41話 見えざる歩法
午後1時16分。
市内にある配送倉庫で、不可解な通報が続いていた。
「台車が1台、動いたまま消えたんですよ」
「防犯カメラには映ってないんですが、荷物がひとつずつ減ってます」
「従業員が“何者かに足をつかまれた”って……」
「まーた変な冗談でも広まったか?」
斉藤が首をかしげながらも、西条は真顔で地図を開く。
「いや、ここ3日で“倉庫型施設”からの通報が集中してる。物流拠点として重要な場所でもある。行っておこう」
現地は大型配送センター「青柳ロジステーション」。
天井高20メートル、通路は無人搬送機で占められ、夜間には人の気配はほとんどない。
防衛課はすぐさま、監視映像のチェックに入った。
「……ん? これ見てください。午前3時48分」
真壁が指差したのは、無人区画にぽつんと置かれた荷物が、突然“倒れる”様子。
「風もなければ、人もいない。なのに、倒れる。しかも同時に別エリアでも、似たような動きが」
「物理的接触じゃなく、“空気のズレ”を感じさせる動き方ですね……」
仮称:「シノブエ」。
高密度関節型軽量獣。体長約1.3m。表皮は光を拡散する特殊繊維状構造で、人間の視認が困難。
動作音・体臭・熱源すべてが極めて低く、“密閉構造内での物理干渉”によって初めて存在が認識される。
「つまり、“怪獣”というより、“存在を疑問視されにくい盗賊”みたいなもんですね」
斉藤の言葉に、小野寺がうなずいた。
「動きは直線ではなく、“飛び移る”ようにして移動する。機械と構造物を“渡り歩く”習性があるみたいです。
倉庫という環境そのものに適応してる可能性が高い」
作戦は、“移動ルートの可視化”と“誤誘導による隔離”。
防衛課は、荷物運搬ベルトや無人台車の制御パターンを一時的に変更し、シノブエが“隠れられる足場”を限定的に浮かび上がらせる作戦を実行。
「奴は、常に“動いている物”を移動経路にしてる。なら、その動きをこちらで制御すれば――動線が読める」
斉藤が、30秒ごとの間隔で空輸用クレーンを操作。
真壁は熱感センサー付きのドローンでルートを監視。
やがて、ある搬送ルート上に、わずかな振動反応が現れた。
「来た」
瞬間、ドローンが対象をマーク。映像には何も映らないが、レーザー測距で“何か”の輪郭が反応する。
西条が一言。
「ベルトを逆回転、ブロックドア閉鎖」
対象が次の足場へ飛び移ろうとしたその瞬間、周囲のベルトコンベアが“すべて逆回転”し、誘導ドアが閉まる。
閉鎖されたコンテナの中に“空気のたわみ”が揺れる。
「封じ込め成功。熱源と微振動あり。シノブエ、隔離完了」
午後4時32分、全館に安全通知が出された。
従業員の一人がぽつりとつぶやいた。
「……つまり、あれ、“怪獣”だったんですか?」
斉藤は笑いながら答えた。
「たぶん、動いてなかったら一生気づかない。でも、静かに“秩序”を崩していくタイプですね」
「まぁ、見えないやつほど、厄介ってことか」
西条は、防衛課の車に戻りながら呟いた。
「俺たちがやってるのは、でかい敵を倒す仕事じゃない。“見過ごし”をなくす仕事だ」
その背中は、今日も誰にも注目されることなく、物流倉庫の出口に消えていった。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




