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32話 深夜二時の、移動物体

午前1時42分。

庁舎の電話が鳴る。夜間対応の警備員が慌てた様子で防衛課へ内線を回してきた。


「あの、配送センターの夜勤スタッフから連絡がありまして……」

「倉庫の屋根の上に、“何か”が“歩いている音”がするそうです。しかも、移動してるらしくて……」


夜間出動に慣れた防衛課は、すでに着替えと車両準備に取りかかっていた。

今夜の出動は、西条、真壁、斉藤、小野寺のフルメンバー。


「屋根の上を移動する……それも大型施設で」


「地鳴りがないってことは、質量は軽めか……でも、体積はありそう」


「音だけってのが気になるな。実体が薄いか、“存在の仕方”が特殊か……」


西条が缶コーヒーを片手に車両へ乗り込みながら、ポツリと呟いた。


現場の配送センターは、郊外にある広大な敷地の施設だった。

問題の“音”は、確かに聞こえる。


ギシ……ギシギシ……ギシ……


鉄骨を踏むような、だが妙に規則的な音。屋根にいるはずなのに、姿は見えない。


「真壁、屋根構造の図面は?」


「既に取得済み。折板屋根構造、経年30年。人一人なら十分支えられますが、連続的な踏圧は危険です」


「斉藤、小野寺。下層構造の確認を。配管・換気口の通り道、念のためすべてチェック」


斉藤と小野寺が現場スタッフと連携し、建物周囲を回る。やがて、小野寺が屋根を見上げながら言った。


「……屋根、濡れてないんですね。夜露も降りてるのに、そこだけ不自然に乾いてる」


「温度変化がある。……体温か、内部熱か」


真壁が温度センサーを向ける。


「……いた。“温度陰”として検出。形状、細長い。全長15メートル級、蛇状。

 名称仮称:“ヤグラノドリ”。建物構造上部に沿って移動し、一定距離で“場所”を変える。屋根を“巣”と誤認している可能性」


「つまり、配送センターを“自分の棲家”と認識してるってことか」


このままでは、早朝の出勤時に屋根が抜ける危険性がある。

対応策は、“居心地を悪くすること”。

具体的には――構造音共振による“違和感”の発生だった。


「建物全体に“金属疲労を模した音”を流す。

 生物が本能的に避ける、“崩壊しそうな音”だ」


真壁が発振装置を屋根下に設置し、小野寺が構造体の共鳴数値を計算。

斉藤が倉庫スタッフの避難誘導を完了させ、西条が全体を指揮する。


午前3時04分、発振開始。


――ミシッ、ピキィィ、ギ……ギ……


屋根全体が“鳴っている”ように聞こえた。数秒後、温度センサーが反応。


「動いた! 東棟から南へ移動、加速しています!」


やがて、倉庫の外壁に影が走った。音もなく、蛇のように、だが細長い身体の端にうっすら“爪痕”のようなものが見えた。


それは柵を越え、隣の雑木林へと滑るように消えた。


「……離脱確認。屋根構造、破損なし」


対応完了は午前4時過ぎ。防衛課の面々は、夜明け前の庁舎へ戻る。


斉藤が欠伸混じりに言った。


「なんか、幽霊退治みたいでしたね……見えないし、夜だし」


「だが、壊す前に追い払えた。それが一番現実的だ」


小野寺が記録を確認しながら微笑んだ。


「“誰も見なかった怪獣”として、市の記録に残るんでしょうね。まるで都市伝説みたいに」


西条はいつものように缶コーヒーを開け、ひと言。


「……その都市を、実際に守ったのが誰か。知ってればそれでいい」

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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