39話 静かな夜の見張り番
午前1時34分。
市立青柳第五小学校の夜間警備員・荒川から、怪獣対応専用直通回線に通報が入った。
「ええと……あの、グラウンドの時計塔……。
いつの間にか、“逆回転”してるんですよ。
それと、周囲に人の声みたいな音が……。いや、もちろん誰もいませんが」
深夜の怪談めいた話に、最初は一同も眉をひそめた。
だが通報者は、昨年“怪獣の初期兆候”を発見して感謝状を受けた警備員だった。
「彼が言うなら、行く価値ある」
西条の一言で、チームは即時出動。
夜間対応の特例措置として、小野寺・真壁に加え、斉藤も招集された。
市立青柳第五小学校。
昭和中期に建てられた市内でも有数の古い学校で、今年度から“校舎リニューアル計画”が始まっている。
防衛課が到着したのは午前2時20分。
校門はすでに警備員が開けて待っていた。
「こちらです……。時計塔だけじゃない。体育倉庫から、誰かが“金属を引きずる音”がしてるんです」
斉藤が耳を澄ませた。確かに、カリ……カリ……と、何かを引っかくような音がする。
「この校舎の構造、知ってる。体育倉庫は地下の旧倉庫と繋がってる。
昔は空襲時の防空壕に使われた、記録がある」
小野寺が校舎配置図を開き、指を差す。
「地下から来てるってことか?」
真壁が機器を操作し、音響と熱源の反応を重ねた。
「いました。地下倉庫に微弱な熱反応。
ただし、姿は確認できません。“空間そのもの”が動いているような反応です」
対象は仮称「クロマモリ」。
影響同調型潜伏獣。夜間、無人施設の“記憶の残留”に付着し、構造物や設備の“意味”をゆっくりと反転・異常化させる。
「放っておくと、時計は逆回転し、ロッカーは誰のものでもなくなり、机の並びが崩れる。
“記憶”に宿る秩序が壊されて、最終的には空間ごと“不安定”になる」
「つまり、“学校”が“学校でなくなる”ってことですね……」
「異常が顕在化するのは、次に人が来たとき。つまり、明朝8時に児童が登校したときが最も危険」
防衛課は対応策を決定した。
「“空間の意味”が失われる前に、“日常の記憶”を流し込む」
小野寺が用意したのは、過去10年分の卒業アルバム、行事録音、校歌音源、そして“この場所にいた人間の記録”。
「意味を壊されたくなければ、“意味の濃さ”で上書きするしかない」
対応開始は午前3時。
真壁が地下倉庫に設置した拡声装置から、行事の音声記録や児童の合唱が流れ始める。
同時に、小野寺が校舎内に過去の行事写真を掲示し、斉藤が放送室で“早朝放送”のように校内放送を開始する。
「おはようございます。青柳第五小学校の皆さん。今日は、運動会です。忘れ物のないように――」
すると、体育倉庫から聞こえていた“引っ掻く音”が、ふと止まった。
「熱反応、下降中。“空間構造の変異反応”も、ほぼ消失。
クロマモリは、強い記憶に触れると、“自分の居場所じゃない”と感じて去る性質があります」
午前4時45分。対応完了。
警備員の荒川が手を合わせるように防衛課に頭を下げた。
「ありがとうございました。
今まで、ただの古い学校と思ってたけど……やっぱり、ここは“たくさんの思い出”がある場所でした」
斉藤が笑った。
「“思い出がある”ってことは、“怪獣が寄ってくる可能性がある”ってことでもあるんですけどね」
西条は時計塔を見上げた。
その針は、ゆっくりと、だが確かに正しい時を刻んでいた。
「子どもたちが来るころには、いつも通りの朝が戻ってる」
その言葉に、誰も返事はしなかった。ただ、防衛課の4人は一斉にうなずいた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




