33話 予算と瓦礫と、正しい順序
午後1時10分。
市役所内の会議室で、珍しく声を荒げる職員がいた。
「それは、こちらで判断すべき“緊急対応”だったはずです」
「でも、防衛課さんは報告も経ずに現場に動いたと聞きました。あの段階で“災害対応”に切り替えられていれば、予算措置がもっとスムーズに――」
斉藤が隣でそっと息をのむ。
会議室の空気が静かに凍る。テーブルを挟んで座っているのは、市の危機管理課・係長の宮田だ。
要点はこうだ。
・昨日未明、住宅街に瓦礫が散乱する小規模な怪獣が出現
・防衛課が通報を受け、即座に現場で対応・除去完了
・その後、危機管理課が「対応申請書が未提出だった」と苦言
・さらに、財政課が「臨時予算の根拠が不十分」と申請却下
結果――住民説明会用の資料印刷代すら予算が下りないという、地味に深刻な事態になった。
「現場にいた私たちは、あのまま放置しておけば“人がケガをしていた”と判断しました」
西条の口調は変わらない。が、声が低い。
「しかし、それでも防衛課は“内部部署”です。議会決議なしで勝手に動かれると、他課との調整に齟齬が生じるんです」
宮田の言い分も、間違ってはいない。
小野寺が小声で呟く。
「こういうのが“現場と本庁のズレ”ってやつですよね……」
その日の夕方、防衛課はこっそり現場を再訪した。
昨日の“怪獣”は、建設廃材のような体を持つ“サイガラバ”という個体で、体長2メートル。瓦礫に擬態して歩道に混じり込み、人や車が近づくと“崩れて倒れる”という性質を持っていた。
「咄嗟に避けられなかったら、頭に直撃する重さでしたよ。あれを“会議にかけてから対応”じゃ、たぶん死人出てました」
斉藤がため息をつく。
そこへ、見慣れない人影が現れた。スーツ姿、広報課の若手職員だ。
「すみません、防衛課の皆さんですよね? ……実は、昨日の件、問い合わせが数件来てまして。どういう対応だったのか、簡単な報告だけでももらえませんか?」
小野寺が資料を取り出す。
「公式文書はあとで提出しますが、概要と、当時の写真もあります。必要なら簡易パネルも用意します」
「助かります。市民の中には“また何か隠してる”って言う人もいるので……。
でも、僕はちゃんと伝えたいんです。怪獣は怖いけど、ちゃんと“人が対応してる”ってことを」
その言葉に、西条がふっと口の端を上げた。
「……なら、伝えてくれ。“俺たちは、議案より少しだけ早く動く部署”だって」
その後、防衛課と危機管理課との調整はようやく収束した。
住民説明会の資料は、広報課の“教育予算”から一部を拝借して実現。
財政課からのコメントはこうだった。
「正式な手続きは次回以降お願いしますが……今回は“現場判断”を尊重するという市長の意向もあり、特例で承認します」
小野寺がにやりと笑う。
「現場と机の間にある“ほんの2分間の判断”が、たまに大きな分岐点になるんです」
斉藤が言う。
「でもまあ、“市民を守る部署”がケンカしてちゃダメですよね」
真壁がボソッと呟く。
「……そもそも、守る相手は同じなんですから」
西条は缶コーヒーを開けながら、静かに言った。
「意見の食い違いなら、むしろ正常。黙ってぶつからない方が、あとが怖い」
その日もまた、市役所は平常運転だった。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




