これ、地震か?」と誰かがつぶやいたが、俺は違和感を覚えた。
「……いや。これは中から起きてる動きだ。対象は、ここにいる」
斉藤がメモを取り、真壁がデータを確認。小野寺は施設の図面を広げていた。
俺は、普段はあまり話さない。
けれど、部下が迷わぬよう、言葉を選んで発する。
「今回は俺が前に出る。危険度が高い。対象は水と一体化して動く可能性がある」
全員が静かにうなずいた。
現地へ到着したのは午前10時12分。
施設職員が不安げな表情で待っていた。
「今朝6時から、濾過池の泡立ちが異常に多くて……」
池をのぞくと、確かに水面が不規則に“脈打って”いた。
まるで、息をしているように。
仮称:「ユラミミズ」。
大型環状滑走型獣。水中で自律的に“うねり”を生み出し、水流を逆転させる。
都市型の人工水環境でのみ活動し、ろ過装置や配管内圧を破壊する習性。
特に“閉鎖水域での振動”に敏感で、人間の足音にも反応する。
「西条さん、今回どうします?」
斉藤が聞く。真壁も、まだ口を開かない。
俺は一つ、深呼吸してから答える。
「沈黙して、待つ。
こちらから何もせず、“あいつに出させる”。
反応するのではなく、“反応させる”。それが今回の鍵だ」
午後0時10分。
池の上に、低周波を含む“空調振動”を人工的に与え、対象の移動を誘う。
同時に、職員には完全退避指示。われわれ防衛課4名のみが残された。
「今、池の中心に反応あり。密度変化、そして――」
真壁の言葉を遮るように、水面が割れた。
水柱の中に、環状の巨大な体躯と無数の触手が姿を現す。
「今だ。金属棒、反響制御――開始!」
地下の共鳴装置を稼働。タンク内で反射した音が、水面に干渉波を起こし、対象の触手が乱れ始める。
その瞬間、俺は叫んだ。
「斉藤、小野寺! 散水ドローン、即時展開!」
静音型ドローンが水面を這うように進入し、対象の周囲に冷水を散布。
“人工的な水温境界”を作り、ユラミミズの動きを錯乱させる。
5分後。
対象は水流を誤認し、タンクの補助水槽へ自ら移動。
直後、緊急遮断弁を閉鎖――封じ込め成功。
水が落ち着いた処理池の前で、斉藤が肩を回しながら言う。
「いやあ、今回は静かにしてるのが一番きつかったです。手が出せないってストレスですね」
真壁も続ける。
「でも、無駄な音や動きがなかったからこそ、対象が動いたわけで……理にはかなってます」
俺は小さくうなずいた。
「言葉や行動は、出さないほうが効くときもある。
それは、人も怪獣も、案外変わらないのかもしれないな」
小野寺が、やや意外そうに笑った。
「珍しいですね、西条さん。ことわざみたいなこと、言うなんて」
「たまにはな。……言葉は選ばないと、部下に心配させる」
斉藤と真壁が顔を見合わせ、何も言わずに笑っていた。
俺はポケットのメモ帳に、そっとこう書いた。
「怪獣は、見えない時ほど怖い」
「沈黙の中にも、指揮はある」
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




