4話 砂場とアイスと、やたら強いヤツ
その朝、俺は珍しく余裕を持って出勤していた。
空は快晴、気温は25度、湿度も低め。缶コーヒー片手に市役所の裏庭で深呼吸なんてして、「今日は静かな一日かもな」なんて思ってたんだ。
だが、人生とは期待を裏切るものだ。
内線が鳴ったのは、出勤して15分後だった。
「市立ひばり幼稚園にて異常発生。園庭の砂場に、巨大な“目”が出現したとの通報」
「……また、妙な始まり方だな」
俺、西条修一・防衛課の現場統括係長は、ジャケットを羽織りつつ、隣の席の斉藤に向かって声をかける。
「出動だ。相手が“目”だけで済めばラッキーだが、俺の経験上、そういうのはだいたいハズレだ」
「はいっ、了解です! え、今回は幼稚園ですか? それヤバいやつじゃ……」
「たぶん、けっこうヤバいやつだ」
◆
現場に着いた俺たちを待っていたのは、避難済みの園児たちと青ざめた保育士たち、そして――
「……砂場が、盛り上がってるな」
「いえ、動いてます。呼吸してるみたいに」
技術担当の大村が双眼鏡を下ろして言った。よく見ると、砂の中で“何か”がぬるりと蠢いている。正確には、砂全体が“何か”の表面になっているような感じだ。
「熱源確認。中心部に約38度。体温、人間並み……? いや、もっと深部がある」
「まさか、地下型……? いや、これは……“埋まってる”?」
「仮称:スナノモノ。とします」
名づけたのは無口な分析官・真壁。いつもながらネーミングセンスは絶妙に味気ない。
すると、砂場の中央部――かつて「お山」と呼ばれていた部分が、ずぶりと沈んだ。
直後、そこから“手”が生えた。
いや、腕というより、でかい節足のような――鋏のないカニの足を思わせる形状のものが、二本。砂をかきわけ、園庭を引っかき、そして――立ち上がった。
「高さ約4.2メートル、重量不明。全身が微細な砂粒を吸着した粘膜で覆われている。捕食目的ではなく、“占有”行動かと推測」
「要するに、自分の縄張りにされたってことか……」
そして問題は、ここが“幼稚園の敷地内”だということ。
「早期排除が必要だな」
俺たちは特殊冷却装置付きのスーツを着込み、園庭に向かう。相手の表皮は乾燥した砂のようだが、内部は熱と水分を蓄えており、構造は不明。要するに、殴ってみるまで分からんってやつだ。
「斉藤、あいつの足元に冷却パックを投げ込め。崩れるかもしれん」
「はいっ!」
斉藤が投げたのは、二酸化炭素を内包した冷却爆弾。着弾と同時に白煙を吹き上げ、地面が一気に凍る。スナノモノは、足元を崩されたのか、ガクリと体を傾けた。
「今だ、連携で押し倒す!」
園庭の裏手から、待機していた小型土木作業車(通称:ブル君)が突撃。本来は公園整備用の除草機だが、今では我が防衛課の“実働ユニット1号”だ。
ブル君が全力で突っ込むと、スナノモノはぐらりと揺れ、そのまま砂場ごと横転した。体表から砂がドサリと落ちる。中から見えたのは――ゼリーのような半透明の胴体。中心部に、赤黒く濁った“核”が浮かんでいる。
「見えたな。あそこが中枢部だ」
「核、狙っていいですか?」
「慎重に行け。砂に再吸収されると、また埋もれるぞ!」
斉藤が放つエアキャノン。スタン弾が核を撃ち抜き、にぶい音が響いた。スナノモノは、のたうつように足を動かし――そして、ピクリともしなくなった。
周囲の砂は、しゅるしゅると溶けるように崩れ、ただの土へと還る。あれだけ動いていた質量が、瞬く間に“ただの地面”になる。
あとは、回収班と学術班の出番だ。
◆
幼稚園の子どもたちは全員無事だった。怪獣は核を破壊され、死亡と判断。残留物の中からは大量の微細鉱物と、未解明の有機構造体が見つかっている。
「しかしまあ、なんでまた幼稚園なんかに出てくるんですかね」
斉藤が空を見ながら呟く。俺はその横で、アイスを食っていた。園児たちのおやつ用に冷凍庫に保管されていたミニアイスを、園長の厚意で一本ずつもらったのだ。
「……まあ、たまたまだろ。子どもを狙ったってわけじゃない。ただ、柔らかくて、温かくて、守られてる場所。そういう環境が“生き物”にとって心地よかったのかもしれん」
「……なんか、ちょっと切ないですね」
「そうか?」
「はい。でも、やっぱり……それでも、あんなとこに出てきちゃダメですよ」
「同感だ」
俺たちは、静かにうなずきながら、アイスを最後まで食べきった。
午後の会議まで、あと30分。
さて、今日の報告書は、砂まみれになりそうだ。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。