35話 見慣れた足音、違う気配
午前9時50分、市立青柳動物園から緊急連絡が入った。
「朝の開園準備中に、“見慣れない個体”が混じってるのを発見しました。
ただ、誰も見失っておらず……つまり、“ずっといた可能性”があるんです」
電話の声は震えていた。飼育員はプロだ。その彼らが混乱するというのは、通常では説明できない何かがあるということだ。
「……獣舎の中に“怪獣”が紛れてるってこと?」
斉藤が半笑いで言ったが、誰も笑わなかった。
出動したのはいつものメンバー。今回は小野寺が地図と動物園の設計図を携え、真壁が行動監視ドローンを持参していた。
「園内には52種の動物、総頭数114。すべての獣舎が午前中は“屋外飼育”で開放されています。
つまり、園内を歩いてる個体の中に、“怪獣が混ざっている”可能性が高い」
現地に到着した防衛課は、すぐに監視室へ向かった。
そこに映る園内のライブ映像には――確かに、異質な個体が映っていた。
「……あれ、動物じゃない」
サバンナエリアを悠々と歩く、四脚の影。
体長はライオンとほぼ同等。しかし、その背には妙に不自然な突起が生え、肌は粘土質。目も耳も見えない。
「仮称:ズーグモール。動物模倣型観察獣。周囲の“生態系”に擬態し、同種と誤認させることで長期潜伏を行う。
行動目的は“環境観察”と“同化”。他個体との接触でストレス反応が上昇する」
「つまり、“気づかれないまま馴染んでいたい”ってことか」
「だが、同化が進みすぎると、“本物の動物”の行動パターンを上書きしてしまう。
実際、さっきからライオンの行動に異常が出始めてる」
防衛課は、ズーグモールを傷つけず、園内から離脱させる必要があった。
「動物に成りすましてる以上、“動物じゃない行動”を目撃させれば、“浮く”可能性がある」
「他の動物に“仲間じゃない”と思わせるわけですね」
作戦はこうだった。
園内アナウンスにて特別イベントを告知
飼育員が訓練している“芸をする”動物によるショーを実施
観客の拍手や視線、注目を浴びる“振る舞い”を作り出す
対象怪獣がその空気に耐えられず、“仲間外れの自覚”によって自発離脱を誘発
「怪獣の行動を、“場に馴染めてない動物”に変える。羞恥や困惑が武器になるとはね……」
小野寺のアイデアは功を奏した。
ステージ裏の通路から、ズーグモールがそっと立ち去る。園内から外れた湿地帯に入ると、姿が次第にぼやけ、粘土の塊のように溶けていった。
その日の夕方、防衛課のメンバーは休憩所で報告書をまとめていた。
「……あれ、たぶん誰も“異常だった”とは気づかないままだったでしょうね」
「でも、周囲の動物に影響が出るなら、やっぱり対応すべき対象だ」
「動物じゃないけど、怪獣って“群れの中にいることで安心する”生き物なのかもしれませんね」
西条が缶コーヒーを開け、ふっと言った。
「……どこにいようが、仲間にはなれない存在もいる。だが、それを黙って受け入れさせるのが、いちばん危ない」
今日もまた、市役所の誰かが“違和感”を見抜いた。
その一歩が、街を守ったのだ。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




