36話 断水予告の出なかった朝
午前7時25分、青柳市上下水道局に、市内から立て続けに苦情が入った。
「蛇口をひねっても水が出ません!」
「断水の連絡なかったのに!」
「朝の支度ができないんですけど!」
最初は設備の不具合かと思われたが、わずか30分で市内7地区の水圧低下と断水が判明。しかも、すべての地域で配水ルートは異なる。
「……これは、“設備トラブル”じゃない。共通してるのは、“地下”だけだ」
上下水道局の係長はすぐ市役所防衛課に連絡を入れた。
午前9時、防衛課メンバーは臨時会議を開いた。
「配水ラインのどこかに、物理的な“閉塞”が起きてる。だが、全系統同時ってのは不自然すぎる」
「仮に“怪獣”だとしたら、どうやってそんな同時多発的に水道を塞ぐのよ」
真壁が図面を広げながら、あるポイントに指を置いた。
「“地下接合盤”。各地区の配水ルートが一度通る、メンテナンス不可の旧式構造盤がある。
そこなら、1カ所に“何か”が入り込めば、全ルートに影響を及ぼせる」
「場所は?」
「青柳中央公園の真下。戦前の上水系統の名残で、資料もほとんど残ってない」
西条が缶コーヒーを開け、言った。
「行ってみるか。“市民が水を使えない”ってのは、俺たちにとって一番わかりやすい“非常事態”だ」
現場は、中央公園の奥にある古い配水塔の脇。
その地下に、今では使われていない“点検ハッチ”が残っていた。
「開けます」
真壁が工具を使ってハッチをこじ開けると、内部から冷たい水蒸気と共に、異様な音が響いた。
ポコ……ポコン……ズル……
その先、管の内壁いっぱいに粘着質の“何か”が絡みついている。
「仮称:アクラミーバ。地下循環型付着獣。冷水環境で成長し、“管状空間”に固着して外部流体を吸収する。
生育すると逆流・圧迫を引き起こす。目的は“水流の支配”」
「つまり、自分に向かって流れてくるもの全部“食ってる”ってわけか……」
「放置すれば、水道だけでなく下水・消防ラインにも影響が出る可能性があります」
しかし、相手は地下管の中――物理的に入れない場所である。
防衛課は“生物の構造を壊さず排除する”策を選ぶ。
「この生物、どうも“塩素”に対して極端に反応を示す。
つまり“水質の変化”に敏感なんだ」
「通常より高濃度の塩素水を、“逆流させる”。
それで“ここは危険”と判断させ、自発離脱を促す」
「人間に影響は?」
「配水ラインには戻さない。廃棄管側へ誘導し、そこから隔離排出。住民の水道はクリーンな系統に再切り替え済み」
午後1時。
高濃度塩素水注入開始。
──しばらくして、管の奥からズルリと響く脱落音。
モニターには、ぬるぬると這い出る灰緑色の“粘着性塊”が映っていた。
排水バルブを閉鎖し、アクラミーバの動きを完全封鎖。
午後3時、水道局より市内全域の水圧正常化が確認された。
「市民からは、“水が出るようになった”とだけ反応がありました。……いつもどおりですね」
「“出ないと気づく”。でも、“戻っても気づかれない”。それがインフラであり、俺たちの仕事でもある」
西条は缶コーヒーを飲み干し、空を見上げた。
「怪獣ってのは、別に街を壊したり暴れたりしなくても、人を困らせる。
だからこそ、“今起きてる異常”を見つける目が要るんだよな」
斉藤がうなずく。
「気づいたときには、“すでに誰かが対応していた”。
そう思ってもらえるなら、こっちはそれで満点ですよね」
その日、どこにも“怪獣騒ぎ”の報道はなかった。
ただ、蛇口から水が出た。
それで十分だった。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




