34話 静かに、そして不自然に動く模型の中で
午前10時13分、市立青柳科学館から通報が入った。
「プラネタリウム室の模型が“勝手に歩いている”ようなんですが……。
それも“天体模型”の方ではなく、“火山断層模型”の方でして……」
「……展示物が歩く、ってまた風情のある表現ですね」
斉藤が笑いながらも、すでに防災ヘルメットをかぶっていた。
本日出動するのは、西条、斉藤、小野寺、真壁のいつものメンバー。場所が市の直営施設であるため、対応の優先度は高い。
「科学館は今、見学ツアーの真っ最中。対象は小学生100人以上。
怪獣の被害があれば“教育施設への危機対応”として議会にも響く」
「……つまり、“穏便”が最重要事項ってことですね」
西条が無言で頷き、缶コーヒーを開けた。
現場に到着した防衛課が通されたのは、科学館地下の展示ホール。
そこで問題となっていたのは、床に設置された火山活動の立体断面模型――の“真下”から、周期的に“振動”が発生していることだった。
「まるで、展示物そのものが“息をしている”ような動きでして……。
振動はあるのに、地震計には反応しないんです。おかしいとは思ったんですが……」
真壁がすぐに測定機器を接続し、床の下に拡がる空間の温度・振動・音響を可視化していく。
そして、小野寺が地図と照合しながら言った。
「この展示室の地下……昭和50年代まで“掘削用の地質観測井戸”があった場所です。
施設建設時に埋め戻されたと記録されていますが、完全に閉鎖されたかは不明です」
「つまり、“何か”が地下に残っていた可能性があるってことだ」
斉藤が眉をひそめた直後、突如として模型が**“ズレる”ように動いた**。
ガコン――!
展示台がわずかに浮き、そこから灰色の、粘土状の脚部が覗く。
「仮称“ジオフェル”。地層模倣型潜伏獣。静止構造物の内部を模倣し、外的な変化(光・音)を与えると“展示物の一部”として活動を開始する。
構造学習能力があり、施設そのものを“住処化”しようとする傾向がある」
「つまり、科学館そのものを“新しい地層”にしようとしてるってことですね」
防衛課の判断は早かった。
・怪獣の目覚めトリガーは“光と音”
・プラネタリウム室に誘導し、“完全消灯・無音空間”で活動停止を狙う
作戦名:“完全無刺激作戦”。
まず、全館アナウンスで「展示入れ替えによる一時退室」を告げ、児童全員を別棟へ誘導。
その間、職員が展示物を“通常どおり”清掃するふりをしながら、怪獣を含む展示台ごと移動させる。
搬入用リフトを経て、ジオフェルはプラネタリウム室の中心に設置され、タイマーにより**全方向消灯・無音時間(10分間)**がスタート。
……5分後、怪獣の体表から“崩れ落ちるように”土塊が剥がれた。
……10分後、熱源センサー反応、ゼロ。
振動、ゼロ。
“構造学習”終了確認。
活動停止。
午後2時、防衛課は科学館を後にした。
「“静かに見守る”が、最強の対応だったとは……」
斉藤が苦笑まじりに言う。
「“騒がなければ怪獣も騒がない”。教訓みたいですね」
「まあ、展示物に擬態するようなやつに、派手な対応は逆効果だ」
西条が振り返り、科学館のドーム屋根を見上げる。
「……怪獣が地層の一部になろうとしても、俺たちは“市民の安心”の一部でいればいい」
小野寺が最後に言った。
「次にあそこを訪れる子どもたちは、何も知らずに“きれいな展示”を見るんでしょうね」
防衛課は今日も、静かに、誰にも気づかれずに“施設の一部”を守り抜いた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




